園外演習・前
俺達は園外演習の為に迷宮都市ルミナスを訪れていた。
迷宮都市ルミナス。
王都トリスティアの東約半日の場所に位置し、水の都、水に沈んだ都市、白亜の都市といった二つ名を持つ。
古代文明時代に栄えた都で、街のほとんどが水没していながらも、気密性の高い建物によって内部は未だ健在。
冒険者にとっては多くの古代資産を生み出す宝の宝庫と言えた。
しかし、都市の中心には魔巣があり、その魔力の影響を受けて魔物化した生物の巣窟でもある為、入っては最後、二度と戻らぬ冒険者も少なくない。
この演習では最低でも四人以上でパーティーを組む必要があり、その為の調整が入ったことで、俺達は五人パーティーになっている。
いつもの三人、ルイーゼ、マリオン、レティと共にパーティーを組んだのは、タイラス――魔法実技で唯一家名無しでトップテンに入っていた男性だ。
王都学園に入って二ヶ月ほど経つが本人に会うのは今日が初めてだ。金髪碧眼で髪を腰のあたりまで伸ばしている細身の男性だった。
「タイラス、顔を合わせるのは初めてだが、よろしくな」
「こちらこそ、迷惑を掛けないように気を付けるよ」
「相手はランクFの魔物だ。油断は禁物にしても余裕のある相手だ。
小遣い稼ぎのつもりで頑張ろう」
「あぁ、僕は接近戦が苦手だから戦闘実技でトップレベルの二人がいるのは心強い」
今日の俺達は学生らしく革ベースの防具にしている。さすがにランクFの魔物を相手にフル装備の必要もないだろうし、気負い過ぎな気もした。
しかし、そんな心配は全く皆無だった。
転移魔法陣の前に集まったのは、どこぞの騎士団が現れたのかと思うほどのフル装備の面々だった。
家格を表す為にある程度の派手さは必要なのだろうが、普段着慣れていない装備で実戦に臨むのは他人事とはいえ、心配になる。
「凄い気合いの入りようだな」
「もし王国騎士団を目指すなら、ここで実績を上げるのが手っ取り早い為だ」
「タイラスは将来的な事を考えているのか」
「僕は高望みをしていない。適当な魔法学校で講師の見習いから始められれば十分だ」
「そうか、欲がないんだな。タイラスの成績なら結構良い所への選択肢が多いと思うが」
なにせ王都学園魔法科は全国から集まってきた素質ある若者たちの登竜門だ。そこで魔法実技トップテンと言うのは将来性が十分といえるだろう。
「僕は平民だからね、頑張ったところでたかが知れているんだよ」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
リデルはパーティーのリーダーとして実績を積み上げ、名誉爵とはいえ貴族になった。タイラスの実力なら直ぐには無理でも、いつかは叶いそうだが。
とは言っても、魔物狩りで成り上がるのはお勧めできないな。タイラスはどちらかと言えば頭脳派か。
レティに近接戦を教えている俺はやはり間違っているのだろうか。
「おい、アキト。ずいぶんとボロ臭い装備だな。平民の皆様は大変だな」
「おい見ろよあの装備、革の装備だぜ、恥ずかしくないのか」
「はははっ、何だあの剣。あれで魔物が斬れると思っているのか、外で兎でも追い回していたほうがいいじゃないか」
「タイラスもいるじゃないか、平民同士で足を引っ張り合っているのがお似合いだな」
さすがに女の子を名指しで避難するような奴はいないが、鬱陶しい事この上ない。
それらのやじを避けて最後尾に向かう途中、テリウスと目が合った。
今日はいつもの取り巻き女子ではなく、いかにも戦闘向きといった感じの仲間と組んでいるようだ。
あれ、そう言えば最近は女の子にチヤホヤされているところを見掛けないな。何か状況に変化が合ったのか。
その分、俺を見る目に憎悪が溜まっている気もするが。
◇
参加者は各科上位一〇名+推薦枠各五名で合わせて六〇名。パーティー数は一二になっている。
それぞれのパーティーには監督の講師が一人付き、俺達の担当はバルカス試験官だ。
戦闘実技の講師としては人気の高いバルカス試験官が俺達に付いた事で、不平を鳴らすパーティーもいたから、交換を申し出る。
「おいおい、勝手に変えるな。一応俺達にだって役割分担があるんだ」
「見張られているようでやり辛いんですが……」
「まったく、お前くらいだぞ俺がいて有難がらないのは」
それはいざという時に全力を出したら、色々と誤魔化せないからだ。
バルカス試験官は俺達の身体強化に直ぐ気付いたからな。また些細な事で隠している能力やモモのことがバレると面倒事が増えそうだ。
それはさておき、回復魔法の使える魔術師が五人ほど待機して緊急時に備えているし、各貴族付きなのか専門の治療班もいるようだ。
貴重な回復魔術師がこれだけ揃っているのも凄いことだな。
かつては現国王陛下が園外演習でトップの成績を収め、以降は武官を目指す者にとって学生のうちに取れる最高の名誉とも言えた。
生徒の方も、実戦経験はともかく戦闘実技トップテンにはルイーゼやマリオン以上の実力者がいるし、魔法実技トップテンにもレティ以上の実力者がいる。
各科合わせて戦闘用の魔法を使える人の数も、二五人ほどいると聞いていた。
ランクFの魔物が中心の演習では十分な火力だろう。
「まぁ、この班は昼寝をしていたって俺が点数つけてやるさ」
「どういう意味ですか?」
タイラスの質問だ。
「どうって、タイラス以外は全員冒険者ランクDだからな。本来、強制でもなければこんなところで魔物を狩っていても仕方ない実力者だ」
「ええっ、そんなすごい人達何ですか?」
「安心しておけ、お前が怪我をする心配なんて皆無だぞ」
もっと言ってくれバルカス試験官。
俺は煽てられると木にも登るんだ。
――と思ったところで、転移魔法陣が空いて、次は俺達の番だ。
一〇日ぶりだが、前回の手応えからしてバルカス試験官の言うとおり全く問題ないだろう。
◇
俺達は取り敢えず大広間に来ていた。
今日は王都学園の園外演習が行われる事を知っていたのか、大広間で狩りをしているパーティーがいなかった。よってここは魔物が大量にひしめく空間になっている。触らぬ神に祟りなしと言ったところか。
こうした判断も査定の基準になっている。
俺はどう査定されようと、ここはスルーだ。
次の小部屋にいたのは羽刃蝙蝠。魔力感知には五匹の反応がある。
「羽刃蝙蝠が五匹。全部右奥の天井に張り付いている。
初手、レティとタイラスの魔法、火矢で十分だろう。
魔法発動後はルイーゼが先頭で部屋に飛び込む」
タイラスが得意とするのは火属性と風属性だ。風属性の風刃は羽刃蝙蝠に相性が良いけれど、火矢との相性が良くない。ここはレティの使える火属性に合わせてもらう。
タイラスの魔法は素晴らしかった。発動速度、威力共に申し分ない。だが魔物を視認する速さと呪文の詠唱に入るタイミングはレティが早い。
先に詠唱を開始したレティの魔法がいち早く羽刃蝙蝠を焼く。
発動速度では遅れたタイラスだが、レティの撃ち漏らした羽刃蝙蝠にいち早く狙いを変更してそれを撃ち落としていた。判断も早く、精度も高い。流石トップクラス。
「良くやったレティ、タイラスも良くそのタイミングで狙いを変更出来たな。判断も早いし、精度も良かった」
「おいアキト、俺のセリフを取るのは止めろ。ほんとに後ろを付いていくだけになるだろうが」
「そこはほら、バルカス戦闘講師が遅いから」
「わかった、それじゃ俺はアキトを見るから、他のメンバーはアキトに任せた」
「うぁ、藪蛇」
結局みんなの笑いを誘っただけだった。
まぁ、いつもしている事だから構わないけど。
◇
その後も順調にお小遣い――戦績を稼ぎ、小部屋で昼食を取る。
うちのお姫様が朝用意してくれたサンドイッチだ。硬いライ麦パンではなく白パンで作られている。レシピはもちろんリゼットのアレンジだ。
「お前、こんな高級料理を狩りの間に食べているのかよ」
「別に材料費はそんなに高くないぞ。作る手間は任せてしまっているけどな」
「大した手間じゃありませんから」
レティはパン作りが好きだった。というか、お菓子作りだな。
「僕、こんな料理初めて食べるよ」
「料理というかパンだけどな。それに初めてって程の物だったか」
「どこぞの貴族様でもなければ白パンなんか食わないっての」
「それじゃ『カフェテリア』のメニューに追加するか。ハンバーガー計画もいいかもしれないな」
「ハンバーガー? なんだそりゃ」
「白パンで肉や野菜をはさみ、美味しいタレを付けて食べるんだ」
「それは美味そうだな、出来たら俺を呼ぶのを忘れるな」
「わかった、お得意様だからな」
午後も同じように手応えを確認しながら安全優先で狩りを進め、一日目を無事に終える。