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念波転送石、再び

 クラスメイトと夏の定番行事を済ませて家に帰り着いた俺は、自分の部屋の扉を開けた時、机に青く輝く宝石を見つけた。


 ドクン!


 心臓が激しく脈打つ音が聞こえる、そんな錯覚に捕らわれる。

 俺はその宝石が意味することを察して激しく動揺した。


 待っていた。

 

 大怪我から意識を回復した時からでも四ヶ月弱。

 俺はこの日を信じて待っていた。


 念波転送石。世界線を越えて意思を伝える魔石。

 リゼットと連絡の取れる唯一の手段。

 そして、それを通じて得られる魔力により、俺は異世界転移魔法を使えるようになる。


 あの石の向こうにリゼットが、そして仲間が待っている。

 逸る気持ちを抑えるように不安もまた大きくなる。

 いい事ばかりとは限らない。

 知りたくないことも知ることになるかもしれない。


 この日を待ち続けていたはずなのに、念波転送石を前にして手が止まる。


「お兄ちゃんどうしたの、扉開けっ放しだよ?」


 ?!


「あ、あぁ、そうだな。うっかりしてた」

「お兄ちゃんそれ……」


 悠香(ゆうか )が念波転送石を取り上げ、走り去っていく。


 思わず呆気に取られ、見逃してしまった。

 リビングには両親がいるだろう。


 止められるだろうか……止められるだろうな。

 悠香が遠くで父さんと母さんに話し掛けているのか聞こえてきた。


 俺は覚悟を決めて三人のもとに向かう。

 リビングには念波転送石を握りしめて両親の背に隠れる悠香の姿が合った。


「彰人、座りなさい」

「はい」


 父さんは対話するとき、常に感情を抑えて話す。感情が正しい判断を下すのに邪魔だとばかりに。

 それは正しいのだろう。本心を話す事と感情的に話す事は違う。

 それでも、本心を話すのに感情の助けは必要だと思う。だから感情が無いのではなく抑えているんだ。


 母さんは悠香と一緒で不安そうにしているが、父さんが話し出すのを待っていた。


「彰人、リーゼロットさんとはもう話したのか」

「いや、さっき帰ってきた時に初めて見付けたところだった」


「私は現実を身近にしながら未だに信じられないが、彰人が言う異世界でありリーゼロットさんが住む世界、それはあるのだろう。

 向こうの世界で生きていくと決めたその気持ちに変わりはないのか?」

「変わりない」


 その気持ちに変わりはない。

 ただ向こうの世界で俺がいない間に変わったことを知るのがちょっと怖かっただけだ。


「前にも聞いたが、戻る気になればすぐに戻ってこられるのか?」

「戻ることは出来る。

 ただ、リスクについてはリゼットと確認を取らないといけない。

 そのリスクが解決するまでは自由とは行かないと思う」


 魔封印の呪は解呪されている。異世界転移魔法を使えたのだからそれは間違いないだろう。

 ただ、向こうの世界に戻った時、あの続きが起こるんじゃないか。それが気がかりだった。

 再び魔力を抑えきれずに同じような状況に陥った時、もう一度この世界に逃げ戻れるかどうかが分からない。


「あの怪我は世界を行き来するのに負うものではないと言っていたな」

「あの怪我は違う。

 向こうでも魔法は自由に使えるわけじゃなくて、制限が掛かっているんだ。

 その制限を取り払う際に起きたことで、原因はよく分かっていない」


「詳しく知るにはリーゼロットさんとの相談が必要か」

「俺も原因を考えたけれど、結局俺は魔法について詳しい知識はないんだ。

 リゼットの助けが必要だ」


「私は反対だよ! お兄ちゃん絶対死んじゃうもん! あんな姿はもう見たくない!」


 悠香が声を上げ、ソファー越しに背後から母さんに抱きつく。

 母さんは悠香の頭に手を置き、(なだ)めつつも口を開く。


「わたしも反対です。

 ですが……この五ヶ月、彰人の姿を見ているのは辛かった。

 心が枯れて、ただそこにいるというだけ。

 まるで人形のように生きているのを見るのが辛かった。

 四月頃に比べれは良くなったと言っても、本質は何も変わっていなかった。

 ずっと気持ちは違うところを見ているのが直ぐに分かったから。

 だから……だから……」


 父さんが母さんの肩に手を置き、その言葉の続きを語る。


「彰人、好きにしなさい」

「お父さん!」

「悠香、今の彰人はただ体がここにあるというだけだ。

 心がなければ、それは死んでいるのと変わりない」

「でも……でも……」


 思えば戻ってからずっと看病してくれていたのは悠香だった。

 その悠香に感謝の言葉は掛けても、気持ちを向けた事はなかった。


「悠香、こっちへ」


 おずおずと言った感じで隣りに座る悠香の、その肩を引き寄せる。

 悠香はそれに抵抗せず、俺の肩に頭を乗せる。


「悠香、心配してくれてありがとう。

 父さん、母さん、悠香、もちろん悠人もみんな大切な家族だ。失うつもりはない。

 そして、向こうの世界にもいるんだ。大切な人が」


「悠香、約束する。

 いつか問題を解決して、必ず自由に行き来出来るようにすると」

「でも……でも……」


「まだ俺のことを好きでいてくれるか」

「もちろんだよ!」


「俺も悠香のことが好きだよ」

「……ズルいよ、だって今の私、絶対可愛くないもん!」


「変わらないよ、可愛いままだよ」

「絶対死なないでね、絶対帰ってきてね、絶対だからね」


「約束する、絶対だ」


 悠香が強く握りしめていた手を開くと、そこから青い光が溢れだす。

 俺はそれを受け取り、リゼットからの連絡を待った。


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