魔剣生成
俺達は襲撃を受けていたオーガ族の本村にある、来客用の部屋を用意されていた。
久しぶりに柔らかいベッドの上で休みが取れるのは助かる。
そこで一息ついたところで、ついに指摘される。
なかなか落ち着く間もなかったので今まで突っ込まれなかったが、本人は気になって仕方が無かったみたいだ。
「しかし、とんでもねぇ剣だな」
バルカスが星月剣を片手に感想を述べる。
「これは見たことがない素材のようですが珍しいものなのですか?」
レティの質問はなかなか答えにくいものだったが、バルカスは気付いているようなので素直に話す。
「国王陛下に下賜されたミスリルの剣だ」
「これがミスリルですか……父上もお持ちですが、全く別物に見えるのですが」
ただのミスリルじゃないからな。
「魔剣だからだろう。
俺が現役時代でもこれ程の物は滅多に見たことがない。
国王陛下もよっぽどアキトの事が気に入ったらしいな。
これ一本で小さな屋敷が買えるぞ」
流石のバルカスも魔剣であることは分かっても、それが俺の手によるものだとは思いつかなかったらしい。
「それほど高価な物ですか」
「俺達冒険者が辿り着く理想の一本だからな。
大抵は手にする前に死ぬもんだ。
俺の知り合いで持っているのはボールデン男爵くらいだな。
それでもこれには劣るか……」
興奮するバルカスをよそに、ルイーゼが入れてくれたお茶を飲む。
紅茶はあるのにお茶の無い世界だったが、リゼットに用意してもらったレシピはこんな所でも役に立っている。
合わせて果物の皮を剥くルイーゼの手元を見てバルカスが固まっていた。
「バルカスさん、どうされました?」
「……あ、いや。非常識な光景を目にして思考が止まっていた」
「非常識ですか?」
「あぁ、魔剣でリンゴの皮を剥いていると言うな」
ルイーゼが手に持つのは、大分前にプレゼントした銀のナイフだ。
あの頃は加減が分からず、やり過ぎて凄いことになってしまった。
限界まで魔力を付与された銀のナイフは、魔粉で描いた模様に魔力を与え、赤く強い輝きを放っている。
どちらかと言うとちょっと禍々しい印象もあるナイフだが、それを見て魔道具では無く魔剣と見ぬくのは、やはり魔力を見る目があるといえるだろう。
自分では認識していないみたいだが。
俺は仲間にも隠していることが多い。
バルカスが信用ならないからじゃない、むしろバルカスのことは信用している。
それでも隠していることが多いのは、一つだけ話せないことがあるからだ。
他のことを話すことで、その隠し通したい一つに気付かれることだけは避けたかった。
この世界で得た力を話すことは問題がないが、この世界の人間として生きていくと決めた以上は異世界でのことを話すつもりはない。
異世界のことが伝わればどれほどの混乱が起こるか分からない。
俺はその結果に責任が持てるほど強くはないし、万能でも無い。
だから俺の力はあくまでも俺の異常性という範囲の中で話を収めるつもりだ。
まぁ、いろいろリゼットと話した結果、俺の能力は特出しているが、ルイーゼの天恵のような固有の能力ではないということだ。
リゼットは固有の能力に匹敵すると言っているが、あくまでも匹敵するだけであって、誰にでも出来る可能性は残されている。
逆に言えば固有の能力という事にしてしまうのが良いだろう。
説明を求められても、生まれながら出来たと言うことですませられる……と良いのだが。
最終的にここまで分かるのに時間がかかり、話せていないこともあったのが実情だ。
だが、今となれば説明が付けられる。
説明が付くことなら異世界知識を取り入れることに忌避感があるわけでも無い。
特に食文化に関してはどうにかしたいところだ。
それは置いておいて、こういうタイミングで信頼の置ける仲間には伝えていこう。
「その剣は、元は普通のミスリルの剣だった」
「これがか?!」
「俺が魔力制御を得意としているのは知っていると思う。
その能力を使い、魔力を付与して魔剣にした」
バルカスが困惑の表情を見せる。
流石に説明が不足していることは分かっていた。
「俺は魔封印の呪いを解呪していないが、魔弾や魔盾と言った魔法を使っているのは知ってのとおりだ。
これらは言ってみれば魔力をただ放出しているだけだ」
ここまでは大丈夫なはずだ。
「その放出する魔力を剣に与え続けた結果、剣が魔力で変異して魔剣になる。
それがその剣、星月剣だ」
「そんな簡単に――いや、簡単って事はないな。
大体、自由に魔力を放出することが出来る奴を俺はアキトしか知らんぞ」
ここでは端折っているが、単に放出するだけではダメだ。
全然ダメということはないが長い時間が掛かる。
効率を上げるには放出する魔力自体も制御しなければいけない。
そこまで行くと、おそらく出来るのは俺だけになるのだろう。
リゼットもそこまでは出来ないと言っていた。
俺は魔力制御能力だけを取れば上位魔人にも匹敵するらしい。
それがどれくらい凄いことかは分からないが……。
「ちょっと待て、俺の剣も魔剣になるのか?」
「あぁ、すぐには無理だけど、この戦いの内に出来るだけ強化するよ。
レティも何かあれば持ってくると良い」
レティはしばらくあっけにとられていたが、俺に話を振られてようやく気を取り戻したようだ。
「アキトさんが魔力制御を得意としているのは知っていましたが、安全に魔封印の呪を解呪したら凄い魔術師になりそうですね……」
魔封印の解呪に失敗して死にかけたことはレティも知っていた。
だから「安全に」なのだろう。
静かに控えていたルイーゼも、あの時のことを思い出したのか悲しそうな表情を見せた。
おそらくルイーゼは、俺がもう一度魔封印の呪いを解呪するとしたら快く思わないだろう。
少しだけ強く握られた手がルイーゼの考えを物語っていた。
だけど、より強力な敵も想定するなら俺も精霊魔法は使いたいところだ。
今のところ、聞いた限りでは上位魔人が想定される最強の敵になる。
上位魔人は竜族に近く、敵対する精霊族の力は使えないらしいので、もしもの時はアドバンテージになるはずだ。
ちなみに想定外の敵として最強と言われているのは竜族と巨人族、それに精霊族らしい。
最強が三種族もいるのかと思うが、決着がついていないのでそういう扱いとか。
そしてモモは精霊族だ。最強のモモ……は、俺に背中を預けて眠っている。
「残念ながら今のところ魔封印の解呪は難しいな。
それよりバルカスの剣をちょっと貸してもらえるか」
さっきはすぐには無理といったが、良く考えて見れば魔力制御も格段にやりやすくなり、豊富な魔力もロスなく使えるようになっている。
物によっては、早く出来るかもしれない。
バルカスは期待に満ちた顔で剣を渡してくる。
あまり期待されると失敗した時に気落ちされそうだが。
俺は軽く剣に魔力を流し、魔力の通り具合からミスリルの割合を見極める。
「ミスリルの配分が多いほど早く効果も高いんだが、この剣で半分といったところか」
ミスリルが混ざっていない元の愛剣と、純ミスリルの剣。
両方を知っているから大体は合っているはずだ。
「その剣だって一年分の稼ぎを突っ込んだんだぞ。
と言うかアキトお前、今さりげなく凄いことをやっただろう」
やはりバルカスはめざとい。
おそらく魔力を感知する能力が高いのだろう。
初めて会った時も俺が身体強化を使っていたことを見抜いていた。
剣はミスリル鉱の割合が多いほど高価と言って良かった。
純ミスリル製の剣となると金貨二〇枚にはなるだろう。
そして、ただの鉄鉱に比べるとミスリル鉱は多くの魔力を保有できた。
保有する魔力が高ければ魔人族の纏う魔闘気を打ち破りやすくなる。
それは魔力が魔力を中和するからだとも言われているが、解明されていないことも多い。
もちろんミスリル鉱が変異することで強度も上がるため、武器の造形に自由度も出る。
ちなみに、この世界には他にもオリハルコン、アダマンタイトといった素材もあるが、ミスリル以上に希少性が高く市場に出回る事は無い。
自分で手に入れるためには魔断層を越えた先にある魔大陸に行き、そこにある特別な鉱石を、竜のブレスで焼き上げる必要があるらしい。
そこまでしても、手に入るのはあくまでも素材だ。
その素材は強度が高すぎて加工出来ないため、生成魔法という古代魔法を用いて剣を造形するとか。
トップレベルのゲーマーでもお手上げと言った感じの難易度だな。
まぁ、一度はそれらの素材で作られた武器を手にしてみたいと思うのは、男なら当然だろう。
「それじゃ、物は試しにバルカスの剣で実験だな」
「壊すのだけは勘弁してくれよ」
俺は左手で柄を、右手で刃先を掴み、左手から右手に魔力が抜けるように魔力付与と魔力吸収を同時に行う。
魔力感知が剣を流れる魔力を写しだし、それを参考にむらが出ないよう微調整をかけていく。
やはり魔力制御能力が上がったおかげでこの辺の作業も実にスムーズだ。
ルイーゼの盾は鉄製だったのでここまで明確には分からなかったが、ミスリル鉱が混ざっていると改めて随分違うと思う。
制御が大丈夫なら今度は出力を上げて――なんとなく自分の体が発光し始めた気もするが、俺の身体が魔力で変異しているのだろう。
これは魔力を活性化させている間の一時的な物らしいが、詳しいことを確認する前に王都学園に通えなくなっていた。
落ち着いたらもう一度行ってみることにしよう。
と言うか行かないと怒られるからな。
「アキトお前、光ってるぞ、大丈夫なのか」
「王都学園のジーナス先生は大丈夫だと言っていたな」
魔力はその密度を上げると色を変えていく。
魔力そのものは無色だが、何かを変異させる時に色付く。
その場合の色は赤だが、今は赤を超えて緑色になりかけていた。
初めての現象に俺も戸惑う。
魔力感知でバルカスの剣の状態を探る。
星月剣に魔力を通した時よりも大分変異が早いようだ。
やはり魔力の出力が上がればそれだけ早く変異させられると考えて良いだろう。
しばらく全力で魔力を与え続けた結果、変異が止まったようだ。
純ミスリルの剣じゃ無いため上限が低かったからだろう。
それでも昔なら一週間は掛けていたと思うが、素晴らしく早いな……。
多分これを商売にしたら凄い儲かると思う。
同時に凄すぎて、余計なやっかい事も増えそうだが。
今でさえ暮らすには十分すぎる収入があるのだから、リスクを背負うことも無いか。
「この辺が限界だな」
「なんか色合いが変わったな……分かるぞ、これは凄いぞアキト!」
星月剣には及ばないが、鋼色だった刀身が薄ら青い色に変わっていた。
「思ったより良い剣だったな」
「お前の剣と比べるな。
というかあれか、俺は物凄い請求をされるのか」
確かにお金の取れる仕事だろう。
「俺がいない間、良くしてくれたお礼だ気にしないでくれ」
「こんな事ならこの半年で貯めた金で家を買うんじゃ無かったな。
代わりにミスリルの剣でも買っておけば……はぁ……」
この男、本気で残念がっている。
「愛着が無いならその剣を売って、ミスリルの剣を買い直せば良いさ」
「そうか、そうだな。
というか、今の言い方だとその時もやってくれるって事だよな?」
「愛用の一本というなら断らないさ」
バルカスは冒険者だ。それで家族を食べさせている。
良い武器を持てばそれだけ安全に繋がるだろう。
もちろん結果として俺達も助かる訳だ。
情けは人のためならずって所だな。
◇
翌朝、西のオーガ族の拠点を出る。
リゼットから他の捜索隊がどの辺を回っているかを聞き、ギデスの案内する場所が被っていないことを確認しつつ、北に四日ほど移動する。
そうして三カ所目の予測ポイントにて、ついにオーガ族残党の拠点らしき場所を発見した。
次回更新は10日の予定です。