誘拐未遂事件
王都は緑の多い街だった。公園やちょっとした空地には木立があり、それだけ死角が多いと言えた。
ここは王都学園に通う生徒が近道の為に使う公園で、普段はそれなりに人も多い通りだったが、買い物に立ち寄ったせいか今は俺たち四人とその男たちだけだった。
王都学園に通うのは殆どが富裕層に属する人だ。俺たちみたいな例外を除けば誘拐の対象になり得るが、四人で行動しているところを襲うのはいささか強引とも思えた。余程自信があるのか、他に目的があるのか……。
俺たちを取り囲むように立つのは、明らかに敵意を持った六人。それぞれが小ぶりの短剣を手にしている。うち二人は弓だ。
全員が旅装のようなフード付きの服を着て、鼻と口をタオルで隠していた。素直に顔を見せるつもりは無いらしい。代わりに俺は、それぞれの魔力の特徴点を覚えておく。
「男はいらねぇ、叩きのめせ。
女だけかっ攫うぞ、二人には間違っても大怪我をさせるなよ」
二人? どういう言う意味だ?
黒い髪を持つレティに忌避感を持っているからなのか、本来の目的がルイーゼとマリオンを指しているのか。
二人と考えて、執着していたテリウスに結びつけるのは浅慮か。
「黒い奴は魔女だ、魔法を使う素振りを見せたら矢を放て!」
一番長身で体格の良い男がリーダーらしい。
弓は魔法障壁対策か。
まだレティには使えないが、使えたとしてもリデル程度の強度を持たないと弓は厳しい。それに流れ矢が味方を襲うこともありえる。
弓が一人なら何とかやりようもあるが、二人だと対処が難しいな。敵は慣れているのか?
対魔法戦は考慮していたけれど、もっと現実的な対弓戦を全く想定していなかったのが悔やまれる。
「レティ、魔法は控えろ」
レティに指示する俺を、ルイーゼとマリオンが守るように立ち、男たちを牽制する。
なんか、立場が逆なのだが?
「さっさと連れ去るぞ!」
理由はともかく、黙って連れされられる訳には行かない。
「モモ、装備改装を頼む!
ルイーゼはレティの守りに、マリオンは左の弓を」
「はい!」「わかったわ!」
魔法陣の淡い光が俺達の体を包み込むと同時に、対魔物狩り用のフル装備が装着状態で現れる。
ルイーゼの重板金鎧はいささかオーバースペックな位だが、それが襲撃者の動揺を誘うに十分だった。
「何なんだよこれは!」
指示通りルイーゼが弓を持つ男とレティの間に入り大型の盾を構える。これで、弓でどうなるという状況では無くなっていた。
マリオンが装備改装と同時に剣を振るったのも一瞬だ。
その剣は弓を持つ男に届かなかったが、それでも弓を破壊し、その右腕を斬り飛ばす。魔刃のキレが良くなっている。
男は自分に身に何が起きたか気付いていない。その間に俺も、もう一人の弓の男に魔弾を撃ち込む。
弓が砕け、その破片が男の顔を襲うのと、腕を切られた男の絶叫が聞こえてきたのは同時だった。
「馬鹿な?!
くそっ、何が起きてやがる。おい! 早く二人を捕まえて逃げるんだよ!」
やはり、狙いはルイーゼとマリオンか!!
怒りが湧き上がる。気持ちを理性で抑えつけるが、本能が魔力を活性化させ意図せず身体強化が発動していた。慣れ親しんだ感覚に体が反応してしまう。
男が二人、短剣を振り上げ唸りながら斬り掛かってくるが、その動きは良く見えていた。
魔物に比べれば遙かに遅い!
俺はその攻撃を魔盾で跳ね返す。
「何かに攻撃が跳ね返される?!」
魔弾の次に考案し、実戦レベルで使えるようになるまで半年近く掛かった魔法だ。
濃密な魔力を小型の盾ほどのサイズに収束し滞留させることで、物理的な盾として作用する。槍や弓と言った突属性攻撃に弱く実戦レベルでは使い所が無かったが、最近になってようやく必要な強度が出せるようになってきた。
範囲に限りがあるし、自分の付近にしか展開出来ないのが残念だが、盾を持たない俺には使い道が多いはずだ。
「くそ、此奴は魔法が使えないはずじゃなかったのか?!」
よくよく喋ってくれる襲撃者だ。
やはり目的があってルイーゼとマリオンを狙っていたようだ。しかも俺たちを知っている誰かが情報を流している。魔法実技に出禁の俺は魔法が使えないと思ったか。
俺は斬り掛かってきた二人に魔弾を撃ち込み沈黙させる。死んではいないだろうが、あばらの数本は折れたのか地に伏せて悶絶している。
殺すことに躊躇いが無いと言ったら嘘になるが、それでも必要なら殺す、そう決めていた。
ただ、前に盗賊に襲われた時と違い、明らかな力量の差があった。殺すより捕らえて背後関係を聞き出したかった。狙われ続ける生活は考えたくない。
「ぐわあっ!」
背後ではルイーゼが男の一人を盾で殴りつけた。
鼻を潰され、歯の砕けた男が顔を押さえて蹲る。
マリオンも躊躇無くリーダーの男に斬り掛かかるが、リーダーはその攻撃を逆手で持った短剣で受け止める。
マリオンの攻撃は早い。よく止めたと感心した直後にはその短剣を押し切り、リーダーの腕を切り落としていた。
「がああっぁああ! お、俺の腕があああぁ!」
俺は腕を押さえて叫ぶリーダーの体に触れ、強制的に魔力を吸い出す。
俺の魔力制御がリーダーの抵抗を上回り、そのまま強引に魔力を吸い上げ、枯渇する寸前で意識を失い倒れた。
同様に、意識のある三人の魔力を吸い上げ気絶させていく。
「ば、化けも――」
最後の一人の意識を奪ったところで、腕を失った二人の出血が酷いことに気付いた。
腕は二度と繋がらないだろうが、俺の回復魔法で傷口を塞ぐ。同情はいらないだろう。
「ルイーゼとマリオンの二人で衛兵を呼んできてくれ。ここは俺とレティで見ておく」
「はい」
「わかったわ」
この世界に過剰防衛があるかどうかわからないが、念の為に装備は学生服に戻しておいた。
◇
しばらくして四人の衛兵が駆けつけて来る。
「これは……」
流石の惨状に衛兵も絶句している。やり過ぎただろうか。
二人は腕を失い、二人は顔を潰している。残りの二人は外傷こそ無い物の、あばらを骨折していた。
「襲撃者が多く、手加減をしていられませんでした」
「それはわかるが……しかし……。
取り敢えず事情を聞くので詰め所までご同行願う」
「わかりました」
貴族なら口先半分で適当に済ませることができたかもしれないが、俺は平民だし理解あるところを見せておいた方が良いだろう。
衛兵長と思える男が部下に指示をし、倒れている襲撃者を縛り上げていく。
傷口が塞がっていることに驚きを示していたが、止血の為に治しておいたというと、さらなる驚きを示された。
◇
詰め所と言って連れてこられたのは所謂警察署だな。
そこで俺たちは始まりから終わりまで、事細かく説明を求められた。
能力的なことは適当にぼかして話をしたが、王都学園に通い魔法実技や戦闘実技を習っていると言うことで、納得してくれたようだ。魔法様々だ。
まぁ、倒した方法についてはそれほど興味が無かったのかもしれない。
「状況はわかった。
ここ最近発生していた誘拐事件もおそらく同一犯による可能性が高い。それについてはこちらで調査を進めよう。
そして、襲撃者は君たちを知っていたんだな」
「そうですね。誰が魔法を使えるかを知っていて、ルイーゼとマリオンの二人が狙いだとも言っていました」
明確に言っていた訳では無いが、間違いないだろう。
「利益目的で無いなら、ますます同一犯の可能性が高いな」
「ここ最近と言っていたのも、利益目的じゃ無いと言うことですか」
「あぁ、身代金の要求と言ったことが無く、おかげで手掛かりも掴めていなかった。
場所もあの公園が使われるのは初めてで、王都内にある死角という死角で行われていた。
しかし、これで大きな手掛かりを得たと言えよう。ご助力に感謝する」
何とか無罪放免という形で済みそうだ。
「多少やり過ぎの感は否めないが、命あってのことだろう。
ただ、町の喧嘩じゃこうはいかないぞ」
「はい、わかっています」
「それじゃ帰ってくれて良い、ご足労だった」
◇
「アキト様、申し訳ありません」
「やり過ぎたわ」
「まぁ、模擬戦じゃ無いからな。
手を抜いて前みたいになることを思えば、頭を下げるだけだ、問題ない」
前とはリザナン東部都市に向かう時に襲ってきた盗賊戦でのことだ。
人に刃を向ける事を躊躇い、結果としてルイーゼに大怪我を負わせていた。
同じことは繰り返したくない。
「狙われたのはルイーゼさんとマリオンさんでしょうか?」
「おそらく間違いない。
レティが含まれなかったことを考えると、一人見当が付くけれど、その名前は口にするな」
「アキトさんがそう言われるのでしたら、私は何も申しません」
貴族を相手に証拠も無いことを口にすれば、本当に不敬罪に当たる。
この件がこれで終わるならいいが、もし続きがあるなら次は裏を吐かせてやる。
やっぱりこういう時は貴族の後ろ盾があると助かるんだろうな。
俺にはわからないような裏の手があるとか……流石にリデルはそういうタイプじゃ無いが。
考えてみると、余り貸し借りの出来る相手がいないな。
面倒とか思っていたけれど、付き合いも必要なことかもしれない。機会があったら増やしていこう。