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紅の月  作者: 瞳妃來泉都
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7年後の出会い

 マイケルが新しく出現した紅い月をファントムと名付け、前から浮かんでいる青白い月をヴァルハラと名付けてから、七年の月日が流れた。


 ケヴィンにとって、それは苦痛の日々だった。


 義母であるエルダは決して自分を母と呼ばせず、ケヴィンを使用人のように扱った。

 義姉マリアもそれに便乗し、ことあるごとに仕事を押し付けた。

 言いつけられた仕事が二人の満足いくように出来ていなければ、やり直しを命じられた。

 そして、必ず言われたものだ。

 

 やはり下町育ちでは、妾の子では駄目だ、と。


 幼いケヴィンにも、それは自身のことだけでなく、母メリッサのことを蔑んでいるのだと分かった。

 ケヴィンにはそれが一番悔しかった。

 けれど落ち込めばそれだけ、恰好の餌食になる事が解っていたケヴィンは、悔しい気持ちを呑みこんで耐え続けた。

 母のつけたケヴィンという名に恥じぬように、男のように強くあろうと、胸を張って。


 それに押し潰されそうになると決まってシルクが傍に来た。

 木の上での読書や昼寝は気持ち良かったし、時折シルクのボディガードたちを一緒に撒いて、見当違いのところを探している彼らをシルクと一緒に盗み見ては笑っていた。

 シルクといると、ケヴィンの刺々しい気持ちも和らいだ。


 しかし、エルダやマリアの仕打ちが一年、三年、五年と続くにつれてケヴィンはやつれていった。

 シルクと過ごしていても、段々と上の空になる時間が長くなっていった。

 それを見かねたシルクはケヴィンをヴェルダンディ家の外に出すことにした。


 本来、ヴェルダンディ家の子供は、成人するまで屋敷を出ないのが習わしで、学校に通うことなどもなかったが、シルクは義妹を守るため、パルカ学園に入学させることに決めた。


「貴族が通う学校だけど、リラトニア王国で唯一、学生寮があってさ。ここを出て行くにはいいなと思って。俺も行きたかったんだよ。ここ」

と、シルクは照れ臭そうにケヴィンに言った。



 そうしてやって来た入学式で、ケヴィンは既に注目の的になっていた。

 ケヴィンの行う一挙一動は衆人の目を引いた。

 それは臙脂色の、胸元に大きなリボンを付けた指定のセーラー服を着ておらず、全身真っ黒の服を着ていたことも要因にあったが、一番の理由は彼女がヴェルダンディ家の人間だということを、学園長やら理事長、教員たちの対応のせいで、周囲に分かってしまったのが原因だった。

 ヴェルダンディ家の人間が珍しいのは分かっていたが、常に監視されているようで、彼女には気分が悪かった。

 それでも、ヴェルダンディの家に連れ戻されるよりはマシだった。


 式での座席は特に決まりごとはなく、ケヴィンは一番後ろの席を選んで座っていた。

 端は埋まっていたので、仕方なく真ん中の列に座った。


「隣、いいかな」


 物好きも居るものだ、とケヴィンは思った。

 ヴェルダンディ家の人間が居ると騒ぎになっているというのに。

 しかもそれが明らかにケヴィンであることが、彼女の周囲の席が全て空席であることを踏まえれば分かるはずなのに。

 その金髪碧眼の臙脂色のブレザーを纏った少年は、ニコニコしながらケヴィンに話しかけてきたのである。

「……別にいいけど……」

「よかった。あ、でも僕といると更に目立っちゃうかもしれないなぁ」

 少年はキョロキョロと辺りを見回した。

 ケヴィンも倍増した視線を感じて、大きな溜息を吐いた。

「なに? お前、有名人かなにか?」

「え? 僕のこと、知らないの?」

 目を見開いて、少年はケヴィンをまじまじと見た。

「知らん」

「君……ケヴィン・ヴェルダンディでしょう?」

「そうだけど?」

 ケヴィンは腕を組んで、不機嫌そうにそっぽを向いた。

「僕、アトリっていうんだ。アトリ・グズルーン」

「……グズルーン……?」

 何処かで聞いたような、と考えて、ケヴィンの思考は止まった。


 グズルーンという名字は、この国に一つしか存在しなかった。

 それはヴェルダンディ家と同等の大貴族の名だった。

 ヴェルダンディ家とグズルーン家は対立関係にあり、それは統べる宗教の違いが大きかった。

 ヴェルダンディ家は悪魔崇拝のバートラード教を信仰し、グズルーン家は神崇拝のフェルテル教を信仰している。

 その家がそれぞれ信仰する宗教の長というなら、対立しないわけがないのだった。

「お前が……そうなのか……」

 ケヴィンはアトリと名乗った少年をまじまじと見た。

 長い睫毛に大きな二重瞼。

 これで髪が長ければ女に見えるだろうな、と考えた。

 しかし、短髪ながら首に向かって弧を描くほどの髪の長さであるため、今のままでの女に見えなくもなかった。

 そんなことを考えていたケヴィンは、アトリが顔を近づけていることに気付くのが遅れた。

「へぇ。面白い子がいるんだなぁ」

「……え?」


 気付いたときには、頬にキスされていた。


「僕、君のこと気に入っちゃった」


 そう言ってにっこりと笑うアトリを、真っ赤な顔をしたケヴィンが拳を握って殴るまで、そう時間はかからなかった。



アトリ・グズルーン(16)

グズルーン家当主。神信仰フェルテル教教主。常にニコニコしている。


入学、おめでとう。

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