その名はモモ
グリモアの町への帰り道。俺は昨日の夜の怪奇現象をリデルに話していた。
「それははぐれブラウニーだね」
「はぐれブラウニー?」
「ブラウニーは精霊だから知覚できる人は少ないんだよ。その中でもはぐれブラウニーは主人のいないブラウニーだね」
元の世界で言うとブラウニーは家の中にいて掃除や片付けをしてくれる妖精だったか。こっちでは精霊になるのか。
「ブラウニーは主人がいないと現世に長くいられないから、最近主人が何かの理由で亡くなったのだろうね」
「とりあえず害は無い?」
「害は無いどころか、はぐれブラウニーに会えるのは幸運だよ。もし、もう一度会う事が出来たら名前を付けてあげるといい」
害が無いなら良いか、保護欲をそそる可愛さだし。
「名前を付ける意味は?」
「名前を付けるとそのブラウニーの主人になれるし、ブラウニーも現世にいられるようになる。ブラウニーは現世が好きだからね。
もっとも名前を受け入れてくれない事も多いらしいけど」
「ペットみたいな感じかな」
「ペットというのは可哀想かな。きちんと感情も持っているし、何より身の回りの世話をしてくれるよ。
一番有名なのが物を預かってくれる事かな。多少大きくても重くてもかなりの量を預かってくれるから、成功した大商人はほとんどブラウニーの名付け親になっているね」
「それはむしろ魔物狩りするより良いかもしれない」
商品を右左で利ざやを稼ぐか。今は資金が無いから無理だけれどある程度余裕が出来たら考えても良いな。
「もちろん商売は信用が大切だからね、簡単に取引相手が見つかるかは努力次第だ。
それにブラウニーに預けたまま本人が死ぬと全て失われてしまうからリスクもある。
後は利権が絡むからね、何かと面倒毎に巻き込まれる可能性もある」
「なるほど。それにしてもあの幼女にそんな力が」
「幼女? ブラウニーは普通三メートルくらいの人型植物系精霊と聞いているけれど」
ブラウニーが三メートル?
あ、俺が知っているのはあくまでも元の世界のブラウニーであってこの世界とは違うのか。
「俺が見たのは小さい女の子で、普通にかわいい人間の子だったなぁ」
「ブラウニーは頭に葉っぱが生えているらしいからそれで区別が付くかな」
「あ、生えていた」
「容姿に関しては僕も専門家じゃないから分からないけれど、ブラウニーで良さそうだね」
なるほど、とりあえず今夜会えたら名前を付けてあげよう。
◇
町に戻りリデルと分かれた後、夜食代わりのパンを買って宿に戻る。
丁度日も暮れてきた所なので蝋燭に火を付け、部屋の中を確認する。
蝋燭の明かりが照らし出す部屋にはブラウニーの姿が無かった。もしかしたら見えないだけでいるのかもしれないけど。
ベッドに座り壁を背にして先の事を考えていた時。
カチャ。
傍らで食器の鳴る音がした。すかさずパンを取り上げる。
「いた……」
ピョンピョンとジャンプしてパンに手を伸ばすのは幼女の姿をしたブラウニー。
「パンが欲しいのか?」
ブラウニーはこちらを向くと顔を傾げて思案した後、二度頷く。
「それじゃパンはあげよう。こっちにおいで」
俺は膝の上を手で叩いてブラウニーを誘導する。
初めは悩んでいたようだけれど、パンの魅力に負けたのか大人しく膝の上に寄ってくる。
「君に名前を付けてあげよう。今日から君の名前はモモだ」
この幼女から桃の香りがしたからモモだ。
モモは名前をもらったのが嬉しいのか、凄くご機嫌な笑顔で喜んでいる。名付け甲斐があるという物だ。
よしよしパンをあげよう、好きなだけお食べ。
ブラウニーは身の回りの世話や荷物の管理をしてくれると言っていたな。
「モモ、この服を仕舞ってもらえるか」
モモは俺の指さす服を見付けると、その仕事が嬉しいとばかりに片付けてくれた。
俺はてっきり鞄に入れてくれるのかと思ったが、違った。
服に魔法陣が浮かび上がりフッと消えてしまった。
これ、戻ってくるんだろうな……。
「モモ、今の服を出してくれるか」
やっぱり嬉しそうに服を出してくれた。
今度は空間に魔法陣が浮かび上がり、そこにフッと現れた。きちんと洋服掛けに引っかかった状態で出てくる。
元の状態に戻すだけなのだろうか。
「モモ、あの服を俺の手元に持ってきてくれるか」
モモは頷くと再び魔法陣を表示して手元に服を移動してくれた。
魔法陣を出す時にオーケストラの指揮の様に手を動かすのが可愛い。
「これは便利だな、モモありがとう。
パンをもう一個あげよう」
モモの表情がパアッとした感じで喜びに満ちあふれる。
なんとなくペットを手懐けているような気分になるが、喜んでいるから良しとしよう。
その後、とにかく汚れていたモモの服を脱がせて顔や体を拭いて髪を洗って、ついでに汚れていた服も洗って乾かす。
乾くまでの間は俺の服を着せてあげた。
幼女を脱がすのもどうかと思ったが、よく考えたらこの年頃の妹の面倒はよく見ていた。何ら問題ないはずだ。
流石に床に寝せるのも可哀想なので、その日は一緒にベッドで寝る事にした。
八歳くらいの幼女に欲情する趣味は無い。