学園祭・中
いよいよ学園祭への参加だ。
予定通りリデルが馬車を出して迎えに来てくれた。
馬車から降りてくるリデルを見て、通りすがりの年頃の女性だけで無く、お年を召したご婦人や、第二次性徴期も来ていない女の子まで目を止めている。
金髪碧眼で絵に描いたような貴公子は常に視線を集めるな。気取ったポーズも何も無いのに、いちいち仕草に品があるのはやっぱり青い血が故なのだろうか。俺が同じ事をしても絶対に無理が出るだろう。
「ルイーゼ、とても綺麗だよ。アキトには褒めてもらったかい?」
「リデル様、お久しぶりです。アキト様にはお褒め頂きました」
「それは良かったね。
レティも素敵だよ。僕は黒い髪がよく似合っていると思う。堂々としていればいい」
「はい、ありがとうございます。アキトさんもよく似合うと」
「アキト、マリオンのことは聞いている。
僕も挨拶が出来なかったのは残念だよ」
「あぁ、俺も残念だ。でも、最後じゃないさ、戻ってくると言っていたからな。
悪いけれど、俺が今の場所にいない時は、リデルの所に顔を出すように言っておいた」
「構わないよ。おかげさまで一家を抱える身になったからね。門番には話を通しておく」
リデルは王都にそれほど大きくは無いが、屋敷を構えた。
使用人も雇い、家臣選びで中々大変そうでもある。
資金は本家からの借り入れなので、借金で当分は首が回らないと言っている。
「それから噂で聞いた話だけれど、王国栄誉騎士勲章を授与されたとか?」
「あぁ、勲章程度ですんで良かったよ」
あの時、選択を間違っていたら今頃はしがらみの多い貴族様になっていたかもしれない。
そしたら『カフェテリア』や魔物狩りとは言っていられなかっただろうな。
授爵お断りとかも出来たのだろうか。
「勲章程度とはアキトらしいけれど、他の人の前ではそんな言い方をしては駄目だよ」
「そうだな、不敬だった気を付ける。勲章じゃ無ければ爵位という感じだったからな。ホッとしてちょっと気が緩んでいたか。
危うく俺まで似合いもしない貴族様になるところだったよ」
とは言え、入門待ちとかで貴族用の受付を使わせて貰えるのはなにげに便利だ。
他にも便利な事があるかもしれないから色々調べておこう。
「アキト、安心したところで悪いけれど、王国栄誉騎士勲章を授与されたと言う事は貴族になったと言う事だよ」
はぁ?!
「爵位は名誉士爵同等で、立場は自由騎士だからね。
自由騎士というのは王国に仕えていない騎士と言う事で、きちんと給金も出るんだよ。
有事でも無ければ呼ばれることが無いから、ひとまずは自由に行動出来るけれどね」
名誉付きは確か一代限りで、しかも権利だけだったはず。給金は無かった。
「しかも、王国栄誉騎士勲章は形だけの爵位では無く実績を伴った者にのみ送られる勲章で、実際の影響力は一等位上の爵位と見られるからね」
この世界が独特なのか、元の世界でも同じなのか分からないが、同じ爵位でも領地持ちかどうか、実績があるかどうかで変わってくるからややこしい。
リデルが言うには一等位上と言う事だから、名誉男爵と言う事になるのだろうか。
「アキトの場合は名誉が取れて士爵と言う事だね。だから給金も入る。ただし勲章なので相続は出来ない。
貴族と言っても権利上は士爵と同等というだけで、立場は自由騎士だから国に仕える必要は無い。
ある意味平民が望む上で最高の勲章だよ」
お姫様の笑い顔が目に浮かぶ……。あの時、俺は政治の世界で勝ったと思っていた。
それが蓋を開けてみれば……なんてことだ。
相続権が無いと言うことはそれにまつわる諸々、つまり家を興すと言った爵位継承にまつわる問題は無い。今はそれだけでも助かったとしよう。
でも有事の際は呼ばれるのか……何処で間違った?
「アキト、ショックを受けるのは後にして、お姫様をエスコートしよう」
何故かリデルもおかしくて堪らないようだ。
◇
日暮れの王都学園には続々と着飾った生徒が集まっていた。
さすがに全員が一同に集まることは難しく、全生徒が参加出来るわけではない。ここでも成績上位者が優先されるようだ。
学園祭は女性の為の催し物となっており、各科の女性の中から成績上位者一〇名とそのエスコート役、合わせて八〇名が参加出来る。
皆それぞれに赤や青、中には金の装飾まで施された、何処のお姫様かと見紛うばかりの衣装に身を包み、これまた何処の王子様かと見紛うばかりの衣装を着た男性にエスコートされていた。
俺が着ているのはグレーの騎士服っぽいやつだ、余り似合っていない。
リデルは白と青で作られた本物の騎士服だな。俺とは違いよく似合っていて格好が良かった。
「なんか俺は場違いな場所に来てしまった気がする」
「そうでもないね。アキトもこうした場に大分慣れてきた感じだよ」
なんだかんだでお偉い人や夜会、晩餐会といったものに呼ばれていたので、雰囲気に飲まれることはなかったが、居心地の悪さは変わらないな。
「あの方はどちらの?」
「先日お家をお立ち上げになったヴァルディス家のご当主様です」
「あのお若さで?!」
「素敵な方ですわね、お父様、あの方とダンスは出来るでしょうか」
「アルディス家も子爵に陞爵するようだ」
若くして名誉男爵となったリデルは、独身でルックスもよく王国騎士ということもあり、今や下級貴族の中で最もご令嬢方の興味を引いていると言ってよかった。
当然、今夜リデルがエスコートする相手には注目が集まるわけで、周囲の御令嬢方の興味を集めている。
そんな中でリデルに手を引かれて馬車から出てきたのは、純白のドレスに身を包んだルイーゼだ。
生地の良さを売りにしている為、作り自体はワンピースタイプのシンプルな物だ。さすがにドレスだけではと思い、魔石を宝石のように加工した物をベースとしたネックレスも付けている。
一度室内では見ているが、こうして開放された空間に出ると全く違う印象を受けた。
「ルイーゼ、とても綺麗だ」
「ありがとうございます、アキト様」
リデルのエスコート相手を見極めようと周りに控えていた女性陣の反応はそれほど大きいものではなかった。
恥ずかしがり屋のルイーゼには幸いかもしれない。
俺は続けてレティの手を取り、馬車から降りるのを助ける。
同じく純白のドレスを着込んだレティもまた美しかった。白いドレスに黒い髪の創りだすコントラストが素晴らしく、胸元で緑に輝く魔石をあしらったネックレスがいい感じでワンポイントになっている。
今日は髪をアップにしているので、その首筋から目が離れなくなりそうだ。
「レティも綺麗だよ」
「はい、ありがとうございます」
今日はルイーゼとレティにとって初の舞台だからな。俺も出来るだけのバックアップをしよう。
「まぁ、なんて素敵なんでしょう」
「あの女性の方は初めてお目にすると思いますが、どちら様でしょうか」
「リデル様がエスコートしている方は、普通科の方ですよね」
「お父様、あの生地はなんですの?」
「おい、何処のお嬢様だか調べろ」
「なんて素敵なドレスでしょう、あんなに滑らかな生地は見たことありませんわ」
「何処で扱っている製品か早速調べろ」
どうやら声を失っていただけらしい。
この世界では珍しいタイプのドレスのせいか、ルイーゼとレティのドレスを見た参加者が口々に何処の品物かを確認している。
残念ながらどんなに探しても、今はまだ市販化されていないので手に入れることは難しい。今日はそのプレゼンも兼ねているからな、掴みは良さそうだ。
◇
学園祭の会場は王都学園の一階にあるテラスだ。
テラスから見上げる形で二階に楽器団が準備を進めている。食事会が進めばそこにはルミナスの歌姫が登場するのだろう。
「こんばんは、ルイーゼさん。素敵なドレスですね、見違えてしまいます」
「こんばんはアレーネ様。アレーネ様のドレスもとてもお似合いです」
ルイーゼの同級生らしい。笑顔の可愛い子だった。
「えと、ご紹介します。
ヴァルディス男爵家のリデル様です」
「はじめまして、リデル・ヴァルディスと申します。
淡い桃色のドレスがよくお似合いですね」
「あ、ありがとうございます」
耳まで真っ赤だな。エスコートしている男性の紹介も抜けたまま、よろよろと去って行ってしまった。
リデルがモテるのは相変わらずだが、最近それに磨きが掛かっている気がするぞ。
ルイーゼがあいさつをする女性がみんな顔を赤くしていく。
それはおいておいて、ルイーゼにも多くの友だちがいて、密かに俺はショックだ。だが俺にはボッチ仲間のレティがいるじゃないか。
「こんばんはレティシアさん。
見間違いじゃないかと何度も見直してしまったよ。今夜はとても素敵だ」
「ありがとうございます、タイラスさん」
ブルータス、お前もか!
いや、今日の主役は女性だ、タイラスはそれに花を持たせてくれているんだ。
ん、あれ、タイラスが来ているということは……。
「アキトさん、不思議な御縁ですね」
エマさんだ。
「アキトはエマと知り合いだったか?」
「あぁ、図書館とか店の件で色々世話になっているよ。タイラスが知り合いだとは思わなかったけれどな」
「エマは近所の、年上の幼なじみと言ったところかな。
今夜はエスコート役がいないというんで僕が選ばれたんだ」
「ちょっとタイラス、わたしにもプライドがあるのよ」
「エマさんは綺麗だからな。たまたま都合がつかなかったくらいは察しがつくさ」
「そ、そう? よかったわ」
エマさんは技術科にいるらしい。魔法科の俺も普通科のルイーゼも気付かなかったわけだ。とは言っても俺は一度王都図書館で会っているが。
そうこうしている内に生徒会長が現れた。いよいよ学園祭の始まりだ。




