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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第二章 王都編
140/225

エピローグ・後

 それからしばらく、悠香に俺が戻ってきてからの状況を聞く。

 逆に幾つか質問されたが、妹は俺が異世界に行っていたことを知らない。リゼットと交換留学だと思っているはずだ。その辺は適当にはぐらかしておく。


 あの日、身を守る為に逃げるように転移した俺は、血まみれと言って良い状態で自室に現れたらしい。

 戻ることはリゼット経由で弟の悠人に知らせてあった。

 異変を感じた悠人が直ぐに救急車を呼び、ここに運び込まれ、治療を受けたようだ。


 当初は俺の意識もなく、事故や事件、それとも新種の奇病かと世間を賑わせたらしい。そんな噂も日が経てば他のニュースに埋もれ、今ではみんなの関心は別なことに移っている。

 一応、事件性はないし伝染性の奇病でも無いと分かったところで、話は落ち着いたらしい。


 リゼットは俺が戻ってきた日に、一時帰国という形で帰って行ったと言う。予定では一週間位で戻ることになっていたらしいが、悠人に入った連絡で遅れているとのことだ。


 そうだろうな。俺がこっちの世界にいる限り、リゼットがこちらに来ることは絶対に避けないと行けない。リゼットが向こうの世界にいないと、俺とリゼットの間で魔力のやり取りが出来ず、魔力の無いこの世界では転移魔法を使うことが出来なくなってしまうからだ。


 コンコン。


 ノック音の後、扉が開き父さんと母さんが入ってくる。取り繕ってはいるが肩で息をしていた。心配を掛けたな。


「父さん、母さん、ただいま」

「彰人!」


 飛びつこうとした母さんを悠香が必死で止める。正直助かった。今抱きつかれたら気を失ったかもしれない。


「真琴、落ち着きなさい。彰人はまだ全身が痛むはずだ」

「そ、そうね。

 彰人、痛みはどう? 何か食べたい物はある? テレビを付けようか? そ――」

「母さん、痛みはまだあるけれど、大分良くなった。

 今は食べ物もテレビもいらないよ」

「……そ、そう、良かった。良かった」


 ベッドに顔を伏せて泣き出す母に、掛ける言葉が無かった。

 怒られる方がよっぽど楽だったな。


「三人に、何があったのか話すよ」


 悠人はここにいないが、悠人はリゼットから聞いているだろう。


 俺は一年前に庭先で拾った念波転送石の話から始め、リゼットと入れ替わるようにして異世界に行ったこと。

 ようやく戻る手段を見付けて帰ってきたこと。今、リゼットは異世界にいることを伝えた。

 ただ、異世界で俺が何をしてきたかはまだ伝えていないし、これからどうしたいのかも伝えていない。


 リゼットという存在がいても俺の言葉をすんなりと受けいれることは難しいだろう。

 特にそんな話が初耳の悠香は、流石に俺の気が狂ったんじゃ無いかと思って焦っている。


「それで彰人はこの後どうしたいと思っている?」

「アナタ! 彰人は家から学校に通うに決まっています!

 もうこんな思いはしたくない……」


 俺の記憶にある母は何時も明るくて若々しく、ちょっとドジなところがあるけれど、そんな所も許せる愛嬌のある人だった。

 でも、今目の前にいる母は憔悴して少し老けた気がする。雰囲気もまるで記憶の中の母とは違った。

 俺がそうさせたんだ。一年も心配を掛け続けた。記憶の中の母を見て、しょうが無いなと言う感じで怒られると思っていた。でも、今の母の姿を見て、大きな勘違いに気づいた。


「母さん、ごめん」


 この世界で生きていくという考えはもう無かった。

 それに、学校? 人と殺し合いをしてきた俺が学校へ通う?

 この世界でそれは無いだろう。俺はもう、この世界にいるほうが異物過ぎた。


「父さん、二人で話があるんだ」

「いいえ、私も一緒に聞きます」

「わたしも聞くよ!」


「二人とも下がっていなさい。

 必要なことは彰人に話をさせる。今はまず聞くことからだ」


 さらに詰める二人を制して、二人きりの時間を作ってもらう。

 余り多くを語る父ではなかったが、決して冷たいわけじゃなかった。表現が苦手なだけで、むしろ家庭的な良い父だと思う。


 二人だけの病室で、父は安っぽい折りたたみ椅子に座り、俺と相対する。


「彰人、話を聞く前に一つだけ言っておこう。

 これから話すことに誤魔化しや自己保身を考えるな。ただ事実と考えのみを話すんだ」

「分かりました」


 覚悟を決めよう、父さんが決めたように。

 それに応えることで誠意を見せよう。


 俺の話にポーカーフェイスを貫いていた父だったが、流石に俺が人を殺したという所で眉を(ひそ)める。

 だが口は挟んでこない。

 俺は何故そういう状況になったのか、その時どう思い、どう考えたか。そして、その後どう行動したかを伝えていく。

 そして最後に――


「俺は命を助け合った大切な仲間と共に向こうの世界で生きていく」


 決意を伝える。


「彰人はこの世界と異なる世界を行き来できるのか?」

「今の時点でリスクが無いとは言えないけど、出来る。

 大怪我をしたのは、この世界に来る魔法が原因じゃない。魔法が使えるようになる為の試練だった」


 試練という言葉にまとめてしまったが、魔法を覚え、魔封印を解呪するまでの流れは試練と言っても良いだろう。

 気がかりなのは魔封印の解呪に成功した――転移魔法が使えたのだから解呪したはずだ――時の状況が聞いていたほど安全ではなかったことだ。


 マリオンの時も目の前で見ていたが、淡い光りに包まれた他は、魔法感知(センス・マジック)がマリオンから溢れ出る魔力を知らせたくらいだ。それも動揺していたマリオンが、落ち着いて魔力を制御した所で止まっている。

 本人曰く、解呪したことで魔力制御が断然楽になり、消費効率も上がった感じだと言っていた。


 だから、良くはなっても悪くなることはないと思っていたんだが。

 戻る前に、原因についてはリゼットに相談しておきたい。リゼットなら俺が休んでいた間にも調べていただろう。


「リゼットとは無事に会えた。転移魔法そのものは危険じゃない。

 意外かもしれないけれど、会うのは初めてだったんだ」

「彼女とはこの一年よく話をした。

 若くして聡明な女性だった。助けられることもあったよ」


 リゼットからは聞いていなかったが、そうか、結構話していたのか。


「俺が人を巻き込んで死なせた時、折れそうな心を助けてくれたのはリゼットだった」

「彼女にもまた覚悟があるのだろう。

 平和に暮らしている私達は持っていない信念だ」


 リゼットはこの世界での楽しい思い出に溺れず、きっと自分の世界に戻るだろう。自分がやるべきことを見つけたからな。


「俺はどう綺麗に言い繕ったところで人殺しだ。

 今となっては、この世界のルールの中で生きて行けるとは思っていない」

「我が子が自分を人殺しだという。正直、親としては複雑な思いだ。

 異なる世界で起きたことをこの世界の法で裁くことは出来ない。そもそも、そんな話すら取り上げられないだろう。

 彰人はその世界で身を守る為に戦った、つまり正当防衛だ。それで納得は出来ないのか」


「問題は裁くとか裁かれるとかじゃないんだ。

 俺はもう仲間を助ける為に人を殺すことを躊躇(ためら)わない。そんな考えが当たり前になっている。

 この世界では、少なくても日本では異常だ。

 俺は生きる為に、仲間の為に人を殺した。それを償おうとは思っていない。代わりに俺はそうして助けた仲間と共に生きていく。そう決めたんだ」


 父は大きくため息をつく。


「結局の所、魔法などという不可思議な力で異なる世界に移動できる彰人を止める手立てはない。

 ならば説得出来ればと思っていたが……それも無理となれば、勝手にしろとしかいえん。

 だが、そこまで考えていて、なぜ戻ってきた?」

「初めは軽い気持ちで行ったし、戻ってこられる予定だったから深くは考えていなかったんだ。

 でも、向こうで生きている内にいろんな人に迷惑や心配を掛けて、家族のことを思い出すようになった。

 きちんと気持ちを伝えることがけじめになると思ったんだ」


「自分の中だけでけじめを付けて、再び私達の元から消えるか」

「それを言われると、身勝手だなとは思う。

 でも、また来ることが出来るからな。世界は異なるけれど、ある意味隣の家に行くより近いとも言える」


 なにせ魔法を使うだけだ。

 極端なことを言えば夜こっちに帰ってきて、朝出かけるようなことも可能だろう。

 でも――


「俺、これでも向こうでは家を借りて、仕事をしながら学校に通っているんだ。

 守りたい人もいるし、かけがえのない仲間もいる。

 仕事は店を出しているし、仕入れに狩りに出たりもする。もう俺の日常なんだ」

「……彰人、どこでも良い。生きろ。

 抱えた物が大きいのであれば周りを頼れ。いざとなれば大切な者と共に帰って来い」


 また頼れと言われたな。

 最近みんなにそう言われている気がする。そんなに俺は抱え込みすぎか?


「母さんにはすべてを話す必要はない。

 だが、生活の拠点を向こうの世界に置くということはきちんと伝えなさい」

「わかりました」


 父さんも納得したわけじゃないだろう。

 でも実際に俺をこの世界に留めることは出来ない。結局は俺の気持ち次第ということが分かっているからだ。


 両親にとってはまだ頼りない子供にすぎない。俺が旅立ったマリオンを心配するように、辛いんだ。

 そんな気持ちを与えていることを忘れない。


 ◇


 両親と入れ替わるようにして悠斗が来た。

 そして俺はかけがえのない物を失ったことを知る。


 世界線を越えて、俺とリゼットを繋ぐ念波転送石の輝きが失われていた。それは即ち、異世界転移魔法が使えなくなったと言うことを意味する。


 それを知った瞬間、俺は思考を止めた。


第一部 完了

第二部につきましては活動報告にてご案内させて頂きたいと思います。


修正履歴

2015.08.13

意図した表現に適していなかった為、修正させて頂きました。


訂正前

それを知った瞬間、俺は記憶を失った。


訂正後

それを知った瞬間、俺は思考を止めた。

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