閑話:ベルモンド
本編には関係ありません。
一週間ぶりにグリモアの町へ戻ってきた俺は収穫品を捌いた後、いつものようにリッツガルドへ向かった。今日はまだ日も高いが久しぶりの町だし、のんびりするのも良いかと酒場の扉を開いた。
酒場に入るとテーブルに突っ伏している子供の姿が目に入った。最近になってこのギルドに顔を出すようになった黒髪の子供だ。世間では黒髪の子供には魔人の血が流れていて、魔物を引き寄せるという迷信が広まっている。
この子供は何度か同じように駆け出しの冒険者に声を掛けていたようだが、結局だれとも組む事が無い。迷信の影響もあるのだろう。
冒険者は魔物を相手にしているくせに、以外と迷信には拘る。いや、魔物を相手にしているからこそ迷信でも拘っているのか。
偶に何処か良い所の青年と狩りに出ているのを見掛けるが、貴族の興味半分だろう。
初めて見掛けた時は襤褸みたいな服を着て武器すら持っていなかったのに、冒険者に登録すると言いやがった。初戦で何も出来ずに逃げ帰ってくるのが落ちだ。
だが、どうやったのかその子供は大足兎を五匹も捕まえてきた。血抜きも何も有りはしない。鮮度が落ちて買い叩かれていた。
次にその子供を目にした時は、布の動きやすそうな服に上半身の胴体部だけを守る程度の革製の服を着て、腰には片手剣を装備していた。
いかにも駆け出しの冒険者。実際にまだ二週間くらいなのだから駆け出しで間違いないのだが、最近では初心者とは思えない稼ぎをして、多少はまともな格好が出来たようだ。あの貴族の青年が気まぐれで買い与えたのかもしれない。
その子供は俺の気配に気がついて顔を上げる。
「どうした坊主、浮かないな」
この子供の名前はアキト。だが、名前を呼んだ事は一度も無い。
初めは一ヶ月もしないうちに死んじまうだろうと思って名前を覚える気も無かったが。その予想を良い方に裏切って、初心者らしくない稼ぎをしているようだ。
一五歳と言ったか。まだあどけなさが残っているので一三歳くらいに見えた。ただ、髪と同じ色の瞳が見た目以上に意志の強さを感じさせる。年の割に背は低めだろうか。全く肉の付いていない体はまともに魔物の攻撃を受けたら耐えきれないだろう。
「おかえりベルモンド、稼げたかい?」
「あぁ、しばらくは遊んで暮らせるぜ。そっちは上手くいってないみたいだな」
アキトはムッとした表情でそっぽを向いて答えた。
「なんか最近スランプというか、思ったように剣技が上達しなくてね。考えではもうちょっと上手く動けるんだけれど体が付いてこないというか」
なるほどと思った。
アキトは賢い、それは間違いない。本格的に狩りを初めて二週間の実績を見る限り素質もあるだろう。だからこそ陥る一つの問題に早速ぶつかっていた。
「それはどうしてか簡単に分かるぜ」
もともと人を指導するような能力が自分にあるとは思っていない。だが、自分に分かる程度の事をアキトに教える事はやぶさかではない。
「えっ!」
ふて腐れていたのに今は眼を大きく開いてこっちを見てくる。こういう反応はまだまだ子供だと感じる。
「ベルモンド、教えてお願い!お礼はするから」
「大したことじゃ無いさ、礼はいらねぇ」
アキトは次の言葉を待つようにソワソワとしている。
じゃれてくる子犬の様に可愛いと感じる。
「体がまだ出来上がってないのさ。坊主は体が細い、筋肉も大して付いてないだろ。賢いから頭で戦い方や動き方は分かるんだろうが、それに応えるだけの体がまだ出来上がってないだけだ」
「……なるほど」
握った左手を顎に当て何度か頷いている。
きっかけさえ掴めればどうしたら良いのかすぐに分かるだろう。
まだ成長期も終わっていないのだから慌てる必要は無いのだ。食べる事さえ出来るなら余力は全部体作りに回す時期に来ているだけで、独学でやっているからその辺のバランスが悪いのだ。
今の一言で自分なりにやり方を変えるだろう。
「一応基礎体力作りもきちんとしているんだけれど、もう少し増やした方が良いか」
「まぁ、食え。体作りの基本は食事だ、腹が減っちゃ動く事も出来ねぇ。ここは奢ってやる好きなのを食いな」
「ありがとう、遠慮無く頂くよ。やっぱりベルモンドは頼りになる」
頼りにされるなんか鬱陶しいばかりだと思っているが、これは悪くない。相手を利用しようという気持ちが全くないからだろう。
数日後、アキトはまた変な事をやり始めていた。
鍛錬もほぼ独学だから俺からすれば何をでたらめな事を思うのだが、狩りにおいては器用に纏まっているようだ。貴族の青年とも相性が良いのだろう。結果的にきちんと狩りをこなし稼いでいる。今の戦い方がアキトには合っているのかもしれない。
ならば、またスランプに陥ったら助けてやれば良い。
俺はアキトの成長を楽しんでいた。