8話
ジャックがカナイの森で赤獅子のバロンと遭遇してから三カ月が経っていた。
四月になり春の訪れとともに各地の町に活気が訪れる。王都もその例に洩れず活気で溢れかえっていた。
王都には毎年四月になるとハンター育成学校に入学する若者が多く訪れ、その若者を相手に商売をしようとする商人で他の町以上に賑やかだ。おまけに王都は国の首都ということでそれぞれのハンターギルドの支部があるおかげでハンター育成学校を卒業した新人ハンターたちが新たなハンター生活に夢を抱きながら歩く姿がよく目に入る。
そんな中で不機嫌そうに眉を寄せて王都を歩く年若い少年の姿があった。
「相変わらず騒がしいとこだ」
キレイに舗装されたレンガの道を歩きながら年若い少年――ジャックは周囲の喧騒に辟易とした顔で不満をこぼす。
「ったくあのババアめ。人をこんなところに呼び出しやがって」
自分を王都に呼び出した美食ハンターのギルドマスターの顔を思い返し苦々しい気分になるジャック。
華々しい王都の雰囲気が苦手なジャックとしては王都になど来たくはなかったが、美食ハンターのギルドマスターであるヴェラには昔色々と世話になった借りがあったため逆らえなかった。
ジャックは重い足取りで美食ハンターのギルドがある場所へと向かう。
美食ハンターのギルドがある場所は他のハンターギルドも建てられているギルド区画にある。しかしハンターの花形である新天地ハンターや迷宮ハンターのギルドと比べると、美食ハンターのギルドは立地が悪く長いこと建て替えていないのか年紀の入った木造作りで裏通りに面しているため他のハンターギルドと比べると寂れているように感じられる。
「やれやれ、ようやく来たようだね。年寄りを待たせるもんじゃないよ。それとも王都で迷子にでもなってたのかい」
ジャックが建て付けの悪いドアを開けてギルドに入ると白髪の老婆が不機嫌そうな声音で出迎える。
「人を呼び出しといて随分な言い様だなババア」
ジャックは老婆を忌々しそうに睨み付ける。
「相変わらず口の減らない小僧だね」
「そりゃああんたの教育の賜物だな」
皮肉に皮肉を返すジャック。
「はっ! あたしが面倒を見てなかったら今よりもひどかったてことかい。お前さんにしては殊勝な態度じゃないか」
ジャックを睨み返し不敵に笑う老婆。彼女こそ美食ハンターのギルドマスターであり元S級ハンターのヴェラ・イェーリングだ。
このまま皮肉を言い合っていても時間の無駄だと悟ったジャックは本題を切り出す。
「それで、俺を王都まで呼び寄せたのはどういった用件だ。こっちは調べ事で忙しいんだがな」
「忙しい? ひよっこが偉そうに語るんじゃないよ。第一忙しいって言うやつに限って無能だと相場が決まってんだよ」
「ちっ! あーいえばこー言いやがって」
「あたしに口で勝とうなんて百年早いんだよ」
フンッと失笑するヴェラ。
「だがまぁあたしも鬼じゃないからね。心優しいあたしは無能なあんたにプレゼントを用意してやったよ。感謝しな」
「プレゼントだと?」
ヴェラの言葉にあからさまに警戒するジャック。
ジャックの知る限り目の前の老婆がこれまでプレゼントなど用意したことなど一度もない。はっきり言って嫌な予感しかしなかった。
「そんな身構えたら相手に失礼だろ」
「相手だと? どういうことだババア」
「どうもこうもないよ。あんたに相棒をプレゼントしてやるって言ってんだよ。猫の手でも借りたいほど忙しいんだろ? あたしゃあは優しい優しいギルドマスターだからね。優しすぎて天国からも引く手が数多で困っちまうよ」
「ならさっさとくたばれ」
忌々しそうに言うジャックにヴェラはカカッと笑う。
「生憎あたしは呼ばれてほいほいついて行く尻の軽い女じゃないのさ。なーに、遠慮することはないよ。優しいギルドマスターの好意を受け取んな」
「断る。俺に相棒なんていらない。一人で十分だ。むしろこのギルドのメンバーが相棒になっても足手まといなだけだ」
と反論するジャック。
一昔前ならともかく今の美食ハンターはジャックのように戦闘能力の優れたハンターはいない。だからジャックの受ける仕事は基本的に他の美食ハンターが受けることのできない荒事を請け負うことが多い。
「その点は心配いらないさ。なんたってその子は先月ハンター育成学校を上位で卒業した新人だ。期待のルーキーってやつさ」
「おいおい、ハンター育成学校を上位の成績で出てこんな寂れたギルドに来るなんてどんな奇特なやつだよ」
「奇特だろうが変人だろうが関係ないよ。新人のめんどうを見るのは先達の務めだろ? 違うかい?」
「確かにな。だがそれならなおさら俺の相棒にするのはおかしいだろうが。俺は今まで誰かのめんどうを見たことがない。そんなやつが新人を見るよりも手馴れてるやつがめんどうを見る方がいいだろう」
「なーに、誰にでも初めてはあるよ。初めてを怖がってちゃ何もできやしないよ」
「だが――」
「お黙り!」
食い下がろうとするジャックにヴェラは一喝する。
「さっきから文句ばかりたれやがって。そもそもあんたに決定権があると思ってんのかい? ああん? 嫌なら美食ハンターをやめてもいいんだよ」
「……くそっ!」
美食ハンターをやめされられると聞いて苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるジャック。
「……わかったよ! 相棒だろうがなんだろうが面倒見ればいいんだろ」
ジャックは苛立たしそうに頭を掻くと渋々了承する。
「あんたはろくな死に方しねーだろうな」
「はっ! 少なくともあんたよりも先に死ぬつもりはないから心配する必要がないよ」
「どんだけ生きるつもりだよ……」
皮肉を言ったジャックだったがヴェラの物言いに逆にあきれてしまう。
「さて、そうと決まったらさっそく紹介しなきゃね。とっとと入っといで」
ヴェラがそう言うとギルドの奥の扉が開き誰かがやってくる。
「お前は……」
ジャックは少し驚いた表情を浮かべる。
なぜならやって来たのはあのカナイの森で出会ったマジーナだったからだ。
しかしズボンとローブだった前と違い今回はハンター育成学校で支給される制服を着ている。マジーナが着ている制服は改造セーラー服と呼ばれるもので、とある職人が心血を注いで編み出した服だ。魔虫の糸を使った生地はヘタな防具より耐久性が高く動きやすい。その上足を保護するニーソックスと組み合わせることで絶対領域と呼ばれる特別な技術が備わりどんなに動いてもスカートの中が見えないというおまけつきだ。その使い勝手の良さからハンター育成学校を卒業しても制服を着続ける女性は多い。
「ふふん、どうだ。驚いただろう」
マジーナはそう言うとクルッとその場で一回転してスカートをひるがえらせる。当然スカートの中が覗くことはない。
「驚いたな。まさか女装の趣味があったのか」
「そう、わたしは女装が大好きだのだ――って違う! わたしは女なのだ!」
ジャックの勘違いを否定するマジーナ。
「女だと? だが……」
ジャックの視線がマジーナの慎み深い胸へと移る。
「あーあー! 聞こえない聞こえない! 胸はこれから大きくなるんですー! 異論は認めないし受け付けないのだー!」
両手で耳を閉じ目を閉じ首を横に振り拒絶の意思を表明するマジーナ。
ジャックもこれ以上は何を言っても無駄だと思い追及するのはやめほかのことを聞く。
「そもそも何でお前が美食ハンターなんかになったんだ。前は美食ハンターをバカにしてただろ」
「そ、それは……」
美食ハンターになった理由を問われて言い難そうに言葉を濁すマジーナ。
「それはなんだ?」
「べ、別になんでもいいのだ! わたしは美食ハンターになるために雑誌を読んだりして食について調べたりしたんだぞ! 特級ポークのようなまがい物じゃなくてちゃんとしたものを食べる様にしているし魔法調味料を使った物も口にしないようにしている。その証拠にほら」
そう言ってマジーナは腰のポーチから袋を取り出す。その袋には魚の絵が描かかれ、『絶品! ウロコチップス!』と書かれたパッケージがデカデカと印刷されている。
「このウロコチップスは栄養価が非常に高くて油で揚げても栄養価が変わらないうえにパリッとした食感とほんのりと感じる塩味が癖になる健康食品なんだぞ」
袋からウロコチップスを一枚取り出してかじるマジーナ。
「うーん。芋をあげたやつも美味いが、このウロコチップスは芋とは違って脂っこくなくて何枚でもいけるのだ。おまけに美肌効果もあるとか最強すぎるのだ。よかったらジャックも食べるか?」
「全力で断らせてもらう」
「むー」
自分のオススメを断られてむくれるマジーナだったがすぐに特級ポークの件を思い出す。
「……はっ! まさかこれも特級ポークみたいに身体に悪かったりするのか!」
「いや、身体に悪くはない」
ジャックは微妙な表情で否定するとスッと視線を逸らす。
「ちょっと待て! なぜ目を逸らすのだ! 何を隠しているのだ」
「世の中には知らなくてもいいことがある」
「むむむ。どういうことなのだそれは!」
「俺の口からは言えんな」
「そんなことを言われたら余計気になるのだ」
話そうとしないジャックにムキになるマジーナだったがそこにギルドマスターであるヴェラが口を挟む。
「そんなに気になるなら調べてくればいいじゃないか」
「おいババア!」
「ちょうどそのウロコチップス作ってる付近で調査依頼がある。あんたは新人を連れて行ってきな」
「おお! よくわからんが初依頼か。楽しみだ!」
ヴェラの言葉に浮かれるマジーナ。
「ババア、本気か」
「本気さ。何か問題でもあるのかい」
「……ちっ! 相変わらず性格が悪いババアだ。俺はどうなっても責任を取らないからな」
ジャックはマジーナを見ながら哀れむが、当のマジーナは初依頼に興奮してジャック達の話が耳に入ってこなかった。