ターニングポイント・ゼロ
以前削った話を若干手直ししています。
今の流れで行けば第0話に当たる話になります。
リゼットとの連絡が途絶えてから一週間、季節は春休みに入っていた。
最後の言葉は『また、話を聞かせてね』だった。
それまでの毎日と変わった所も無く、次の日にはまた話をしているのだろうと思っていた。
でも、その日を最後に連絡が途絶えた。
俺は無い知恵を絞ってこちらから連絡を取ってみようと思ったが、念波転送石が反応を見せる事はなかった。
◇
それからさらに一週間が過ぎた日の夜。
いつもより少し遅めに眠りについてしばらく、時計は二時半を指していた。
『アキ…ト………アキト…』
連絡が取れなくなった日から毎日、枕元に念波転送石を置いて寝ていた。
寝ている時でもその声に気付く事が出来るように。
「リゼット、聞こえているよ」
内心では突然音信不通になった事に対して多少の憤りもあったが、リゼットの悲痛そうな声を聞いたらそんな思いも霧散していた。
『まずは最初に謝罪を。何も伝えずに連絡を絶ってごめんなさい。
それから……。
それから、こうして連絡が取れるのは今日が最後になります』
「謝罪は受け入れるけれど、理由を聞いても?」
楽しい時間を失う事に対する喪失感を感じつつも、理由を聞きたかった。
『……念波転送石は魔力が無くなると動作しません。
魔力の供給には特殊な技能を持つ人に頼るか、魔力の強い場所で時間を掛けて回復する必要があります。
対策を見付ける間、魔力を節約する為に使用を控えていました」
電池のような物だろうか。
それにしても、一言くらい連絡があっても良かったと思うが。
『ただ、他にも色々あって私自身が冷静でいられなかった事も理由の一つです。
どうにも状況が悪くなる一方で。
放っておいてもその内に魔力は切れてしまいますから、最後にと……』
魔力が切れると念波転送石間の相互位置が失われ、二度と繋がらなくなるらしい。
「声を聞けば凄く残念に思っていてくれる事は分かる。
俺に出来る事はないのか?」
『……ありません』
無いのか、無いにしても突然すぎないか。
「そっか、凄く残念だ」
『はい、私も残念です……』
嗚咽を必死に押さえているような声だった。
「連絡が取れなくなってから何があったか聞いても?」
理由はそんなに複雑じゃ無かった。いや、複雑なのか。
リゼットの結婚が決まっていたらしい。過去形なのは既に破棄されているからだ。
連絡の付かなくなった翌日、リゼットは婚約を飛ばしての婚姻を知らされた。
当然の如く抗議をしたが聞き入れて貰えなかった。
リゼットの世界において家長の権限は絶対だった。
しかし、継承権だけは例外的に家長権限の影響が及ばない。これは国が継承権の絶対性を認めていたからだ。
家長の権限で継承権が変わるのは混乱の元だからだろう。
リゼットはもうすぐ一五歳、つまり成人する。
成人すると正式な継承権が発生するが、結婚させてしまえば継承権を失う為、リゼットにとっては突然でも家長にとっては予定された結婚だったのだろう。
伯爵家令嬢で有りながら侍女すら付けて貰えずに、僅かばかりの身の回りの物と護衛だけを連れて、半ば強引に送り出された先はエルドリア王国の東にあるブリーデンの町。
その町の周辺を納めているスェーリン男爵の第二婦人、つまり妾として……伯爵家令嬢が男爵家はまだしも、その妾っていいのか。
『私の場合は、仕方が無いのです』
リゼットの言う仕方が無いというのは以前話していた髪の色の事だろう。
髪の色一つで忌み嫌われる。
これは俺が生きている世界とは違うから俺には分からない事なのか。
『もし私が貴族で無ければ、ここまでの話にはならないと思います。少ないとは言え、他にも黒い髪を持つ人もいますから。
ですが私は貴族です。
血筋を第一に考える中では、厄災をもたらした魔人と同じ髪を持つというだけで、忌避の対象になります。
私はあの家からすれば政略結婚にも使えず、かといって義弟に何かあれば継承権を持つ立場なので、邪魔と思われているのは分かっていました』
そうした事情を踏まえた上でブリーデンの町へ向かったリゼットだったが、道中で暗殺者と思われる集団に襲われた。
その事を知ったスェーリン男爵の方から、この話は無かった事にしたいという申し入れがあったようだ。
自分の身に危険が及ぶ事を憂慮したのだろう。
男爵家が伯爵家からの申し出を断るというのも可能なのかと思うが、結局のところ命が大事という事だろう。
今は家長命令で、リザナン東部都市の別邸で幽閉状態らしい。
命の危険が無いとは言え、十五歳で幽閉とかどれだけ辛いか。
「この後はどうなる?」
『正式な継承権は義弟にありますが、義弟に何かがあった場合は私が夫を迎え爵位を継承する事になります。
二番目の義弟はまだ乳飲み子ですから、成人するまで父が健全であるとは限りません。もしもがあれば私が継承する事もあるでしょう。
今回、私が生き延びた事で義母は残念に思っているでしょうね』
それって、暗に黒幕は義母と言ってないか。
義母がそういう性格なら、同じ事を――つまり義弟に暗殺者が向けられると考えるだろう。
リゼットがそんな事をしないとしても、疑心暗鬼に陥った義母がどう動くかは分からない。
『護衛の方々の奮戦で私の身は無事でしたが、大きな被害が出ています。
私は父の事を少し誤解していたかもしれません。
冷たい父であると思っていましたが、そうである事で私を守っていたとも取れます。必要以上の護衛を用意くださったのも父ですから。
正直、大げさと思っていましたが、そのおかげで今生きていられるのですから、これもやはり父なりの愛情――または謝罪なのでしょう』
今まで手を出されなかったけど、正式に爵位継承権が発生するのは見過ごせないといった所か。
父親はその可能性を睨んでリゼットを手元から遠ざけていたりするのだろうか。
『私は殆ど家の外に出る事が無かったので、アキトの話を聞くのは楽しかった。
出来ればアキトの世界に生まれたかった』
「良いじゃ無いか、転移魔法でこっちの世界に来なよ。
俺の家は幸いにして豊かな方だからリゼットの一人増えた所で何って事は無いよ。
なんなら理事長権限で学校にだって行けるさ。
そうすれば友達も増えるな」
転移魔法、リゼットが研究中の魔法だ。
召喚魔法と転送魔法を組み合わせた魔法で、人が世界を超えられる魔法だったはず。
『転移魔法はまだ仮説段階です。それに送還はまだ出来ませんので』
「それじゃ、俺を呼びなよ」
『えっ』
念波転送石は意思を伝えるだけなのに、何故かリゼットが歓喜しているように感じた。
しかし、それは冷静さを取り戻すように一瞬で消える。
『確かに念波転送石で繋いでいるこの状態なら仮説では可能だと思います。
でも、転移魔法はまだ試した事がありません。
私の仮説に誤りがある可能性もあります』
「成功すればそれだけで歴史の教科書に名前が載るじゃ無いか」
『馬鹿な事言わないでください。
危険な事に付き合わせる訳にはいきません。
仮に転移魔法でアキトがこの世界に来る事が出来たとしても、再び転移魔法でアキトの世界に戻す方法は仮説の段階です。
帰れなくなりますよ』
「そこは天才魔術師が頑張って双方向転移魔法を完成させれば良いじゃ無いか。
それか、俺が転移魔法を使えば良い。教えてくれるだろ?」
『無茶な事を押しつけないでください……』
仮に戻れなくなったったら家族を悲しませる事になるな。
父も母もそして弟と妹、それに友達もか。
俺が消えたら色々と問題になりそうだから、行く時はきちんと手紙を残そう。
友達も離れがたいけれど、幸いにして付き合っている人や好きな人はいない。
後は何だ、将来の夢とかか。
さすがに将来何をしたいかとかまだ決まっていない。
そうなるとやっぱり家族に会えなくなる事が一番辛いかな。
せめて連絡だけでも取れればな。
「リゼット、一つ試したい事がある。
それが成功したら俺はそっちの世界に行く事に迷いが無くなると思う」
『えっ』
「まぁ、やってみよう」
◇
結論から言うと実験は上手くいった。
正確な意味で波長が合うというのがどういう事かは不明だが、弟はリゼットと会話をする事が出来た。
俺の勘の根拠となったのは一卵性双生児なら波長が同じじゃ無いかという事だ。
そう、俺は一卵性双生児だった。
だから弟もリゼットと念波転送石による会話が出来たのだと思う。
弟も最初は混乱していたけれど、リゼットと話している内に現実を受け入れたようだ。
こういう性格も俺と似ていると思う。
まぁ、俺がリゼットの世界に行こうと考えている事はまだ話していない。
「失敗したらどうなる?」
『特に何も起こりません』
あれ、何も起こらないのか。
危険に巻き込むと言うからてっきり失敗すると異次元の彼方に飛ばされて大変な事になるとか、魔力が暴走して廃人になるとかあるのかと思ったが。
「何も?爆発とかも?」
『それは魔法を失敗したのでは無く爆発の魔法を使った事になります。
一般論として魔法が失敗するという事は何も事象が発生しないという事です』
成功して具現化するか失敗して何も起きないかのどちらかになるって事か。
「危険がないならやってみよう」
『先ほども言いましたけれど危険はあります。
戻れなくなる危険に、私の問題に巻き込まれる危険、それにこちらの世界はアキトの世界より争いごとが身近です。
他にも、町中までは滅多に来ないとしても魔物や魔人族が人を襲う事もあります』
確かにリゼットの言う危険もあるのだろう。
リゼットの力になりたい、今の状況から救ってあげたいと思う気持ちは確かにある。
救い出せなくても話し相手になるだけでも全然違うだろう。
でもそれだけで無く、俺自身がリゼットの世界に行く事を楽しみに感じていた。
さすがにそれは言葉にするべきじゃ無いけれど。
「まぁ、こっちでは無理だったけれど、そっちに行けば俺も魔法が使えるかもしれないだろ。
仮に魔法が使えなくてもリゼットと友達になるくらいは出来るさ」
『……』
「助けはいらないか?」
本当に助けが欲しくないなら無理をする訳にも行かない。必要になったら召喚してもらえば良い。
その時、召喚に必要な条件が揃ってない可能性が心配だが。
『……た…たすけて』
人を巻き込む事への葛藤があるだろうけれど、結局リゼットも同世代の女の子だ。
心細いに決まっている。
「任せてくれ」
多少自分に酔っていたと思う。
自分にも助けられる人がいるという事で何か自信のような物を感じていたから。
◇
リゼットの仮説では波長の同期が取れる俺の魂魄とその依り代である体であれば同時に転移可能だ。
それ以外の物――衣類とかはリゼットに存在が認識出来ない為、転移は無理だった。
だから俺のいる世界から何かを持ち込む事は出来ない。
万全の準備で挑みたかったが仕方が無い。
時間を掛けて研究が進めば可能になるかもしれないが、いつ出来るとも分からない。
それを待つ時間は無いだろう。
念波転送石の魔力が切れれば、その瞬間に全ての関係が絶たれる。
それは転移出来る可能性が無くなる訳で、きっと後悔するだろうな。
リゼットがどうなったか死ぬまで気に掛け続けると思う。
「俺はリゼットの側にいてやりたいと思っている。
まぁ、側にいても結局上手くいかないかもしれないけど」
『……そんな事、ありません……我が儘を言っています』
「いや、俺の言っている事も結構我が儘だから、そこはお互い様で」
その後、俺は弟に今から俺がする事を伝えた。
余り本気にされてないのか特に止められるような事も無かった。
どちらかというと呆れられていた。
両親にも呆れられるのが辛いので、弟にフォローを頼んでおく。
念波転送石はここに残るらしいから、念波転送石に魔力さえ付与出来れば連絡は取れる。
それまで、こちらの念波転送石と繋がっているだけの魔力があれば良いだろう。
この時の俺は、これから起こる事に期待でいっぱいで、危険については軽く考えていた。