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茉莉花、七瀬、梨々子、翠

 夏の暑さも本格的になってきた七月の午後。

 四人の少女が一人の少年を見送っていた。

 その少年の姿が見えなくなっても、しばらくの間その姿を追い求める。


「も、もう少しだけお茶をしようか」


 少女の一人、茉莉花が伺いを立てる。


「うん、ちょっと話したいこともあるし」

「私も」

「はい、ご一緒します」


 七瀬、梨々子、翠もその提案に賛成のようだ。


 少し歩いて入ったのはファーストフード店。

 その二階のテーブル席に座った四人は同じようにため息をつく。


「頼りがいはあるよ……ね」


 なんとなく気まずい空気の中で茉莉花が話し始める。

 少し長めの髪を持つ、どことなくお嬢様的な少女だ。ただ、その見た目とは裏腹に意外と行動力がある。


「気遣いもあるかな」


 その言葉に最初に応えたはのは七瀬。

 短い髪に赤い縁の眼鏡が似合う少女。スレンダーな長身で中性的な美少女だ。


「優しさもあった」


 続けて梨々子が自分の考えを付け足す。

 ちょっとした仕草にあわせて、風が無くてもポニーテールが揺れていた。


「あ、あの。格好良いと思います」


 素直に感情を口にしたのは翠。

 ぱっと見は中学生、それも低学年に見える子だった。


「「「「はぁ……」」」」


 一通り意見を出し合ったところで、再び場をため息が支配する。


「恋じゃ無いと思うけれど」

「私も違うと思うけど」

「好きとは違うかなぁ」


「ええっ、わ、私は好きです」


 茉莉花、七瀬、梨々子の視線が翠に向く。


 翠以外の三人は、今まで感じたことが無い感情に困っていた。

 三人は別に人を好きになったことが無い訳では無い。だからこの感情が恋だとは思っていなかった。

 でも翠は明確に自分の気持ちを伝えた。


「あの、それじゃみんなはライバルじゃ無いと思って良いんですよね?」


「ちょ、ちょっと待って。もう少しだけ気持ちを整理させて」

「少し時間をおかないと分からないわ」

「私も、私も!」


 翠の言葉に待ったを掛ける三人。

 それを聞いて少しだけ肩を落とす翠。


「みんながアキトさんを好きになっちゃったら、私じゃ敵わないよ」


「そんな事無い、翠は可愛いよ」

「私も可愛いと言われる方が良かったな」

「それに翠は庇護欲がそそられるし」


「それって、私が子供っぽいってだけじゃ……」


 再び訪れる沈黙。


 「「「「はぁ……」」」」


 茉莉花は思っていた。

 忌まわしい記憶を封じ込める為に、優しい記憶で満たそうとしているのだろうと。


 七瀬は思っていた。

 頼られることが多かった自分が、初めて頼り縋った人に憧れただけだろうと。


 梨々子は思っていた。

 どんな自分でも受け入れてくれるのは、動揺の一つも無く場を治めた彼だけだろうと。


 ただ四人とも、あの忌まわしい夜のことよりアキトを見ている点では一致していた。

 そうすることでまた、心の平穏を保っていた。


 ◇


 さらに二週間が過ぎ、夏休みの初日。

 約束通り待ち合わせのプールに来ていたアキトは、状況を一目見て言う。


「どうしてこうなった?」


 アキトの疑問に四人は答えられなかった。

 本当はアキトだけを誘ったプールだったが、小耳に挟んだ男子が俺も俺もと増えて、その数は一〇人になっていた。


「まぁ、折角プールに来たんだからみんなで入るか」


 アキトの声に男性陣が盛り上がる。


 受付を済ませ、着替えて出てくる女性陣を待っていたのは男性陣だった。

 学校でも上位に入る容姿を持つ四人の水着姿を見る、その下心だけで集まったといえた。


 確かに四人の水着姿はスクール水着とは違って個性を強調した魅力溢れる物だった。

 クラスメイトの男子勢以外にも、通りゆく男性が何人も目を止めているのが分かる。


 特に何を言うまでも無く、じろじろ見る者、目を逸らす者。中には卑猥な目付きをする者もいて、四人は記憶に封じ込めているあの日の夜を思いだしそうになる。


 そんな男性陣の視線にたじろぐ四人の前にアキトが立つ。


「やっぱり水着は良いな! 眼福だ!」


 突然アキトが言い放った言葉に唖然とする四人。

 アキトはそんな事にお構いなく茉莉花、七瀬、梨々子、翠に一つ一つポイントを上げて可愛いだ似合っているだと褒めていく。


「そ、そう、良かったわ」


 四人も素直に賞賛するアキトにあてられて、先程までの怯えは消え、恥じらいとも動揺とも取れない気持ちで肌が熱くなっていた。

 それを悟られないように各々が浮き輪を手に流れるプールに入っていく。


「結城、オマエ凄いな」

「なんであんなこと言えるんだ」

「おれ、絶対殴られると思ったわ」


「俺にはイケメンマスターのリデル先生がいたからな。

 女性は素直に賞賛されることを喜ぶと知っているのだ」

「誰だよそれ、俺にも紹介しろよ」


「遠くにいるから今は紹介出来ない」

「外国かよ。やっぱり外国人はそういった所が紳士的なのか」


「俺が知っている限り、全員じゃ無いな。

 それに、俺にも出来るんだからみんなにも出来るだろ。女性には優しくな!」


 アキトはそう言うと、ウォータースライダーに向かっていく。

 それを見送る男性陣は、同じことが自分に出来る様になるとは思えないことで一致していた。


 ◇


「茉莉花、魅力的だって、良かったね」

「七瀬も可愛いって言って貰えたじゃない。美人より可愛いって言われたがってたもんね」


「翠はお姫様みたいだって」

「フリルが多すぎたかなぁ。梨々子はスタイルが良いって言ってた。うらやましい」


 流れるプールに身を任せ、それぞれがアキトの言葉を反芻していると、前方のウォータースライダーを降りてくるアキトの姿が目に入る。


 白髪なので、直ぐに目に付いた。

 決して目で探していた訳では無いと思う茉莉花、七瀬、梨々子と、素直に探していた翠の四人は、誰が言い出す訳でも無くウォータースライダーに向かう。


「なんだ、ウォータースライダーをやりに来たのか。中々怖いぞ、四人に出来るか?」

「大丈夫よ、多分」

「出来るわよ、そこで見てなさいな」

「行ける行ける」


 茉利花、七瀬、梨々子の三人は自信があるようだ。


「わ、私はちょっと無理かもしれません」

「よし、それじゃ翠は俺と二人乗りだな」


「「「えっ?!」」」


 驚く三人をよそに、アキトは固まっている翠の手を引いてウォータースライダーに向かっていく。

 それを見送る三人。


「あれ?」

「これは良くないわ」

「ちょっと、早く行かないと!」


 クラスメイトなのに何処かしら幼いと思っていた翠が、素直さを武器にグイグイと距離を詰めていく姿に、プライドが刺激された三人が二人を追っていく。


 結局アキトはそれぞれ二回ずつ連れまわされ、さすがに酔いのような疲れに目を回しそうになっていた。


 ◇


 夕方、プールサイドで冷えた体を温めていた四人の元に、アキトが飲み物を持ってやってくる。


「うちの男性陣は、だれも差し入れをしてくれないのか?」

「そうね、それとなく目の付くところにはいるみたいだけれど、話しかけてはこないわね」


 茉莉花は周りを見渡して一緒に入場したクラスメイトの姿を確認する。


「なんの為に集まったんだか」

「みんな照れているのよ」


 七瀬は全く動揺しないアキトに、少しだけプライドを傷付けられる。


「アキトが変わっているのよ」

「そういう梨々子はドリンクがいらないと言うことだな」

「わ、待って、それは欲しい!」


「むしろアキトさんが場慣れしているように見えますが」

「いや、こうして女の子とプールに来るのは初めてだな」


 翠の質問にアキトは少しだけはぐらかせて答える。


「プール以外ならあるんだ」

「……」


 あっさり見透かされて、少しだけ動揺を見せるアキトに、茉利花は安心を感じた。

 不敵そうな彼でも動揺することはあるのだと。


 ただ、一瞬見せた淋しげな表情が、こうして共に行動する前、いつも一人でいた時のアキトがしていた表情と重なる。

 アキトはどんな悲しみを抱えているのか、知りたいと思った。


「否定しないね」

「しないなぁ、色男さんだったね」

「そんな事ありませんよ、普通ですよ」


「俺だってデートをしてくれる子の一人や二人いるんだぜ」


 角度的にアキトの表情の変化を読み取れなかった三人が軽く茶化し、アキトがそれに乗る。


「クラスでいつも一人ぼっちなのに?」

「平日は家庭教師、休日はジムに通っていてデートの時間も取れないのに?」


 七瀬と梨々子のさらなる追求に逃げ道を断たれるアキト。


「俺を信じてくれるのは翠だけらしい。

 明後日の花火は一緒に見に行こうな!」


「はいっ!」

「「「えっ!」」」


 再びリードを許した三人が、なんとかその予定に割り込むのもだんだんとお約束になってきたなと思うアキトだった。


 ◇


 花火の日の夕方。

 浴衣に着替えた四人が待ち合わせ場所の川辺に向かっていると、先についていたアキトが目に入る。


 日がほとんど沈み、空が暗くなりはじめながらも、雲はまだ太陽の光を受けて輝いている不思議な時間。

 空の紺色と夕日のオレンジ、それに雲の白が作り出す幻想とも思える風景の中に佇むアキトを見て、四人は自然と足を止める。


 近くにいるのに遠くにいる。

 そんな存在感の薄いアキトを見て、四人は心が締め付けられる。

 近づけば消えてしまいそうで、次の一歩が踏み出せなかった。


 ただ一点、虚空を見続けるアキトの後ろ姿は見ているのが辛くなるほど切なく、花火が始まってなお足が止まったままだった。


 アキトが振り向く。


「来てたなら声を掛けてくれればいいのに。

 すっぽかされたかと思って、一人寂しく花火を見ていたところだぞ」


 今まで見ていた姿が幻だったのか、そこには少し困ったような笑顔を見せるアキトがいた。


「四人とも浴衣姿が新鮮で、とても素敵だよ」


「あ、ありがとう」

「ありが、とう」

「よかった」

「ありがとうございます」


 四人はなんとか声を絞り出す。

 気づけば頬を伝っていた涙にアキトは気づかないふりをする。

 そんな優しさに、なお切なくなる気持ちを感じ、辛くなる。


 優しくされたくない。


 なぜか分からないが、四人はそう思っていた。

 違う、分かってしまったからだ。


 アキトが優しいのは他人だからだと。他人だからただ優しくいられる。

 大切な人なら、時には叱り、時には怒る事もあるだろう。


 でも、ただの他人である四人に、アキトは優しさだけで十分だと思ったのだろう。


 近いのに遠い、そう感じていた理由が分かった。

 アキトの視界に私達は入らない。

 アキトの心に私達はいない。


 忌まわしい記憶を過去の物にしてくれた彼の為に、甘い時間に浸るのも今日までにしよう。

 四人は花火を見ながら、始まる前に終わった恋を理解した。


 ◇


 その日、誰もいないアキトの部屋に青く輝く宝石が出現した。


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