マリオンの決意
昨日、国王陛下からの招致が掛かった後の事。
俺はマリオンに話したい事があるので時間を開けて欲しいと声を掛けられていた。
よって今日はマリオンとデートだ。
「デートじゃ無いわ、一緒に出掛けるだけ」
女の子と二人で遊びに出かけて、それがデートじゃ無いとか慈愛の女神であるアルテア様だってお許しにならないだろう。
≪ふふふっ、そうですね。許しませんよ?≫
前回はミモラの町でのデートが最後だな。
あの時は魔物の住む森に駝鳥を狩りに行った。まだ残っているけれど、そろそろ在庫が心許なくなってきている。王都では地方の生肉は買えないんだよな。
一応、転移魔法陣を使えば大都市間は移動出来るみたいだけれど、それが使えるのは王族と名門貴族や上級貴族、それから富裕層の極一部位らしい。
転移魔法陣は発見されても全て国の管理下に置かれるようだ。まぁその能力を個人で持つとか危険すぎるからな。
こうなったら、俺も早く転移魔法を使えるようになりたいものだ。
◇
「これは確かにデートじゃ無いな」
「えっ、デートじゃ無いの?」
デートが良いのかデートじゃ嫌なのかどっちなんだ。
俺とマリオンは王都を出て、人気の少ない平原に来ていた。
そこでお互いに剣を抜き、向かい合っている。
この様子を見て、誰がデートだと思うか。
今はマリオンが、身体強化以外の魔法は無しで模擬戦をしたいというので、それに付き合っているところだ。
マリオンは強くなった。でもまだ馬鹿正直に戦っている節がある。
きっと今のままでは、バルカス試験官の様に攻撃を誘導するタイプの相手には勝てないだろう。
それに、俺みたいな変則的な戦い方をする相手にも苦戦するはずだ。
もっとも俺が剣を使い切れず、つい蹴りやパンチを出してしまうのが変なのかもしれないが。
今日は模擬戦ついでに新しい試みをする。
昨日、国王陛下に下賜されたミスリルの剣は、今までの片手剣に比べると半分近い重さだった。それだけ打撃力が下がるけれど、刃を細く鋭く出来るので切断力が上がる。そして何よりミスリル鉱の持つ特性で魔物や魔人の持つ魔闘気を打ち破る力がある。
そして、魔力を持ったミスリル製の剣は現実的な武具の中で、ほぼ最終的な装備と言って良い代物だった。この国の建国王が上級魔人を倒した時に使ったのもミスリル製の魔剣だったらしい。
他にもオリハルコン、アダマンタイトなどもあるらしいが、出所が不明らしい。
「二本持つの?」
「あぁ、物は試しにな」
マリオンの疑問に答えながら、模擬専用の刃を丸めた片手剣を両手に持つ。
ミスリルの剣は思った以上に軽かったので、今後は二刀流を試みるつもりだ。
なぜならば二刀流はロマンだからだ。
以前、剣士になるのか魔法使いになるのかと聞かれた。
その時に俺は、どっちもと答えている。なぜならば物理と魔法が合わさって最強と思ったからだ。
……理由はともかく、今もその方向性に間違いは無いと思っている。
最近、戦いの中で左手が空いている事が多い。
本来なら盾を持つところだ。以前は身体能力が低く、盾を持つ事で動きが悪くなっていたから持たなかった。
しかし、あれから八ヶ月ほど経ち、俺の体も十分に鍛えられた。今なら盾を持つのも良いだろう。
でも、ここに来て魔盾が十分に機能するようになってきた。
盾は魔法に任せる事で、空いた左手には剣を持つ。
一応ロマンだけでは無く、色々考えた結果でもある。
とは言ってもいきなり器用には使いこなせないので、二本持ちつつも基本は右手だけで対応する事にした。つまり、今までほとんど変わらない。
左手に武器を持つ事で魔弾を撃ちにくくなるかと思ったが、代わりに左手からも魔刃が撃てるようになるので、悪い事ばかりでは無い。
それに、魔弾は左手から撃つ必要性も無い。体のどの部分からでも撃てる。この際だからその練習も進めていこう。最初は眼からビームだな。
防御面では魔盾が、期待出来る強度を出せるようになったので無理に魔弾で迎撃する必要もなくなった。
トータルでは良い結果になると思うが、まぁ今のところ机上の空論に過ぎない。これから実績に繋げていく必要がある。
◇
モモが小枝を振り下ろしたところで模擬戦の開始だ。
同時に見失うようなダッシュから黒い鎧を着たマリオンが迫ってくる。分かっていても驚異的な速さだ。
そして、剣を右肩に担ぐようにして一気に迫り、慣性を乗せた一撃を繰り出す。
技その物は速度も威力も申し分ない。魔物が相手なら十分に通用するだろう。
しかし、そんな攻撃を何度も見ている俺は、横にずれるだけで簡単に躱す。
そしてすれ違い際に背中に剣を叩き込む。
マリオンの鎧に当たり甲高い音を立てるが、俺はそのまま力で押し切り、地面に叩き伏せ――流石に足腰を鍛え上げているだけあって、マリオンは転倒を堪え忍ぶ。
「?!」
「マリオン、攻撃が単調になっているぞ!
それじゃ魔物に通用しても対人戦じゃ自殺行為だ!」
マリオンは汗を払うと、俺の言葉に頷き、再び構えを取る。
そして、一拍おいてから再び瞬発力を生かしたダッシュで飛び込んでくる。
俺は同じようにサイドステップでその攻撃を躱わ――マリオンは飛び込んできた勢いそのままに地面を蹴り、角度を付け、躱した俺の元に飛び込んで来る。
?!
間合いに入ると同時に振られる剣を、俺は両手の剣をクロスして受け止めた。
初めてでも意外と上手く扱える物だな。
流石に同じ攻撃はしてこないだろうと用心していたから躱せたが、初見だったら躱す自信が無い。
「良い攻撃だ!
だけど、そこで止まったら意味が無いぞ!」
俺は受けた剣を横に逸らすと、マリオンの軸足を払う。バランスを崩したところでその鎧に剣を打ち付ける。
マリオンも今度は耐えきれずにそのまま地面に倒れ込む。
俺は手を止めない。
剣を逆手に持ち替え、倒れたマリオンに突き下ろす。
マリオンはその攻撃を転がって躱し、起き上がろうとする。
しかし俺は上から圧力を掛けるように攻撃を繰り返し、立つ事を許さない。
転がりながらも何とか俺の足下を狙って剣を振ってくる。
それをバックステップで躱したところで、マリオンが立ち上がった。
いまので、俺が本気で止めに入っている事に気が付いただろう。
マリオンが自信を無くすまで打ちのめすか、俺がマリオンを認めるか。
俺はマリオンを打ち負かすつもりだ、マリオンを死なせない為に……。
◇
「強いわ……」
「マリオンも強いさ、もう俺に教えられる事は少ない」
公園の芝生に二人で並んで、大の字に転がり空を見上げる。
結局俺は、マリオンを止めきれなかった。
長期戦の雰囲気になってきたところで、俺の身体強化が使用限界を迎えた。
ルイーゼを除けばマリオンの魔力の伸びも著しい。
俺が一〇分を二〇分に延ばしたところで、マリオンは一時間を二時間に延ばしている。
最後は力負けだ。
火照った体を冷たい風が冷やす。
もう季節は冬だった。
日が暮れるのにはまだ大分早いが、すでに月が低い位置で白く輝いていた。この世界では冬が近づくにつれて、月の出るのが早くなるらしい。
「アキト様」
珍しく、照れないできちんと名前を呼んでくれたな。
「わたし、やり残している事があるわ。
でも、それをどんなに頑張っても、もうわたしが望んでいた物は還ってこないの」
たとえ無駄だと分かっていてもやる必要があるのか?
いや、無駄ならやらないな。結果じゃなくてやる事に意味があるのか。
「危険なのか?」
「わたしは強くなったわ。昔の私だったらきっと生き残れなかったと思う。
でも今は少しだけ希望もあるのよ」
「マリオンが死ぬような危険に晒されるなら、俺が放っておくわけが無いだろ」
マリオンが何かを成す為に力を必要としていた事は分かっていた。
でも、命を失う事が当たり前のような話だとは思ってなかった。
「ありがとう、とても嬉しいわ。
……アキト様、勝手ですが奴隷から解放してください」
「約束だからな、望むなら叶える。
前にも言ったけれど、必要ならいくらでも力を貸す、遠慮されるとむしろ悲しいからな」
「そう言ってくれた事、凄く嬉しい。
でも遠慮じゃ無いの。これはわたしにだけ意味のある戦いで、結果は何も変わらない。自己満足の為の戦い。
アキト様を巻き込むつもりは無いわ」
国王陛下はマリオンのやり残している事について察しが付いているようだった。
俺はマリオンがザインバッハ帝国から来た事すら知らなかった。
どうして国を越えてきたのか、どうして奴隷になっていたのか、どうして再び戻らないといけないのか。全てはヴィルヘルムという町なり地方に理由があるのだろう。
マリオンはやるべき事を成す為に辛い鍛錬に耐え、命の危険を負いながらも一緒に魔物と戦ってくれた。
そして、自分が納得出来るだけの強さを手に入れた。
引き留める言葉が見付からない。
奴隷紋のある今ならば引き止めることは可能か?
でもマリオンは以前、プライドを守るために命を掛けているからな、そんな事で命を奪いたくはない。
「マリオンを死なせたくない」
「わたしもアキト様を死なせたくないわ。
でも、私はまたアキト様の元に戻ってくるつもりよ。勝手に殺さないでね」
俺の心配とマリオンへの信頼。
心配の方が大きい俺は、仲間を信じ切れていないのか。
「いつ出る?」
「直ぐにでも」
相変わらず真っ直ぐだ。
その真っ直ぐさが眩しくて好きだった。
「みんなには会っていくだろ」
マリオンは頭を振る。
「私も泣いてしまうから」
「俺は無力だ。止めることも出来ない」
「無力ではないわ」
「勝手について行くかもしれないぞ」
「国を越えたら私のテリトリーよ、いくらでも姿をくらませることが出来るわ」
「街を見つけてはマリオンの名前を呼ぶ」
「ごめんね、本名じゃないの」
「どうしても一緒にはいけないのか」
「どうしても巻き込みたくないの。
アキト様は優しすぎるわ。きっと傷つくし、後悔する。
わたしはそんな悔いを残したくない」
止めるのは無理だろう。
力になるのも無理なのか。
「一緒に行けないなら、せめて装備と資金は持って行ってくれ」
「ありがとう、感謝するわ。
アキト様、わたしを強くしてくれてありがとう。
わたしを連れ出してくれてありがとう」
不意に覆い被さってきたマリオンの顔が視界に入る。
柔らかくて暖かい感触が唇に触れ、熱い吐息が肌を打った。
しばらくして、その感触が消え、俺を覗き込むマリオンと目が合う。
「アキト様、好きでした。
返事はいらないわ。わたしが好きなように答えを出すから」
俺だって好きだ。失いたくないし、手放したくない。
「アキト様は結構泣き虫だわ」
「分かっているなら俺を泣かせるな」
俺にやらなくてはいけない事があるように、マリオンにもある。それだけだ。
マリオンは戻ってくると言っている、信じるしか無いだろう。
その日、マリオンは西のザインバッハ帝国へ向かった。




