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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第二章 王都編
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閑話:マリアベル・ロマンチェスタ

 ウィンドベル公爵家令嬢。王都学園生徒会長。世間ではそれが私の身分になります。

 そして粛正のマリアベルという名誉なのか不名誉なのか、判断に困る二つ名があると聞いたのはいつだったでしょうか。


 私は王都学園に通い始めて三年経ちますが、飛び抜けて魔法実技の成績が良い訳でも無く、飛び抜けて魔法理論や一般教養の成績が良い訳でもありません。


 とは言え、身分相応の教育を受けている為、上の下くらいには収まっているでしょう。でも、それくらいの実力で魔法実技トップテンに入る事は出来ないはずですが、私の名前は一覧の五番目に記載されています。


 この国ではどんなに実力があろうと伯爵以上の上級貴族にはなれません。生まれ持った血筋が違うと言われています。

 そんな非現実的な考えが根付く貴族世界では、成績の上位にもまた家格の高い者が並ぶのが当たり前となっています。ただそれではあまりにも意味を成さない為、一人か二人ほど平民の上位者を入れることで体裁を保ちます。


 今年は魔法科魔法実技で一人、普通科戦闘実技で二人が名前を載せていました。

 普通科の二人は編入生ですね。噂ではルミナスの迷宮でロードゼル家の嫡男であるライナス様をお助けした二人だとか。

 本来であればこの三人のように、本当の実力のある者を評価することが国の繁栄に繋がるはずなのですが……。


 ◇


 阿鼻叫喚の木霊する中、私は何人かの人影が牙大虎に向かっていくのを見掛けました。

 二人は直ぐに分かりました。黒い髪を持つ生徒は学園でも二人しかいません。であれば、牙大虎と対峙している鎧を着た二人もおそらく生徒なのでしょう。


 その四人が牙大虎を押さえてくれる事で、私の精神は辛うじて状況に対応するだけの判断を下せました。もし四人を見ていなければ私もむやみに逃げ惑い、いらぬ被害を増やしていたに違いありません。


 私は魔法障壁(マジック・シールド)を張り、傷を負い倒れ込む生徒の元に駆けつけました。(うずくま)るその生徒の体に触れると、ヌルリとした感触と共に私の手が赤く染まり出します。

 声にならない悲鳴を上げる瞬間、視界の端で赤い炎が燃え上がりました。牙大虎が燃え上がり、苦しみに藻掻いている姿が目に入ります。


 あの恐怖を体現したような魔物が倒せる?

 そう思うと、勇気が湧いてきました。


 私は倒れた生徒を抱え、必死に魔法障壁(マジック・シールド)を維持しました。得意とするたった一つの魔法、その魔法を信じる事で恐怖を押さえ込みます。

 そして、彼らが牙大虎を倒してくれるのを信じて耐えました。


 私と同じように怯える生徒に声をかけ、魔法障壁(マジック・シールド)の中に呼び寄せ、自分に言い聞かせるように勇気付けます。


 既に魔力も尽き、それに連れて恐怖が心を支配し始めた時、周りの喧噪が殆ど無くなっている事に気が付きました。


 牙大虎は倒れ、残された魔物も追い込まれて直ぐにでもここは安全になるでしょう。

 生き残れた事で気が抜けたのか、止まらぬ涙が頬を伝い、抱えた生徒の服を濡らしていきます。

 その生徒はもうずっと動いていません。息も無く、心臓の鼓動もありません。魂の失われた体は、どんなに高度な回復魔法を使ったとしても二度と動き出す事は無いでしょう。


 私はその生徒の目を閉じ、地面に寝かせます。

 戦える人はその役目を果たしてくれました。これからは私が役目を果たしましょう。


 ◇


 あれから一ヶ月。

 何度も心が折れそうになったのを支えてくれたのは、牙大虎に立ち向かっていった四人の姿です。そして腕の中で息を引き取った一人の生徒の存在。


 生きているから出来る事がある。

 そう思う事で多くの非難にも耐える事が出来ましたし、心からの謝罪も出来ました。


 ですが、そうは思っていても、気が付かないうちに心が折れかけていたのですね。自分でも気付かない心に気付き、救ってくれたのもまた四人の内の一人、アキトさんでした。


 声を上げて人前で泣くなどと、はしたない。

 そうは思っても、何故か思い出しては笑みが零れました。


 アキトさんが去った後、その場に残った小箱のラッピングを解き、その蓋を開けます。

 その箱には、焦げ茶色で艶のあるお菓子? が入っていました。

 アキトさんは疲れた時にと言っていました。私にとっては今かもしれません。


 私は初めて目にするその食べ物を手に取ります。

 香ばしいような甘いような、不思議な香りのする食べ物でした。


 意を決してその食べ物を口の中に入れます。


 瞬間、その食べ物は口の中で(とろ)ける様に広がり、香ばしい甘みが溢れ出してきます。

 優しい味でした。不思議と、本当に疲れが取れるような甘みの。

 アキトさんのような味ですね。


 あれほど重くのし掛かっていた気持ちは何だったのでしょう。今は何をそれほどまでに抱え込んでいたのかよく分かりません。


 アキトさんの言葉を思い出します。

「俺が肩代わりしましょう」

 言葉通りでしたね。


 コンコン。


「どうぞ」

「失礼します」


 入って来たのは書記をしていたサリアです。


「どうしましたか? 忘れ物でも?」

「い、いえ。申し訳ありませんでした」


 サリアが深々と頭を下げる。

 私はその行為に思い当たる節がありませんでした。


「如何されました? 謝罪を受けるような行為は無かったかと思いますが」

「わたしは会長が一番大変な時に自分のことばかり考えて逃げていました。

 でも一人で走り回る会長を見掛けて、自分の愚かさに気付きました。

 お願いします、もう一度書記をやらせてください」


 私はただ立場的に逃げ遅れただけで、自分が大切なことはサリアと変わりありません。

 ですから初めからサリアを責める気も、もちろんありません。


「それではもう一度やりましょう、一緒に。

 その前に、これを一つ食べてくださいな」


 サリアがそれを口にして、可愛らしい笑顔を見せてくれたところで、さらに何かが楽になった気がします。


 何故アキトさんがこのお菓子を置いていったのか、今なら少し分かる気がします。

 今度お会いする時は最高の笑顔で挨拶をしましょう。


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