身体強化魔法
新しい剣の使い勝手は悪くなかった。汎用品だけあって、リデルの剣から持ち替えても違和感なく使う事が出来た。
試し切りの相手は凶牛と呼ばれる魔物だ。
凶牛というのは言葉から牛を想像するが、見た目はバッファロー似の魔物だ。体重五〇〇キロの巨体が頭から突き出た二本の角を武器として突進してくる姿はかなり恐ろしい。
ちなみに防御とかまず無理、防いだ所で吹っ飛ばされる。
突進を躱して確実に足を狙い、動きを止めてからじゃ無いと仕留めに入るのは危険すぎる魔物だ。
岩や立木といった障害物を使いながら突進を躱して、弓で少しずつ体力を削ぎ落とし、動きが悪くなった所で剣を使っての急所への攻撃を繰り返す。
弓を使うようになったのは魔力節約の為だ。的の大きい凶牛とは言え、動いている状態だと俺が当てるには五メートルまで近づく必要がある。殆ど突進を躱し際に当てる感じだ。
凶牛は肉が高く売れるがタフなので倒すのには時間が掛かる。それに一角猪のように角が売れないので効率で言えば一角猪の方が良かった。一匹あたり皮と肉と魔石で銅貨二五〇枚だ。
ただ、効率は落ちるが肉がうまかった。食事が肉よりになったが成長期の俺にはそれも良かったのか、最近は目に見えて筋肉も付いてきた。ただ元々の体が細いのは仕方が無い。
「リデル、狙われているのは俺みたいだ!」
「わかった、足を止める」
本日、四匹目の凶牛に狙われているのは俺だった。
いつもはリデルが突進を誘ってくれるが今回は何故か執拗に俺を狙ってくる。
俺は恐怖に耐えながらギリギリで凶牛の突進を横転して躱す。早く躱しすぎると軌道修正される為、却って危険だった。
初めて対峙した時は早く躱しすぎて、その先に凶牛が飛び込んできた。そこから地面を転げ回って何とか凌いだが、革の服の背中が思いっきり裂けていた。
この世界はゲームのように回復魔法で何事も無かったとは行かない気がする。だって、あんなのまともに食らったら即死だろ。蘇生魔法とかあるのだろうか。今度リデルに確認しておこう。
俺は横転の勢いのまま立ち上がると次の突進に備えた。リデルのように躱しながら攻撃とかは俺には無理だった。
「アキト、もう一度そっちだ!」
流石にリデルも俺の方に突進してきた凶牛に攻撃を加える事は出来ない。と言う事は、俺が狙われ続ける限り手詰まりなのか?
「モモ、弓をくれ!」
片手剣に魔法陣が現れ空気に吸い込まれるようにして消える。再び手元に魔法陣が発生し弓と矢筒が現れた。今までの狩りの中で俺とモモが繰り返してきた武器の持ち替えだ。
俺は矢筒から矢を取り出す。凶牛は既に俺に向かって突進を初めている。
五メートル。俺が凶牛に確実に当てられる距離だ。そして躱すタイミングもまた五メートル。俺は自分の行動予定を強く意識し、恐怖心を押さえ込む。
撃ったら躱す!
解き放った矢が当たるのを確認する間もなく凶牛の突進を横転で躱す。
「うわっ!」
俺が横転で躱した所に凶牛も倒れ込んできた。幸いにしてぶつかる事は無く目の前に凶牛が倒れ込んでいる。
リデルが倒れた凶牛の背中側から首筋に剣を突き立てる。血を撒き散らしながら地面をのたうち回る凶牛から、俺は逃げるように飛び去る。
どうやら俺の撃った矢が狙いの頭を逸れて左上腕部に当たり、力が抜けて転倒したようだ。五メートルなら外さないと思ったが、逃げる方に気を取られたか。
「アキト、怪我は無いね?」
「あぁ、転んで擦りむいた程度かな。止めを刺してくれて助かったよ」
「少し早いけれど、流れが良くないから今日はこの辺にしておこうか」
なんとなくそう感じたと言う理由で引き上げるのは良くある事だった。この世界で生きる者の直感のような物だろうか。個人的には最後は綺麗に締めたいけれど、今のドタバタは流れ的に良くなかったのは確かだ。仕切り直しも悪くない。
「そうしよう。今みたいなパターンの対策も考えておきたいし」
「僕にも一つ手があるから、明日の狩りで試してみるよ。魔物にしか効かないんだけれどね」
魔物の気を引くというか苛つかせるというか、そんな感じの魔法があるらしい。ゲームで言う挑発の様な物だろうか。もしそうなら今みたいな展開は避けられるかな。
もっとも、それだけリデルに危険が集中する訳だから、俺は俺で何かしらの対策を考えた方が良いのは間違いないけど。
「なら俺も一つ手を考えておくよ」
「モモ、凶牛をお願い」
凶牛が魔法陣に吸い込まれた所で、モモの頭を撫でながら魔力を少しだけお裾分けする。まるでお日様のような笑顔に俺の頬も緩くなる。
時間はお昼を回ったくらいか。早いと言えば早いが、この世界の朝も早い。今の日の出は五時くらいで、六時過ぎには狩り場に出ている。だから六,七時間は狩りをしていた事になる。
俺は町に帰る途中でリデルにリザナン東部都市行きの予定を伝えた。
リデルは何か思う所があったのか、しばらく思案していた。そのまま町に着いた所で、俺は鍛錬の為にリデルと別れた。
リデルが何を考えていたのか思いつかないが、俺よりよっぽどしっかりしているし、何かあれば言ってくるだろう。それくらいの仲にはなっていると思っている。
◇
俺は町の外れ、いつもの鍛錬に使う草原に来ていた。
街道からは少し逸れた位置の為、何かをしていても人目に付く事は無かった。なんか練習している姿を見られるのが恥ずかしいという気持ちから、わざわざ離れた人目に付かない所を選んでいる。
俺は草原に寝転がって今出来る事を考えていた。
剣技の方は一角猪を一人でも倒せるようになった。素早いが直線的な動きしかしてこないため、倒す事は出来た。
リデルに比べると刃が綺麗に当たってないのか切り口が悪く、同時に浅い。浅いと言う事はダメージも少ない為、より多くの攻撃をしないといけない。そうなると戦闘時間が長引いてアクシデントが発生する可能性も高まる。
とは言え、基礎体力を上げるにはもう少し長い目で見る必要がある。
魔法の方はリゼットに基本を教わっているけれど、未だに精霊魔法らしい物が使えない。
だからといって魔法具を買うお金はないし、魔声門を使った方法は上手く出来ていない。今のところは覚えた無詠唱による魔弾だけだった。
魔弾については色々わかった事がある。魔弾は細く鋭く発動する事で貫通力と飛距離が伸びた。射程は今のところ一〇メートル程度で離れるほど威力が落ちる。
逆に放射状の広範囲に発動すると敵を打ち抜く強さは無いけれど大足兎なら脳震盪を起こすくらいの衝撃を与えた。二,三匹固まっていれば一度に狩る事も出来た。タフな奴でも足止めくらいにはなる。
射程は近ければ近いほど良い、三メートルを超えると効果がなさそうだった。
面白いのは放射範囲と放射距離を絞り込み一点に集中する事で攻撃を弾く事が出来る点だ。
どの程度まではじけるかは自信が無いけれど、一角猪の蹴りは耐えられた。
一度蹴られそうになった時、一角猪の足に魔弾を撃ち込んだのが気付く切っ掛けとなった。
一角猪の突進は自分が吹っ飛ばされて無理だった。
でも盾の様な使い方が出来るので重宝している。
一瞬だけ弾くように魔弾を放つだけなので魔力の消費量も少ないようだ。
経験で分かった事だけれど、大きく・強く・遠くといった条件を満たすほど大量の魔力を消費するようだった。まぁ、なんとなく納得がいく。
今出来る事はこんな感じだった。
そして今日は新しい試みを始める。
とは言っても、今まで魔弾を色々と自分なりに考えて制御してきた結果から推測すると、直ぐに実行は可能と思えた。
人の体は電気的なショックを受けると自分の意思とは関係なく動く。これと魔力を全身から集めて放出する魔法の原理を組み合わせて身体能力の補助が出来ないかと考えた。
いつものように目を閉じる。まずは形からだ、出来るだけ余計な情報を遮断して魔力の流れに集中する。
体中から魔弾を作る為の魔力を集め、魔力の動きを感じ取る。
いつもならこの集めた魔力を打ち放つが、今回はその魔力の到達する先は自分の体内だった。自分の体内で絞り出し、自分の体内で筋力を補助する為に使う。
俺は体を巡る魔力を感じながら手を動かし、その時に変動する筋肉の動きを確認する。そして同時に筋肉の変動に伴う魔力の流れを感じ取り、それを今度は手を動かさないで魔力だけで実現してみる。
小一時間ばかりそんな事をしていたら手が動いてはいないけれど、動くような感覚が伝わってきた。さらに一時間ほど続けてみたが、そこから進展は無かった。
今度はその動きそうな気配のところから意識的に手を動かしてみた。いつもより軽く動き出すのを感じる。全てを魔力で実行しようとすると難しいけれど、最初に意図したとおり補助的な使い方なら出来そうだった。
俺は立ち上がり、今の感じを忘れないうちに剣を振りつつ魔力の流れをコントロールしてみた。
軽い力で振った剣が自分の感覚以上に鋭く空を切る。
「おおっ、思ったより凄くないか!」
自分でもこんなに上手くいくとは思っていなかったが原理さえ分かれば意外と誰にでも出来るのかもしれない。でも、もしオリジナルなら特許料でものすごい大金持ちになるのかもしれない。
……当たり前の技術なら得意げに話した所で恥をかくだけか。リデルにそれとなく聞いてみよう。知らない様なら安全が確認出来るまで黙っている方が良いだろう。取り敢えず、自分の中で身体強化と言う事にしておく。
その後は調子に乗って手だけで無く足や体全体を使った動きも出来るようになり、時間も忘れて動き回った結果、魔力切れで意識を失い掛けた。
次の日、目を覚ました時は過去に類を見ない壮絶な筋肉痛で身動きが取れず、狩りに出る事が出来なかった。
リデルは呆れていたが、その内リデルも同じ目に遭うのだけれどな。何日か試して安全そうならリデルに教えよう。きっとリデルの力になるはずだ。