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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第二章 王都編
138/225

ターニングポイント・2

 寝付けなかった。

 旅行を前にした楽しみとは違う、不安でだな。


 窓辺の椅子に座り、木製の窓を開ける。

 冷えた空気が入ってくるけれど、今日はまだ暖かい方か。一五度を下回ったくらいだろう。


 夜空を見上げれば、元の世界ならオリオン座が見えるはずだ。でも、この世界では大きな青みを帯びた月が見えるだけだ。

 ただ、数多の星が見えるように、この世界にも宇宙は存在するようだ。

 異世界だと思っていたけれど、遠い星と言う可能性もあるのか。だとしても、それはもう異世界だな。


 ルイーゼが向いの席に座る。

 月明かりが照らし出すルイーゼは綺麗だった。どんどん綺麗になっていくルイーゼが、眩しくて堪らない。綺麗になればなるほど遠くに感じる。何故か分からない。


 ルイーゼはシンプルなワンピースの寝間着がよく似合っていた。寝間着に刺繍のように入った模様が淡い青色に煌めく。

 マリオン、レティ、モモの分を含めて五着作った寝間着で。みんなで思い思いの模様を描いて楽しんだ。


 もう一度あの頃に戻りたい。

 こんな悲しい思いをするくらいならいっそ出会わない方が良かった。


 いや、何を考えているんだ俺は。素晴らしい良いことがいっぱいあったじゃ無いか。

 それが無い方が良いとかあり得ないだろ。


 なんだこれ、ホームシックか。

 元の世界にいた頃の俺は、自分がこんなに泣き虫だったとか思わなかったぞ。


 ◇


 結局、あの後はいつの間にか眠ってしまったらしい。起きた時には毛布が掛けられていた。

 椅子の横ではルイーゼが床に座り、俺の太ももに頭を預けるようにして眠っていた。

 いつかもこうして眠っているルイーゼを見止めていたな


 前は起こしてしまって、この幸せな時間を終わらせてしまったので、今日は十分に楽しむことにする。

 目を覚ましたルイーゼには少しばかり怒られたが、ルイーゼの怒る仕草とか可愛すぎて全く効果が無かった。


「ルイーゼ、大切な話がある」

「はい」


「俺は異世界転移魔法でこの世界に来た人間なんだ。

 この世界で生まれた人間じゃ無い」


 正直、ルイーゼになんて思われるか不安で堪らなかった。

 告白した側から既に後悔している。

 最後の審判を待つ瞬間とはこんな感じだろうか。


「アキト様は、アキト様です。

 かならず戻ってこられると……」


 揺るぎないな。

 ルイーゼにとっては俺が異世界から来たとかは問題ではなく、再び会えるかどうかの方が深刻なことらしい。ありがたい気持ちだ。


「俺はこの世界で生きていく、そう決めた。

 ルイーゼを始めとして、大切な仲間がいるからな。

 でも、元の世界には家族や友達がいるんだ。最低でも家族にはきちんと話をしたいと思う。

 その為に俺は今日、元の世界に戻る」


 床に座っていたルイーゼが身を寄せ、その小さな両の手で俺の手を包み込む。

 俺は空いた手で涙が溢れそうなルイーゼの頬に手を添える。

 震えているのが伝わってくる。


「必ず戻ってくる。

 やり残したこともあるし、何よりルイーゼと約束したからな」

「お待ちしています、いつまでも」


 そう言って、両の手で包んだ俺の手に伏せる。その姿はまるで祈りのようで、俺は必ず帰ってくると今一度約束をした。


 ◇


 ロドリゲス執事長に案内され、リゼットの部屋に入る。

 もちろん本人には許可を取ってある。ロドリゲス執事長にもそれは伝えているので、特に問題は無かった。


 流石に使われていない部屋でも綺麗にされていた。

 俺はルイーゼに頼みリゼットの服を用意して貰う。用意されたのは平民用の服だ。

 転移魔法でこの世界に来る時、身につけた衣類は一緒に転移できないため、一糸まとわぬ姿で現れるからだ。

 つまりここにいれば……、不敬罪で捕まりそうだな。


 もしかしたら気を失っている可能性もあるので、この場はルイーゼに任せ、俺とロドリゲス執事長は部屋を出たところで待機する。


「リゼット、準備は良いか?」

『はい、アキトが戻られた時の準備も整っています』


「それじゃ魔力を送る」

『お願いします』


 念波転送石を通じてリゼットの意識に魔力を送り込む。世界線を越えてリゼットに魔力が送り込まれるのは一瞬だ。きっと距離とかそういう概念じゃ無いのだろう。


 俺は意識の共有を得て、転移魔法陣を再確認する。

 魔法陣は言葉にすれば幾何学的な模様と言える。何度も細部を確認してきたがそれでも不安が無いと言えば嘘になる。レティの使う火矢(ファイア・アロー)に比べれば遙かに複雑で積層構造を持っていた。


 本来の魔法は呪文を用いることで魔法陣を意識下に構築する。上級魔術師になれば呪文を使わず、意識下に魔法陣を構築し魔法を使うことも出来る。


 俺は初め、魔弾(マジック・アロー)身体強化(ストレングス・ボディ)を無詠唱魔法だと思っていたが、それは誤りだった。

 魔法陣は魔力を具現化する為に変換する仕組みだ。魔力をそのまま使っている魔弾(マジック・アロー)は魔法陣が必要ない。つまり、無詠唱とは違う。


 ただ、初めて会った魔術師のクロイドや俺達を襲った盗賊が言うように他人から見れば無詠唱魔法に見える。効果だけを見ればそうなのだろう。

 王都学園ではマイナーだが無属性魔法と言う括りになっている。


 本来なら俺も呪文を用いれば良いのだが、リゼットの転移魔法はオリジナルであり、呪文が存在しない。呪文を作るところから始めていたら先が見えないので、俺も無詠唱で挑む必要が出来た訳だ。


 ?!


 不意にリゼットとの意識が途絶する。魔力感知にリゼットの部屋の中で新たな力を感じた。

 やはり巨大な魔法陣が現れて吸い込まれるとか、時空の扉が開くとか言った演出は無いようだ。ちょっと寂しい。


「ルイーゼ?」

「アキト様、問題はありません。しばらくお待ちください」


 リゼットが来た!

 俺がリゼット知り合ってから一年近く経つ。それでも俺はリゼットの容姿を知らない。なんとなく勝手に想像はしていたがそれが一致する訳が無い。妄想が(はかど)るな


 そして、扉が開く。

 そこに現れたのはレティとは趣の異なった黒い髪の少女。ショートヘアで意志の強そうな目は黒い瞳を携えている。歳は同じ一五歳だったと思うが大人びて見えた。レティもそうだったが、黒い髪がそう見せるのか、貴族という立場がそう見せるのか、年齢よりは年上に見えた。


「初めまして、アキト」

「あぁ、はじめましてリゼット」

「それから、そちらがモモさんですね。初めましてリーゼロットです」


 モモが興味津々で様子を窺う。


「言葉は話せないけど、リゼットに凄く興味を持ってそうだ」

「それは良かったです。アキトがいないうちに仲良くなっておきますね」


「ロドリゲス、色々と心配をお掛けしました」

「もったいないお言葉です、お嬢様」

「お二人とも、取り敢えず中へどうぞ」


 部屋には三人掛けのソファーがテーブルを挟んで用意されている。リゼットが座り、反対側に俺とルイーゼそれからモモが座る。ロドリゲス執事長はリゼットの背後に控えていた。


「アキトさん、ハルトさんとは随分とイメージが違いましたので、驚きました」

「こっちに来る前はよく似た双子だと言われていたんだけどな」


 ルイーゼは俺が双子だと知って驚いているようだ。

 そう言えば家族のことを仲間に話したことは無かったな。


「それだけ苦労されたのですね。なんとお詫びを申し上げれば良いのか」

「別に苦労だけじゃ無いさ。良いことも沢山あったし、大切な仲間も出来た。

 ここで仲間と一緒に生きていくと決めるくらいには良いことがあったさ」

「そう言って頂けると助かります」


 リゼットがルイーゼを見る。


「アキト、素敵な方ですね」

「この世界に来て初めて出会ったのはルイーゼだった。

 それからずっと助けられている。今生きているのはルイーゼのおかげだ」

「私が生きているのもアキト様のおかげです」


「リゼット、ルイーゼはこう見えてもランクCの冒険者だ。護衛としても十分だろう。

 モモにも俺がいない間はルイーゼのことを頼んである。戦うことは出来ないけれど、それ以外では色々助けてくれる」

「お二人とも頼りにしていますね」

「はい」


 久しぶりにモモが小枝を取り出してポーズを取ったな。

 リゼットは元々召喚魔術師だ。精霊召喚も学んでいる。相性は良いかもしれない。


「それじゃ、行くか。その前に魔封印の解呪だな」


 俺は魔封印解呪の魔法具を取り出す。

 使い方はマリオンの時に一度使ったので覚えている。それほど難しいことでは無い。

 なぜなら魔法具と言いながらもポーションのような物だからだ。飲めば良い。痛みとかは特になく、ちょっとした高揚感があるだけと聞いている。


 俺はそれを一気に飲み干す。


 特に変化は――不意に心臓を中心として燃えたぎるような熱が体中を駆け巡る。同時に激流のような魔力が湧き上がり押さえも効かずに体から放出されていく。


 マリオンはちょっと高揚感があるだけとか軽く言っていたが――


「ぐっぐぐがあああぁ!」

「アキト様?!」

「アキト!」

「これはいったい?!」


 血管が引き裂かれていく、そんな感覚が心臓から始まり四肢に伸び、今は指先にまで至る。

 苦痛の中、溢れ暴れる魔力を何とか押さえ込み、周りに被害が及ばないことだけを願った。


「アキト様の体が?!」

「アキト、貴方いったい……」


 視界に入ってくる俺の体は虹色とも金色とも取れる色に輝き、魔力感知(センス・マジック)が溢れ出る魔力で一色に染まり、まるで役に立っていなかった。


 血管が切れたのか皮膚が弾けたのか、体の至る所から血が噴きだし、視界が赤く染まる。


 ルイーゼが暴れて自身を傷付ける俺に抱きつき、祈りを捧げていた。

 だがそのルイーゼを殴りつけるように振り払う。痛みで反射的に触れた物を振り払っていた。


「……・彼の者に再生の喜びを!」


 女神アルテアの奇跡が俺の体の傷を癒やしていく。だが、治る側から別の部位が弾け、気も狂わんばかりの痛みが継続して襲ってくる。


≪アキト! その力に負けないで!≫

≪人間族にしては、良く鍛え上げたわね≫

≪封印が抑えていた≫


「女神アルテア様、今一度そのお力を以てかの者に癒やしを!」


 その後のことは正直殆ど覚えていなかった。

 意識が薄れていく中で、何か大きな力に守られるように体の痛みが引いていく。


 これは魔力の暴走か?


 今の状況が魔力の暴走による物だというなら、魔力の無い元の世界に戻れば止まるはずだ。

 はじめから元の世界には戻るつもりだった。その為に魔封印の解呪をしたのだから。


 現状は良くない。女神アルテア様の奇跡で辛うじてつなぎ止めている命だ。

 いったん戻ってゆっくりと対策を考えるべきだろう。


 異世界転移魔法。リゼットが考案し、俺と二人で修正を加え完成させた魔法。

 世界線を越えて転移を可能にする魔法。


 俺は懐かしい転移魔法の作り出す世界で意識が遠くなっていく。

 最後に見たのは、ルイーゼの泣き顔だ。いつも泣かせてばかりだったな、ごめんな……。


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