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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第二章 王都編
139/225

エピローグ・前

 ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……。


 小さめの電子音が定期的に鳴り続けていた。

 長く眠っていた気がする。起きたばかりなのに気だるい。何時もならもっと気持ちの良い目覚めなのに、体に力が入らない。

 みんな鍛錬の為に待っているかもしれないな。


 自分の体の動かし方を忘れてしまったように、(まぶた)を開けるのも一苦労だ。

 まぶしい朝の日差しが――世界が赤く染まっていた。

 なんだ、何が起こっている……俺は確か……ルイーゼ?!


 起き上がろうとした所で体中に痛みが走る。


 うぐっ?!


 まるで全身が焼かれるような痛みに悶えることすら出来なかった。しばらくの間、痛みで硬直した体から力が抜けていくまで耐える。幸いにして、記憶の中にある痛みよりは随分とマシだった。


 何が起きた?

 俺は魔封印解呪の魔法具を使用したはずだ。その時、突然体が発火したような熱に覆われて、気が狂いそうなほどの痛みで――


「アキトお兄ちゃん?!

 お兄ちゃん、大丈夫?! 直ぐに先生を呼ぶね!」


 懐かしい声だった。何時も俺と弟の悠人(はると )の後を追い掛けていた声だ。

 そうか、俺は転移魔法を使ったのか。いつ使ったんだ……。


 転移は成功した、それは確かだ。

 だが、この体中を襲っている激痛は転移魔法の影響か。初めて転移魔法を使った時も死ぬかと思うほどの痛みだったけれど、今回はそれを上回るな。

 世界を渡る度にこんな思いをしないと行けないのか。リゼットは良く耐えられる。


 しかし、なんで視界が赤いんだ……体は痛みで動かせないし、これじゃ両親を説得するどころじゃない。


 ガチャッ。


 顔は動かせないが、人が入ってきたのが分かる。

 そう言えば、先生を呼ぶとか言っていたな。


「アキト君、聞こえるかい?」


 俺はそれに答えようとして痛みに顔を(しか)める。


「声に出そうとしなくていい。可能なら瞬きで答えて」


 俺は一度だけ長めの瞬きをする。

 白衣を着た医者と思える男性の横には、看護師に混ざって心配そうな顔をした悠香(ゆうか)がいた。


「自分の名前は分かるかい?」


 俺は肯定する。


「気を失う前のことを覚えているかい?」


 同じく肯定する。

 細かいことを言えば、全部を覚えている訳じゃ無いが。


「事故に巻き込まれた覚えはあるかい?」


 否定する。あれを事故と言って良いのか分からない。

 そもそも、魔法で異世界に行っていたとか言っても無駄だろう。


「君はいま酷い大怪我をしている。

 正直、病気なのか何かの事故に巻き込まれたのか原因すら分かっていない。

 原因を知っているかい?」


 返事に困った。

 原因は分かるが、この世界では非現実すぎる。


「言いたくないのかい?」


 否定する。

 言いたくない訳じゃ無い。たんに説明のしようが無いだけだ。


「自分で混乱していると思うかい?」


 肯定する。

 まだ状況がハッキリ掴めていなかった。まさか、異世界でのことが全て夢だったとか言う恐ろしいことは考えたくない。


「質問はここまでにしよう。

 幸いにして怪我の方は回復に向かっている。良く鍛えられた体だ、その生命力のおかげで九死に一生を得たと言っても良いだろう。

 今はゆっくり休みなさい」


 良く鍛えられた……俺は別にスポーツマンでは無かった、鍛えたとすれば魔物と戦う為にしていた鍛錬くらいだ。

 良かった……、あの世界での記憶は夢じゃ無い。


 頬を涙が伝っていく。それでさえ痛みを感じたが、今はその痛みすら嬉しかった。

 ほんとに俺は泣き虫になったな。


「先生!」

「大丈夫、アキト君は回復に向かっているよ。

 意識も戻ったし混乱も見られるが、これから経過を追っていこう」


 ルイーゼやリゼットに無事を知らせたかったが、そのためには念波転送石が必要だ。念波転送石はおそらく悠斗(はると )が持っている。リゼットと悠斗は念波転送石を通じて会話が可能だ。それはリゼットと悠斗の波長が合うからだ。

 無事なことは伝えてくれたと思うが、出来れば直接知らせたい。ルイーゼとは波長が合わないから直接は話せないが、それでも違うだろう。


 しかし、無いものは仕方がない。

 安心したら疲れていたことを思い出す。少しだけ、休ませて貰おう。


 ◇


 次に目を覚ました時、やはり世界は赤かった。

 目に異常があるのか。治らなかったら不自由だな。

 日の光が差し込んでいるのを見るに、日中だとは分かるが、時間は不明だ。


 相変わらず気付くと耳障りな電子音が鳴り響く部屋は、今更だが病室だと分かった。


 俺は体を起こそうとして躊躇(ためら)う。

 あの激痛がまた襲ってきたらと思うと、何か動き出す勇気が持てなかった。


 しばらくして覚悟を決める。

 とは言え、いきなり体を起こすのも怖かったので、指先から腕、そして肩へと少しずつ動かしていく。

 視界に入る腕は意外と普通でホッとした。所々内出血があるようで視界の赤と相まって黒く変色していたが、感覚はしっかりある。


 俺の身に何が起こったのか。最後に覚えているのは、まるで血管や皮膚が破裂し周りが赤く染まっていく様子だった。あの時、祈りの言葉が聞こえた。今大事に至ってないのはルイーゼと女神アルテア様のおかげだな。

 女神の奇跡による脅威の再生能力を持ってしても全快には至らなかったらしい。それでも命が助かり、五体満足だ。十分だろう。


 一〇分ほど掛けて体を起こす。

 それだけのことに酷く疲労を感じるが、前回目を覚ました時に比べても大分調子が良くなっていた。痛みも既に悶絶するほどでは無く、我慢が効く状態といえる。思ったよりも長く寝ていたのか?


 部屋には時計の他にカレンダーがあった。その他、液晶テレビに冷蔵庫と懐かしい家電が揃っている。

 時刻は一四時か。日付は……分からないな。三月とは分かるが、何日かが不明だ。一週間くらい経っているのだろうか。


 悠香の姿は無かった。

 まぁ、いつ起きるとも分からないのだ、ずっと付き添わせていたら可哀想だ。


 取り敢えず欠けている情報を集めたい。

 枕元にあるコールボタンを押す。直ぐに確認の声が有り、それに応えようとしたが喉が枯れ、声が出せなかった。

 それでも一分と間を置かず、看護師の女性がやって来た。


 その人は俺を見止めると直ぐに先生を呼ぶ。

 待つ間に俺が声を出せないことを察して、水差しから吸い呑みに水を移し、俺の口元に差し出してくれた。

 久しぶりに飲む気がする水は薬品臭かったが、それでも喉を潤すには十分だ――


 ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!


 咽せた。

 押さえた手が赤く染まり、吐血したことに気付いたが、感じからして怪我は癒えている。枯れた喉にこびりついていただけだろう。看護師の女性が慌ててタオルで血を拭き取り、急いで先生を呼んでくると言って出ていく。


 ガチャン!


 瀬戸物が割れ、水の弾ける音が続く。


「お兄ちゃん?!」


 入れ替わりで妹の悠香(ゆうか)が入って来た。

 悠香はそそっかしいからな、良く物を壊す。とは言っても、今のは俺が悪かったな。


「だ、いじょうぶ、だ。ゆう、か。

 しんぱ、い。かけ、たな」

「ほんとだよ、もぉ……」


 涙を堪える悠香にもう一度謝罪をした所で、おそらく担当だろう医師が現れた。前回と同じ医師だな。

 四十代前半か、清潔そうな身なりで髪まできちんと手入れされ、やり手と言うよりは温和な印象を受ける。。


「アキト君、体を起こせるようになったようだね。

 順調に回復しているようで何よりだ」

「ありがと、う、ござい、ます」


 担当してくれた医師は少し体を見せて貰うと言って、俺の状態を確認していく。


「今は視界が赤く見えると思うが、徐々に治るから安心して良い。

 髪も脱色しているが、病気という訳では無いからいずれ治るだろう」


 脱色って……白髪か? まぁ、あるなら何色でも良いさ、無いのは悲しいけど。


「外傷はほぼ完治しているし、動けるくらいだ大分良くなったようだね」


 前回、目を覚ました時は痛くて体を動かすことも出来なかったからな。

 今は痛みがあれど、動きは取れる。立つのはまだ難しいかもしれないが、回復に向かっているならそう遠くないうちに歩けるようになるだろう。


「医学的にみればあれほどの肉体的ダメージを負いながら、脳や神経系統に異常が見られないのは奇跡としか言いようが無い」


 植物人間という最悪な状況は回避出来たようで何よりだ。

 理由はあるのだろうか。体が壊れていくような激痛の中で、暴れる魔力を制御しようと必死だったが、それが理由に当たるのか分からない。

 脳や神経が魔力の制御に関わってくるなら、その部分が最も魔力に対して耐性があるとかなのだろうか。本能でそこだけは守ったとか。

 どちらかというと、女神アルテア様の加護かもしれないな。


「思ったよりも回復が早く順調だ。この分なら今週中にでも立って歩ける様になるだろう」


 それは助かる、いい加減に体を動かさないと節々が痛くて堪らない。


「わたし、お父さんに電話してくる!」


 院内を走るなよとは、声に出なかったが注意しておく。


「妹さんは、ほぼ毎日付き添っていたからね、安心したのだろう」

「お、俺は、どれくらい、眠っていました、か」

「アキト君が運び込まれてきたのは三月一日だ。今日は三月二七日だから四週間近く寝ていたことになる。

 覚えてはいないかもしれないけれど、途中何度かは目を覚ましていたよ」


 覚えているのは一回だけだな。

 それにしても四週間……一週間くらいのつもりでいたからな、ルイーゼやリゼットが心配しているに違いない。早く連絡を取らないと。

 リゼットの高校入学もある。入学式には参加して貰いたいところだ。最初から休んでいたらボッチ病が発生してしまうかもしれない。


「お兄ちゃん、お父さんとお母さんが直ぐに来るって!

 でも悠人お兄ちゃんは少し遅れるかも」

「問題ないさ」


「それじゃアキト君、それまでゆっくりと休んでおくと言い。

 しばらくは検診に付き合って貰うことになるが、そう遠くないうちに退院出来るだろう」

「ありがとう、ございます」


 先生が退室した後、悠香がベッド横の椅子に座り、俺の顔を覗き込んでニコニコしている。

 前にも思ったが、やることがモモと似ているな。モモは八歳くらいだが、悠香は今一四歳と年齢では随分違うが。


「一六歳の誕生日おめでとう!」

「誕生日か……ありがとう」


「お兄ちゃん、随分雰囲気が変わったよね」

「そうか? 自分では気が付かないけどな」

「うーん、前はもっとナヨナヨしていたのに、今は凄くしっかりした感じ。

 それに何か話し方が偉そうになった」

「それは気を付けないといけないな」

「悪くは無いと思うよ、ちょっと頼りがいがある感じだし」


 悪くないなら良いか。


「それにしても、傷がいっぱいだねぇ~」


 傷と言っても魔物狩りや鍛錬で出来た傷以外には特に目立った傷も無いと思うが。

 それがおかしいのか。この世界では目立つような傷があることが珍しい。


 差し出された手鏡を受け取り自分の様子を窺う。

 鏡とか長いこと見ていなかったから、こうもしっかりと自分の容姿を見るのは久しぶりだな。


「ちょっとは傷が残っているか。

 というか、髪の毛が真っ赤だな」

「真っ赤じゃないよ、白髪かな…銀髪にも見えるけれど。眼が赤いから赤く見えるんだと思う。

 見慣れたから違和感ないけれど、初めて見た時はびっくりしたよ」


「目は赤いのか?」

「うーん、黒目のところが赤っぽいけれど、良く見ればって位?」


 白目が赤かったら怖いけれど、ぱっと見は分からないくらいか。

 これも治ると言うし、俺の最後の記憶に違いが無ければ、死を感じるような怪我もない。やっぱり女神アルテア様の奇跡のおかげだろうな、感謝します。


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