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紅の月  作者: 瞳妃來泉都
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歓迎されない新しい妹

 シルクはその痣を食い入るように見つめていた。

 使用人の中には思わず口を覆う者も見受けられ、ヴェントもその中で苦々しい表情を浮かべていた。

 ヴェントは知っていた。

 シルクにとって、ヴェルダンディ家の後継者に指名されたことがどれだけつらかったかを。

 時折、庭の草木の陰で涙していたシルクを、彼は知っていた。

 それを、この〝翼痣〟を持つ少女によって摘み取られてしまう。

 なかったことにされてしまう。

 そんな馬鹿なことがあるものか。

 あっていいものか。


「納得いきませんわ」

 それを代弁するかのように、エルダが意見した。

 マイケルはケヴィンの服から手を放して怪訝そうな表情で妻を見る。

「納得?」

「百歩譲って、外に女がいたのは許しましょう。更に百歩譲って子供がいたことも、不本意ではありますが……。そして法ですからね。どんなに拒んでも、ヴェルダンディ家の血は流れているわけですから、その女が死んだために我が家に引き取ることも納得致しますわ。けれど、妾腹の子、しかも女子に継がせるなど、名家と謳われる我が家の名折れとなりましょう。そうは思いませんか?」

「お母様の仰る通りですわ。王室や国政、軍事に至るまで我が家が統べている今、国民の見本となるのは私たちです。それを妾腹の娘が次期当主であるなど……。社交界のいい笑いもの。我が家の宿敵グズルーン家の格好の餌になってしまいますわ」

「その通り」

 エルダは頷く。

「あの家は三年ほど前に誘拐された当主の子供が帰ってきたというじゃありませんか! 居なかった間どのような場所に居たかは分かりませんけれど、由緒正しき血筋には違いありません。なのにこちらは妾腹というのは……。それにその名は何です? 男子の名など付けて……。卑しいにも程があります! この家を乗っ取る為に、これの母親が画策したに違いありません!」

 ケヴィンはその言葉に顔を上げてエルダを睨みつけた。

「お前たちの納得など要らん。これは願いではない。命令なのだ。従え」

「お父様!」

 マリアは非難の声を上げたが、マイケルは彼女に見向きもしない。

 そこでマリアは矛先を、ただ傍観していたシルクに変えた。

「お兄様からも何か言って下さい!」

「俺が?」

 シルクは自分を指さす。

「そうですわ! お兄様は後継者として育てられてきたのですから、お怒りのことがございましょう!?」

 マリアはシルクを引っ張った。

 エルダもシルクを見て頷いているがシルクは、頭を掻いて考え込んでしまった。

「一体何を考えることがあるのです!? さぁ、仰って下さいまし!」

「うるせぇなぁ。ギャーギャー騒ぐなよ、マリア!」

 マリアとエルダはシルクを見咎めた。


 しかし彼はそれを気にせず、唸りながらケヴィンに近付いた。

ケヴィンはシルクを見上げて、後ずさっている。

 その姿を見て警戒心の強い小型犬のようだとシルクは思った。

「そんなこと言われても、実物目にしたらなんか言う気とか失せちゃったしなぁ!」

「な……何を言い出すんです、シルクさん!?」

「お兄様は納得出来るんですか!? こんな……こんな下賤者の下で祭事を行うのは、お兄様ですのよ!? 私たちにだって、社交界での立場というものがあります!」

「んなもん知るか。そっちは自分たちで何とかしろよ。もう子供じゃねぇんだから。恥掻くから行きたくねぇんだったら、行かなきゃいいだけの話だろうに」

 二人は唖然としてシルクを見る。

 そんな二人を尻目に彼はケヴィンの前でしゃがんだ。

「俺はこの家が嫌いだ。だから後継者教育なんてもんは苦痛でしかなかった」

 シルクは後ずさるケヴィンの頭にポンと手を乗せる。

 ケヴィンはその手を見上げるように視線を上にやるとすぐにキョロキョロし始め、後ずさるのを止めた。

「あ……あの……」

「ん?」

「よ……汚れ……ます……から……」

「そんなの気にすんな。洗えばいいしな」

「え……」

 ケヴィンはシルクを真正面から見る。

 とても、不思議そうに。


「あーその……なんだ。突然別の後継者が出てきたって言われたら、少しはさ、憤りっていうかまぁ……イラッとも来るわけよ。ただ、後継者から外れるっていうのは、俺にとっては万々歳なことでもあるんだな。だけどそれってもしかするとさ、お前も俺と同じ苦痛を感じるかもしれないってことなんだよな」


 シルクは考える。

 こんな小さな、ボロ布一枚しか着ていないような女の子にこの家を背負わせるのが、果たしてこの家の為になるだろうか。

 そして、家のことなんか知るか、とも思う。

 こんな家、潰れたって文句はない。

 それよりも。

 それよりも今、第一に思うことは。

 思うべきことは。


「お前もさ、多分これから色々やらされんだと思うんだよ。そのときに嫌だなぁとか、面倒臭いなぁとか、きついなぁとか思ったらさ、とりあえず話くらいは聞いてやれるから。なんかあったら俺のところに来いよ」

 シルクは若干恥ずかしそうに頭を掻いた。

「まぁ……歓迎はしないけどさ……。でも、今日からお前は俺の妹だ。仲良くやろうぜ、ケヴィン。シルクだ」

 シルクは笑ってケヴィンに手を差し出す。

 ケヴィンはその手を見つめて首を傾げた。

「何してんだ。見てないで手ェ出せよ。しようぜ。握手」

 シルクは満面の笑みを浮かべた。

 ケヴィンは唇を噛みながら、おずおずと手を差し出して彼の手を掴むと、よろしくお願いします、と小声で呟いた。

 しかしそんな二人を、マリアとエルダは苦虫を潰したような顔をして睨み付けている。


 しかしその場にマイケルの姿はどこにもなかった。


シルクは優しいお兄さんです。

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