与えられた情報・前
まだ日は高く、昼を回った程度と思われる。
しかし、空は厚めの雲が覆っているためか薄暗く、オーガ族残党に襲撃された集落から上がる炎が禍々しくも見えた。
オーガ族残党は、降参した者を含めて全員が死んでいた。
その行為を残虐だと思わないのは正常なのか異常なのか、俺には判断がつかない。
でも、俺は仕方のない事だと受け入れている。
行動に責任が発生するのが明確な世界だ。
そしてこの世界では簡単に人の生死が決められる。
だからこそ生きている人は生きていることを強く実感し、日々の生活でさえ活き活きとしているのかもしれない。
すべての人がそうでないにしろ、俺はそんな人々のいるこの世界が好きだった。
◇
心配されたオーガ族残党による増援もなく、ひとまずは安心と思えた。
魔力感知にも周囲五〇〇メートルほどに大きな魔力の集まりを感じられない。
この世界に戻ってきてからは魔力感知の能力も上がり、元々詳細で一〇〇メートル、大雑把に二,三〇〇メートルといったところだったが、今はそれぞれ倍程度に伸びている。
伸びた理由は不明だった。
魔力制御と魔力放出に絡む能力の向上は理由が分かっているが、魔力感知に関してはその二つの能力が関係しない。
もともと伸びてはいたが、ここまで極端な理由は不明だった。
理由があるとすれば……。
俺は元の世界で習った息吹を元に、体に流れる魔力を感じ取り、続けて大気中の魔力を感じとる。
改めて思うが、世界には膨大な魔力が溢れているのを感じる。
体内で魔力を練り続ける鍛錬に使えるかと思ったが、これはこれで魔力に対する認識力を鍛える事になったようだ。
何処まで伸びるか分からないが、暇な時は常にその状態を保つようにしてみよう。
これで魔力放出と魔力吸収を練習しながら身体強化を使いつつ、息吹で体内外の魔力を感じ取る練習をすることになる。
暇どころかむしろ忙しいのだが……。
◇
唯一言葉の通じるオーガはギデス・アヴァザンと名乗った。
ギデスの取り成しで、集落のオーガ族には敵対されることもなく、今は混乱した状況を収める手伝いをしていた。
バルカスが友好的と言っていただけあって人間族に慣れているようだ。
敵対心が溶けてからのオーガ族は気さくな感じだった。
ただし、言葉がわからないので雰囲気だけの話だが。
集落のところどころで目につく小道具は、人間社会から流れてきたと思われる物が多く、少なからず交流があったのだろう。
そうした小道具も、今では壊れたり火に包まれている物が多かった。
集落はまだ火の手が上がっていたため、レティに水弾で消火の手助けを頼む。
その間に俺は怪我人を集めるよう、ギデスと話をする。
集められた怪我人は、刺し傷に切り傷など深い傷を負った者が多く、既に息の絶えたオーガも多かった。
半分はその力があるから。
残りはこの後の交渉をスムーズにするための打算だ。
俺はルイーゼに奇跡の祈りを頼む。
「はい、アキト様」
ルイーゼは怪我をしたオーガ達の前で跪き、両の手の指を胸の前で組むと、頭を垂れて奇跡の祈りを始めた。
何事かと騒然とするオーガ族をギデスが落ち着かせる。
これからすることは伝えてあるので、上手く抑えてくれるだろう。
「水は生命の源・魔力は力の源・肉体は二つの源を宿す・………」
ルイーゼの少し低めの声が紡ぎだす祈りの言葉が場を支配し始める。
美しい祈りだと思った。
薄暗い中でルイーゼの体をほのかな光が包み、その周りを小さな光源が煌めくように舞い始める。
その様子を伺っていたオーガ達もいつしか言葉無くその様子を見守っていた。
言葉を失っていたのは俺も同じだった。
今までにも何度かルイーゼの使う神聖魔法を見てきたが、こんな感じではなかったはずだ。
奇跡は神様が起こすものであって使用者の魔法能力は関係ないと思っていたが、それもまた誤りだったのだろうか。
実際に魔法を行使するのは神様だとしても、神様への願いには魔力が必要で、それにより効果も変わるとか。
ルイーゼの魔力制御能力は俺の次に高く、最初に身体強化を常時展開したのもルイーゼだ。
さらにこの半年でその能力をより磨き上げている。
それが何かしらの影響を与えていると考えるのはこじつけだろうか。
いずれにしても悪い感じではないので、経過を見守るとしよう。
そしてそれは起こる。
青く淡い光が怪我をしたオーガ達を包み込みこむ。
生きてさえいるなら、その傷がどれほど深くても等しく癒やされていく。
四肢の欠損すら治すその力はまさに奇跡だった。
これほどの奇跡に代償は無いのだろうか。
または代償がないから奇跡なのか。
「アキト、ルイーゼの力か……」
そう言えばバルカスは知らなかったか。
「ルイーゼの持つ天恵だ」
奇跡の祈り。天恵と呼ばれる固有の能力だ。
ルイーゼが賜ったその力は等しくオーガ達にも与えられる。
「……女神アルテア様に感謝を」
打算で行った行為は女神アルテア様に失礼だっただろうか。
≪アキトはいつも優しいですよ≫
深い傷を負っていたオーガでさえ何事もなかったかのように体を起こし始める。
それを遠巻きに見ていたオーガ達も、何が起きたのかは分からなくても傷ついた仲間が無事だったことはひと目で分かった。
お互いが一斉に駆け寄り、無事を喜び合う。
ただ、その奇跡の力を持ってしても失われた魂までは戻ってこない。
一瞬の希望と、再び訪れる現実に、泣き崩れるオーガもいた。
全ては救えない。それは仕方のないことだ。
それでも、もっと良い方法は無かったのかと思ってしまう。
その時は最善を尽くしたつもりでも、いつも終わってみれば色々と問題が浮かんでくる。
やるせない気持ちは俺だけでなく、バルカスもルイーゼもレティも、みんな同じだ。
そして、精霊であるモモでさえ気落ちすることに変わりはない。
だが、救えた命だってある。
俺達は救えた命と生きていくだけだ。
「人間・感謝・した」
ギデスが代表して感謝の気持ちを述べる。
それに続けて、言葉こそ分からないが集落のオーガ族の間から多くの言葉が上がった。
その雰囲気からお礼を言われていると思える。
ルイーゼにはまるで女神様を称えるかのように、オーガ族が膝を折り感謝していた。
そんな様子を見たルイーゼも少しばかり動揺し、膝をつくオーガの手を取り立たせる。
しかしその行為がまた慈愛に満ちた行為に見え、深い感謝で讃えられていた。
そんな混乱もギデスが声を上げることでようやく収まる。
続けて俺達を部落長の元に案内すると言ってきたので、同行することにした。
俺達の目的は伝えてある。
それを成すためには部落長に合う必要があるようだ。
そこは更に半日ほど西に移動する必要があったが、ギデスの話では俺達の目的にとって遠回りということもなさそうだ。
◇
俺はリゼットに現状を伝え、同時に他のグループの様子を窺う。
『まだ確たる情報は得られていません。
しかし、幾つかのグループからは定時連絡が途絶えています。
アキト達と同じように他のグループも襲撃を受けたと考えられますね。
そちらに被害がなくて何よりです。
私の手が必要でしたら遠慮なく言ってください』
俺達でさえ既に三回遭遇している。
思った以上にオーガ族残党は多いのかもしれない。
元々この捜索はオーガ族残党の襲撃が想定されていた。
備えてはいても、やはり地の利が無ければ後れを取ることもあるのだろう。
『アキトはオーガ族残党が統率を失っていると言っていましたが、組織だって動いている傾向も見られますね。
連絡の途絶えたポイントに王国騎士団の分隊が向かっています。
明日になれば情報も集まってくるでしょう』
もし俺が統率を失っていると思ったオーガ族が、残党の本体から離れていたためだとすれば、俺達は目的地から離れてしまったかもしれない。
俺は新しい情報が入ったら直ぐに連絡が欲しいと頼む。
『アキト、リデル様が大切な方だということは分かっています。
それでも、アキトを大切だと思う人がいることも忘れないで下さい。
無理をされないようにお願いします』
(わかった。
幸いにして発見さえ出来れば救出作戦自体は王国騎士団主導で行われるから、一番危険なところは避けられるさ)
『無事にリデル様を発見できることを祈りましょう』
リデルは見つける。必ずだ。