実技試験
週末の金曜日。
今日はバルカス試験官との約束で、ルイーゼとマリオンは戦闘実技の試験に参加してもらう。レティは魔法実技の試験だ。
俺は実技に出禁なのでおとなしくルイーゼとマリオンの実技を見学することにした。
「なんだ、アキトは参加しないのか?」
「俺は魔法科ですから戦闘実技は取っていません」
「はぁ? お前剣士だろ、なんで魔法科なんか入っているんだ」
「魔法を覚えたかった以上の理由はありませんが」
「その辺に秘密があるんだな。分かった、後で教えてくれ」
しつこさに音を上げた訳ではないが、了承する。
実は俺自身もバルカス試験官と対戦してから、教えてもらいたい事が多かった。むしろ、機会があればこちらからお願いしたいくらいだ。
◇
戦闘実技の試験は各科――とは言っても魔法科と技術科には戦闘実技が無いため、騎士科と普通科で行われる。
そして、各科で実技の点数上位一〇名がリーグ戦を競うようだ。
各科毎の直接対決は期末試験以外にはなく、総合順位は点数だけで判断する。
ルイーゼとマリオンは普通科戦闘実技で不動の一,二位だ、当然シード……はないが参加となる。初日以降は実技に参加していなかったのだが、点数は抜かれていないらしい。
普通科ではマリオンと三位の差が少し縮まって八五点になっていたが、それでもレベルが違うとしか言えない。
結局リーグ戦も見どころがなく全戦が終わると思えた最終戦、当たり前だがルイーゼ対マリオンが始まった。
「ようやく今日の試合らしい試合になりそうだな」
「ええ」
バルカス試験官の言葉を肯定しつつも、なんとなく心配でたまらない。
そんな二人の様子を伺うと、魔力感知が二人の身体強化状態を知らせた。
二人共めちゃくちゃ本気モードじゃないか、さっきまでのリーグ戦では身体強化も使ってなかったのに、ここで全力かよ!
お互いが持つ武器は木製の物で、ルイーゼはメイスタイプと盾を、マリオンは両手剣タイプを選択している。
「マリオンさんがんばって~!」
「ルイーゼさんも負けるなー!」
「一対一ならマリオンさんが負けるわけ無いでしょ!」
「いや、ルイーゼさんの守りは誰にも崩せないぞ」
「お前んとこの娘さんは大人気じゃないか」
この二週間でずいぶんと知り合いが増えているようだ。そう言えば講義室の移動の時見かけたら何人かの友達と一緒だったな。
あれ、もしかして俺だけボッチ?
いやいや、俺にはもう一人、レティという仲間がいるじゃないか。ボッチだって集まれば友達だ。
開始と同時に動いたのはマリオン。
得意の瞬発力で一瞬にして間合いを詰める。狙いはルイーゼの盾を避けて右手側。
バギッン!
一合わせでルイーゼのメイスが砕け散った。マリオンの使う武器は両手剣なだけあって強度がある、ぶつかり合えば当然の結果だ。
もう、朝の鍛錬でも木製の武器は役に立たなくなっている、こうなる事も分かりきっていた。
しかし、観客には当然ではないのだろう、地味な試合が続いたので、会場が多いに沸き始める。
ルイーゼは武器を失った事に怯むことなく盾をマリオンに打ち付け、間合いを取る。
二人が正面から見合わせるのは一瞬。
ルイーゼが柄だけになった武器を手放すのと、マリオンが再び距離を詰めるのは一緒だった。
マリオンの空気を裂くような突進と、その勢いを乗せて突き出される両手剣。
ルイーゼはその攻撃を盾で受け止めるが、今度は盾が貫かれ破片をまき散らす。
だがルイーゼもタダでは済ませない、盾を砕かれつつも同時に両手剣を叩き上げるように折っていた。
「おいおい、教材だってタダじゃないんだぜ」
自粛していたのに参加しろといったのだからそれくらいは面倒見てもらおう。
取り敢えず試験は中――
ドスッ!
ボフッ!
「おぉおっ!」
「すげぇ!」
「そこだ、右だ!」
「キャー、躱してー!」
ついにルイーゼまで退化した……。
マリオンが回し蹴りを出し、ルイーゼが腕で受け一メートルほど横に吹っ飛ぶ。
そこに詰めてマリオンが殴り掛かり、それをルイーゼが躱して腕を取る。
格闘戦とか教えていない、だから手か足を出しているだけだ。
でも、身体強化が乗った状態での殴りあいって……いくら魔力変異の影響で肉体の防御力が上がっていると言ってもむちゃくちゃだ。
いっその事、きちんと誰かに護身術でも習った方が良いのか?
この世界に護身術があるのかは知らないが。さすがに俺のマンガ知識じゃ駄目だろうな。
次第にクリーンヒットが目立ってくる。
女の子同士が殴りあっているような可愛らしい音じゃなく、重い音が響き始め、鈍く肉を打つ音まで混じり始める。
最初の華やかさはなくなり、地味に壮絶な殴り合いに変わってきたところで、試験場も静まり返っていた。
「バルカス試験官!」
「あぁ、おい二人を止めろ!」
採点官が二人を止めに入るが、いまいち近づけていない。
珍しくルイーゼもヒートアップしているのか、制止の声が聞こえていないようだ。
俺もあの中に飛び込むのは怖いが、そうも言っていられない。
試験場に飛び出す。
まずは攻め手側のマリオンに近づき、背後から手を掛けて強制的に身体強化状態を解除する。
マリオンより俺の魔力制御能力が優っているから出来ることだ。
脱力するマリオンを支えて座らせると、ルイーゼに戦いの終了を告げる。
「ハァハァハァ……?!
アキト様……申し訳ございません!」
状況を察したルイーゼが腰を折り、頭を深く下げて謝罪してくる。
それに問題無いと答えて、へたり込んでしまったマリオンを抱え、試験場を後にする。
周りから、うわーキャーと声が上がっているが、無視だ。
マリオンは顔を真赤にして俺の胸に隠れてしまったけれど、いつまでも晒し者にはしておけないのでしょうがない。
ルイーゼを連れてバルカス試験官の元に戻る。
「やっぱり危ないので、試験は止めておきます」
「まぁ、なんだ。すまんな」
◇
そのまま、人気のないところまで進んだところで、お仕置きだ。
「二人ともここに座るように」
「はい」
「わかったわ」
二人とも借りてきた猫のようにおとなしく、しょんぼりとしている。返事は一緒だが、声のトーンも下がっているな。
「二人とも、今の戦いで周りが見えていなかったな。
いつも鍛錬で模擬戦はしているのに、なぜ今日に限ってこんなことに?」
ルイーゼは顔を赤らめて俯いてしまうし、マリオンは耳を真っ赤にさせながらそっぽを向いている。
今の質問の何処に、顔を赤らめるような要素があった?
「言えないならお仕置きだな」
「あ、あの……アキト様が、試験を見てくださっていたので」
「いいところを見せたくて頑張ったわ」
俺のせいかよ?!
「二人の良いところなんか、誰よりも俺が一番良く知っているつもりだけれど?」
「ありが、とうございま……」
あ、ルイーゼが許容量を超えてしまった。頭から湯気を出しながらへなってマリオンにもたれ掛かっている。
「私達が頑張れば、ア、キトさまに対する評価が上がると思ったわ」
「他人の評価なんかいらないさ、二人がそう思ってくれているだけで十分だ」
二人とも自分の為に頑張ればいいのに。
「まぁ、気持ちは嬉しい。
でも、試合でボロボロになる必要もないだろう。
ほら二人共、怪我を治すからおいで」
座らせていたので、這うようにして寄ってくる二人に背徳感が半端ない。
だって美人さんが二人、見上げるようにして這い寄ってくるんだぞ、なんかやっちまったって感じだ。
落ち着け俺、落ち着け魂、まずは怪我を見るのが先決だ。
うわぁ……。
身体強化のおかげで、肉体的な強度も上がっているはずなのに、あちこちに打撲の後が……。
素で殴られたら半端ないな。二人を怒らせる人が現れないことを祈ろう。
しかし、まったく……顔まで遠慮なく殴りあうとか、女の子なんだからそれくらいは気を使って欲しい。
俺は二人の体を癒していく。ちょっと触りにくいところもあったが、この二人であれば背中から全身に回復魔法を行き渡らせることが出来る。
だから胸とかの打撲も触らないで済む。非常に残念だが俺は保護者、気高き獣、欲望に身を任せてはいけない。
「痛みはないか?」
「はい」
「問題ないわ」
返事を待ってから、手を取り、二人が立つのをサポートする。
「まぁ、なんだ。本気で相手にするのは魔物だけにしておこう」
ストレス発散というわけでもないが、魔物狩りでもしたいものだな。
余り間が空いてしまって勘が鈍るのも怖い。
金曜は実技試験に不参加を決めたし、金曜午後移動の土・日曜の狩り、日曜の午後に帰るというパターンも出来るし、行ってみるか。