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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第二部 第一章 リデル編
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異世界、再び

 夏休みの恒例イベントである花火大会から帰ってきた夜。

 自分の部屋の窓から零れる青く淡い光を目にした。


 その光が指し示す物はただ一つ。

 俺は駆け出すように部屋に向かう。


 ◇


 この世界には魔力が無い。

 だから異世界転移魔法に必要な魔力を得るためには、念波転送石が必要だった。


 その念波転送石が俺の元に現れた。

 この魔法具があれば、俺とリゼットを繋ぎ魔力の供給を得て、この世界でも魔法が使えるようになる。


 俺は念波転送石を持ち、リゼットと意識が繋がるのを待つ。

 それは長い時間に思えたが、実際に過ぎた時間はそれほど長くは無かっただろう。

 でも俺はずっと待っていた気がする。


『アキト、聞こえますか?』


 懐かしい声に感激とも安堵とも言えない気持ちが沸き起こる。

 リゼットと実際に過ごした時間は短い。

 たしか一時間にも満たない時間だったはずだ。

 それでも言葉を交わした時間は長かった。

 こうして再び念波転送石越しとはいえ、話せる日が来る事を待ち望んでいた。


「良く聞こえるよ、リゼット。良くやってくれた」

『良かった……最後に連絡がとれた時は、まだ意識を失っていると聞いていたので』

「心配かけたな。

 ルイーゼが側にいるなら伝えて欲しい、俺は元気だと」

『はい、そのように』


 リゼットがいて、ルイーゼがいる。

 この世界で過ごしている間に、もしかしたら異世界での出来事は夢だったのではないかと思うこともあった。

 あまりにも世界が違いすぎて、まるで今の世界に適応するように心が思い出を閉ざしていくような――そんな感じだった。

 でもリゼットの声を聞いたことで、閉ざされようとしていた思い再び鮮明になる。


「リゼット、行けるか?」

『リスクが無いとは言えませんが、考えられる準備は整えました』


 リゼットに転移後、問題が起こった場合の手順を確認する。


 俺はかつて異世界転移魔法を使うために、魔封印の呪いと呼ばれる封印の解呪を行った。

 その際、俺の体を膨大な量の魔力が駆け巡り、まるで血管を切り開いていくかのような状態に陥った。

 全身を駆け巡る痛みに合わせて皮膚が裂け、血管が破裂して命を失いかけた。


 幸い、ルイーゼの使う強力な回復魔法によりギリギリのところで意識を保っていた俺は、魔力の無いこの世界に転移することで一命を取り留めた。


 その怪我が癒えて目を覚ましたのは一ヶ月後。

 その時には念波転送石が輝きを失い、リゼットと連絡を取ることが叶わなくなっていた。

 それはすなわち異世界転移魔法が使えないことを意味した。


 だが再び念波転送石は俺の前に現れた。


 早る気持ちを抑え、異世界転移魔法の魔法陣を意識下に構築する。

 そこにリゼットからの魔力を供給すると、魔法陣をなぞるように魔力が走り、魔法が発動した。


 初めて異世界転移魔法を使った時と同じように、派手な光や音と言った演出も無く静かにそれは起こった。

 不意に体を襲う浮遊感と共に肉体と魂魄(こんぱく)が分離し、世界線を越えていく。


 それは時間にすれば一瞬。


 世界が切り替わると同時に、魔力が体中を駆け巡り体を満たしていく。

 懐かしい感覚だった。

 足りなかった半身とも思える魔力に安堵した。


 浮遊感が薄れていく。

 警戒していた痛みも無く、徐々に肉体の感覚が戻ってくる。

 最初に感じたのは暖かさだった。

 誰かの腕の中に(いだ)かれる優しい感覚に、いつまでも甘えていたくなる。


「……アキト様、お帰りなさい」


 いつの間にか閉じていた目を開ける。


 はじめに見えたのは、俺の頭を包み込むようにして抱き、上から心配そうにこちらを覗き込む少女の顔だった。

 碧色の瞳から絶え間なく涙を流し、それでも目を閉じる事無く、見つめてくる。


 何時も泣かせてばかりだったな。

 俺は下からその頬に手を当て、親指で涙を拭き取る。


「ただいま、ルイーゼ」


 その息を飲むほどの美しさに見蕩れてから一年半。

 気が付けば、さらに磨きを掛けて綺麗になっていた少女は、俺の命を幾度となく救ってくれた恩人でもある。

 短かった栗色の髪も、今では胸に掛かるほど伸び、後ろで纏めていた。

 少し印象が大人っぽくなったな。


 ルイーゼの背後にはリゼットが控えていた。

 言葉を交わす事は多かったが、実際に顔を合わせていた時間は多くない。

 リゼットは短めの黒い髪に切れ長の目、そして凜々しい顔立ちの少女だった。

 同じ歳のはずだが、随分と大人っぽく見える。

 髪と同じ黒い瞳だが俺と同じ日本人では無い、れっきとしたこの世界の住人だ。


 ただ、この国で黒い髪であるという事は、かつて厄災をもたらした魔人の髪の色と同じ事から、忌み嫌われる存在だった。

 今はその風潮も貴族の中に残っているだけで、平民は一部を除けばそれほど気にしていないようだが、リゼットは貴族だった。

 そのために迫害にも近い状況に陥っていた時期もある。


 当然のように黒い髪を持つ俺も忌避の対象になっており、前に一年近くをこの世界で過ごした時も、嫌な思いをする事が多々あった。


 とは言え、今の俺は魔封印の解呪に失敗した時の影響で白髪になってい――ない?

 部屋に置かれた鏡に映る髪の色は黒だった。

 転移魔法の影響だろうか、細胞が再構築される際に治ったのか?

 あるいは使った覚えは無いが、自己治癒(セルフ・キュア)が働いたか。


 まぁ、それならそれで良い。

 貴族に忌み嫌われようと、俺は黒い髪で生きていく。


「アキト、変わりはありませんか?」


 俺は自分の中を流れる魔力を感じ取り、意図的に制御する。

 今のところ違和感はない――いや、違和感どころか、随分とスムーズに魔力の制御が出来た。


 以前は、魔力を制御する時に細い管の中を通す様な抵抗があった。

 ルイーゼにはそういった感じが無いと言っていたので、俺の思い過ごしかとも思っていたが、そうではなかったようだ。


 俺の魔力使用効率が著しく悪かったのも、これで改善されているのだろうか。

 いずれにしても良い傾向だ。

 これからの戦いにプラスになるだろう。


「問題無さそうだ」


 安堵した。結局俺も内心では怖かったようだ。

 あんな痛みは二度とごめんだ。


≪お帰りなさい、アキト。無事で良かった、本当に……≫

≪あら、アルテアを泣かせた悪い子にはお仕置きが必要かしら≫

≪私がやる≫

≪カルテアもドロテアも絶対駄目だからね≫


 気が抜けた。

 ルイーゼの纏う甘い香りが懐かしかった。

 それに顔に当たる胸の柔らかな感触が――


 ドクン!!


 心臓が大きく鼓動する。

 それが意味する事に体が反応し、冷や汗が流れ出す。

 魔力の暴走が始まった。


「リゼットあれを!」

「こちらです!」


 ルイーゼの背後に控えていたリゼットが駆け寄り、小瓶のような物を差し出してくる。

 俺はそれを受け取り、その中身を飲み干す。


「少し見苦しいと思うからでき――」

「お側に控えています」


 ルイーゼは以前、暴走する魔力によって俺の身体が内部から破壊されていく惨状を見ていた。

 俺を第一に考えてくれるルイーゼが、ここで引き下がる事はないか。


 覚悟を決めたところで、今は裸だった事に気付いた。

 異世界転移魔法では肉体と魂魄しか転移できないため、衣類とかは持ち込む事が出来ない。

 流石に薄いシーツを被せられていたが、その前は裸だったのが明らかだ。

 事案発生とニュースになる前に用意された服に着替える。


 ドクン!!


 魔封印が効かない?

 いや――瞬間、全身の細胞を書き換えられるような痛みが襲ってくる。


 俺は立ち続ける事が出来ず、膝を落とし、床に()(つくば)る。


「うぐっがががっ!」

「アキト様!」


 強力な魔法を封じる呪いが身体を侵し始め、暴れ出そうとする魔力を押さえ込む。

 まるで毒をもって毒を制するように。


 魔封印の呪いに掛かるのは二回目だが、一回目よりは随分と痛みに慣れた気がする。

 俺の人生で最も強烈な苦痛だと思っていたが、それ以上の痛みもあると知ったのは良かったのか悪かったのか。


「アキト様!」


 ルイーゼが心配そうに何度も声を掛けてくるが、流石に応える余裕はなかった。


 数分ほど激痛に悶えていたと思ったが、苦痛というのは長く感じるようで、実際には一分ほどで呪いの効果が発動したようだ。


「ハァ、ハァ、ハァ……。

 毎回これは勘弁して欲しいな」

「アキト様、もうご無理をされるのはお止めください……」


 折角涙が止まったと思ったのに、もう泣かせてしまった。


 今の俺は、この世界において魔封印の呪いと呼ばれる制約を受けなければ、魔力を制御しきれず、暴走した魔力が身体を傷付けて死に至る状態だった。

 だからもし魔力の暴走が始まるようなら、敢えて魔封印の呪いを受けて魔力を封じ込める計画を立てていた。


 そしてそれは起こった。

 どうやらリゼットの推測は当たっていたらしい。


 結果的に魔力の具現化が必要な魔法は使えなくなる。

 命の代償だ、今のところは仕方が無い。

 逆に言えば具現化しない魔法だけは使えるのだから、今はそれで良しとしよう。

 無属性魔法と呼ばれているが、魔物と戦う上では十分役に立つ力だ。


「リゼットの推測通りだな。上手くいった」

「出来れば魔力の暴走の方を止めたかったのですが」

「現状では十分だろう、助かったよリゼット」


 生きているし、不自由なく動ける。

 今までだって無属性魔法以外は使えなかった、マイナス面は何も無い。


「それに分かった事もある。

 良いのか悪いのかは別として、魔封印の呪いの効果が前回より弱くなっている気がする。

 以前より魔力を掴みやすく、制御もしやすいようだ」

「魔封印の呪いを掛けたり解いたりする人はまずいませんので、貴重な情報とも言えますね。

 ただ、それにより魔力の暴走を抑える効果も薄れるとしたら、何度も使える手では無いかもしれません」


 確かに何度もは使えないが――


「これを繰り返して、徐々に慣れていくという手もあるかもしれないな」

「随分と無茶な話に聞こえますが、一つの可能性ではありますね」


 落ち着いた俺の様子を見て、ホッとした感じのルイーゼ。

 その背中越しに、緑色の髪をした幼女が顔を覗かせる。


 さっきまではルイーゼとリゼットの二人しかいなかった事は明らかだ。

 その幼女がどこから現れたのか、驚く人はここにはいない。


 幼女の頭からは二枚の葉っぱが生えている。

 植物系精霊のブラウニーを示す特徴だった。

 精霊であるブラウニーは精霊界とこの世界を自由に行き来する事が出来る。

 だから今、精霊界からこちらに来たところなのだろう。


「モモ、待たせたな」


 俺が両手を広げると、モモが飛び込んでくる。

 少し泣き出しそうな顔をしながらも、必死に涙を堪えている、そんな表情だ。


 モモは現世に留まるためには魔力の供給を受ける必要がある。

 だから俺が元の世界に戻っている間に魔力の供給が絶たれる恐れがあり、その対策としてルイーゼにモモの事を頼んでいた。

 ルイーゼに頼んだのはモモを精霊体で視認出来る唯一の仲間だからだ。

 もし俺が元の世界に戻って名付けの効果が切れるようであれば、その後、モモへの名付けをお願いしていた。


 結果的にはモモへの名付けは切れなかった。

 理由は分からないが、モモには俺の存在が分かっていたのかもしれない。

 モモは精霊界の住人であり、ある意味異世界だ。

 その辺が関係してくるのだろうか。

 残念ながらこの答えについてはリゼットも知らない様だ。


 そして、魔力の供給は主に野菜を取ることによって行うことが出来る。

 魔力感知が使えるようになったころ初めて感じた世界は、魔力を内包する植物が多くて人と区別するのが難しかった事を思い出す。


 モモは話す事が出来ない。

 話す事は出来ないが、こちらの言葉は理解出来た。


 久しぶりのモモに魔力を分け与える。

 俺が元気な事が伝わったのか少しずつ笑顔に変わっていく。

 変わらぬ笑顔を見て、俺もホッとした。


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