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7話

 少女が誘拐されたと気付いたのは目を覚まして知らない男に囲まれていた時だった。まだ五歳にも満たない小さな少女が見知らぬ……それも小汚い格好をした男に囲まれ怯えていると誘拐犯の主犯である男がいやらしい笑みを浮かべて話しかけてくる。


「お前がメッシガー家の愛娘だな」


「うえーんうえーん」


 その男の恐さに少女は泣き出してしまう。すると誘拐犯の男は少女の頬をビンタする。


「おい黙れガキ! 泣いてないで質問に答えろ。でないともっと痛い目に合わせるぞ」


「……ひっぐ」


 蝶よ花よで育てられた少女は初めて味わう暴力と言う恐怖に泣き出しそうになるが、泣けばさらにひどい目に合うと聞き必死に泣くのを堪える。


「そうだ。聞き分けのいいガキは嫌いじゃないぜ。で、お前はマジーナ・メッシーガで間違いないな」


「……」


 少女――マジーナはコクリコクリと首を縦に振って肯定する。


 それを見て誘拐犯の男は満足そうに笑う。


「よし。こいつを取引材料にすればあのメッシガー家も交渉に応じざる得ないだろう。おい、そこのお前。このガキをどっかに閉じ込めておけ」


「どっかってどこに閉じ込めておけばいいんでやんす?」


 誘拐犯の男に指示に部下が問い返すと誘拐犯の男は苛立たしそうに言う。


「んなもん自分で考えやがれ! この無能が!」


「へ、へい!」


 怒鳴られて部下は慌ただしくマジーナを連れて地下室へと行く。


「ひー、恐い怖い。何も怒鳴らなくてもいいでやんす。恐い人でやんす。とりあえずそこら辺の部屋に放り込んでおけばいいでやんすかね」


 とぶつぶつと言いながら部下の男は適当な部屋を見つけマジーナを放り込む。


 暗く日の当たらないジメジメした部屋に放り込まれマジーナはシクシクと泣き出す。


 どうして自分がこんな目に合うのだろうか? 自分は街で買い物をしていただけだったのに。だというのに変な輩に護衛を殺され誘拐されてしまった。


 ――誰か助けて。お父様、お兄様達……もしくは執事のセバスチャン。誰でもいいから助けて。


 誰かこの泣き声を聞いて助けに来て欲しいという思いを込めて泣き続けるマジーナ。


 そんなマジーナ思いは違う形で届く。


「うるさい」


「……ひっぐ?」


 自分しかいないいないと思っていた部屋から別の人間の声が聞こえてきた。


「……だ、だれなのだ?」


 声の主が誰なのか恐る恐る訊ねるマジーナ。


「誰だっていいだろ。それよりもお前、さっきから泣いてばっかでうるさい。こっちが寝れないだろ」


 目が暗闇になれてきたせいか声をかけてきた人物の顔が見えた。


 声をかけてきたのは自分と同い年ぐらいの少年だった。少年の身なりはさっきの男達もよりも小汚く服と言うよりも布を着ているといった感じだ。そして目につくのは少年の目。まるでこの世の全てを呪うかのような淀んだ目。周囲に愛されて育ったマジーナとは全く違った目をした少年だった。


 マジーナの周りにもこれほど淀んだ目つきの人間は見たことはなかったが、マジーナはその少年に怯えるよりも怒りの感情の方がやや強かった。


「ひどい! ひどいひどい! ひどいなのだ君は! かわいいい女の子が泣いているのになんでそんなひどいことが言えるのだ!」


 自分と歳が近いとわかったせいだろうか、マジーナ八つ当たり気味に少年に文句を言う。


「あいにく俺には優しく声をかけてくれる人間なんていなかったからな。お前が望むような言葉は知らない」


 突き放すような言葉を言う少年にマジーナは喰ってかかる。


「なんなのだ君! だったらわたしが教えてあげのだ! こういう時は大丈夫、とか、元気だして、とか、僕の胸で泣きな、とか言うのだ! ほら、言ってみるのだ!」


「やだ」


「いいから言うのだ! じゃないと一晩中泣き続けるのだ!」


 と無茶苦茶なことを言うマジーナ。


 これには少年も困ったようで渋々ながらマジーナの言った言葉をかける。


「だ……だいじょうぶ?」


 言いなれない言葉のせいか、少年は少し恥ずかしそうに言うが、マジーナにとっては関係ないようでその優しい言葉に涙し溜めていた感情を少年にぶつける。


「大丈夫じゃないのだ! 気付いたら恐いおっさんにビンタされたり脅されたりして恐かったのだ! 今でもほっぺたが痛いのだ! ジンジンするのだ! 早くお家に帰りたいのだ。もう嫌なのだ!」


 涙どころか鼻水まで垂らしながらわめくマジーナに少年はマジーナの方へと歩み寄り手をマジーナの顔へと近づける。


「……っ!」


 うるさくし過ぎてさっきの誘拐犯の男のようにビンタされる。そう思い歯を食いしばるが、一向に痛みはやってこない。それどころかさっきまでジンジンと痛んでいた頬の痛みが和らいでいく。


「どうだ? 痛みは引いたか?」


「……うん。引いたのだ。でも何でなのだ?」


「充血した血を正常に戻しただけだ」


「じゅうけつ? それはどんなお尻なのだ?」


「……お前、バカだろ」


 ポカンとした表情で首を傾げるマジーナに少年はあきれるように言う。


「むむむ! バカとは失礼な! むずかしいことをいう君が悪いのだ! そうやってかんたんに説明できることをむずかしく言うやつはたいてい頭が悪いってお兄様が言っていたのだ」


「頭が悪いくせにそういう知識はあるんだな」


 と小馬鹿にする少年だったがこのまま頭が悪いとこ思われるのも癪だったので簡単に説明してやることにする。


「フォルスの力を使ったんだ」


「なるほど。フォルスの力か。それならば納得なのだ」


「それで納得できるお前がすごいな」


「いやー、そんなにほめても何もでないのだ。でもいいやつなのだな君は」


 と褒められたと勘違いして舞い上がるマジーナ。


「褒めてないんだけどな」


「やっぱいやなやつなのだ君は」


 悪く言われてコロッと評価を変えるマジーナ。


「しかし何のフォルスかわからないけどすごいフォルスなのだな」


 マジーナは少年の評価は低くするが素直に少年の力は評価する。


「すごくなんかない。俺のフォルスは血を自在に操る呪われた力だ。こんな力があるおけで俺は周囲から化物と呼ばれ迫害されてきた」


「……はくがい?」


 聞いたことのない言葉にマジーナは眉を寄せて考える。そして何か思い当たったのかハッと閃いたことを口にする。


「あーあれな。白くて海にいる潮を噴くでっかいやつのことだな」


「それは白鯨だ。全然違う」


「むー、君の言うことはいちいちむずかしくて困るのだ。ともかくわたしは君のフォルスはきらいじゃないぞ。むしろ好きだ。だってほら、さっきまで痛かったほっぺたが痛くないのだ。それにさっきまでこわかったのにあんまりこわくなくなったのだ」


「……お前って単純だな」


 やれやれと首を横に振る少年。


「そんなことないのだ! わたしはふくざつなのだ! ふくざつな乙女心ってやつなのだ!」


「やっぱお前バカだな」


「君のフォルスは好きだが君はきらいなのだ」


 ツーンとマジーナはそっぽ向く。


 とそこへ複数の足音がマジーナのいる部屋の前へやってくるなり怒鳴り散らす。


「さっきからゴチャゴチャうるせえな! 少し痛い目をみせないとわからねえようだな」


 やってきたのは誘拐犯の男。その手にはムチのようなものが握られている。そしてそのわきに屈強そうな男の姿もあった。


「……っ」


 さっきまでの楽しそうにしていた顔は消え失せ恐怖でガタガタと震え怯えるマジーナ。


「今更怯えてもおせーんだよ! おらっ!」


 怯えるマジーナに誘拐犯の男はムチを叩きつけるが……そのムチはマジーナの身体には当たらない。その前にムチは何者かによって掴み取られたのだ。


「ああん? なんだお前は?」


 誘拐犯の男はマジーナに当たる直前にムチを掴みとった少年を忌々しそうに睨み付ける。


「……」


 少年は何も答えず誘拐犯の男を睨み返す。何も答えない少年の代わりに誘拐犯の男の近く似た小太りの男が答える。


「クルトン伯爵。こいつはとある村で気味が悪いとかで二束三文で売られた孤児のガキですわ。生意気なやつだったんで飯も与えずここに閉じ込めていたんですわ」


「ふんっ。ただのガキがこの私を睨み付け返すなど生意気だ。教育し直してくれる。お前らやっちまえ」


 誘拐犯の男に指示を出され屈強しょうな男達が少年に襲い掛かる。


 相手は成人した大人、それも鍛え抜かれた人間だ。まともにやって五歳児程度の幼い子供が勝てるはずがない。


 マジーナも自分助けてようとしてくれた少年が痛い目を見ると思うと辛くて見ていられず目を逸らしてしまう。


 そしてその数秒後にドサリ地面に倒れ伏す音が二つ。


 ――二つ?


 一つではなく二つということに疑問を感じたマジーナが視線を戻すと、そこには地面に倒れ伏す屈強な男の姿が二つ。少年はその姿を見下していた。


 何がどうなったのかわからないマジーナだったが、それは向こうも同じで屈強な護衛がなぜやられたのかわからず驚いていた。


 そんな誘拐犯の男に少年は近づくと誘拐犯の男の胸にを手を当てる。すると誘拐犯の男は突然苦しみだし倒れてしまった。そのまま少年は小太りの男も同じように倒した。


「へっ?」


 何が起きてるのかわからないマジーナ。


「ころ……しちゃったの?」


 とりあえずそんなことを口にする。


「殺してない。酸素欠乏症を起こして強制的に気絶させただけだ」


「さんそけつぼーしょー? それはどんなお尻なのだ?」


「ケツがついたら全部尻だと思う思考回路なんとかしろバカ」


「バカっていったやつがバカなのだ!」


「はいはい、ってかお前は俺が恐くないのか?」


「こわい? なぜなのだ?」


「だってこんな小さい子供があっさり大人をのしたんだぞ。普通気味悪がるだろ」


「なんでなのだ?」


 少年が説明してもマジーナはポカンと首を傾げる。その様子に少年は困ったように頭を掻く。


「何でって……」


「だって君はわたしのヒーローなのだ。わるいやつを倒してくれたのだからこわがることなんてないのだ」


「ヒーロー?」


「ヒーローは強いのだ。だから君が強くてとうぜんなのだ」


 えっへんと胸を張ってこたえるマジーナ。


「……はぁ。お前を見ていると悩んでいる自分がバカらしくなってきた」


「それは君がバカだから仕方ないのだ」


「お前に言われるとなんかむかつくな」


 マジーナにバカと言われて少年はムッとする。そして少年はスタスタと歩き出す。


「どこにいくのだ?」


 マジーナは置いてかれると思い少年を呼び止める。


「どこって帰るんだろお前の家に。さっきうちに帰りたいって喚いていただろ。家まで送ってやるからもう泣くな」


「本当に?」


「ああ、ピーピー泣かれたろくに寝れやしないからな」


「べ、別に泣いてなんかいないのだ! あれはあれは……オナラなのだ!」


 泣いていたことを隠そうとそんなことをマジーナは言い出す。


「そっちのがひどいだろ」


「うっさいのだ! お前はいやなやつなのだ。でもいいやつでもあるのだ」


「どっちなんだよ。言ってることが支離滅裂だぞ」


「しり分裂? 何なのだそれは! 恐いのだ」


 とお尻に手を当てるマジーナ。


「俺が知りたいよ。ほら、喚いてないで行くぞ」


 喚くマジーナの相手はしてられないと考え少年は部屋から出て行こうとするが、マジーナに呼び止められる。


「待つのだ!」


「どうした」


「手を……握って欲しいのだ」


「どうして?」


 少年はマジーナがどうして手を握って欲しいのかわからず問う。


「だって君は手を握っていないとどっかに行ってしまいそうなのだ。不安なのだ」


「別にお前が家に帰るまでどこにもいかない。だから手を握る必要はないだろう」


「それでも手を握って欲しいのだ」


「……」


 折れる気のないマジーナに少年は自身の手を見つめる。


「本当に俺なんかが手を握っていいのか?」


「何を言っているのだ。わたしが握って欲しいと言ってるのだ。問題はないのだ。問題があるとするなら君がちょっと臭いということぐらいなのだ。まあそれぐらい目を瞑ってやるのだ」


「お前ってやつは本当に変な奴だな」


 少年はそう言ってマジーナに手を差し出す。マジーナは少年の手を握り締める。不思議と少年の手は暖かくマジーナの心を優しく包み込んでくれるような気がした。そのせいか今までの恐怖が嘘のように消えていた。


「やっぱ君はいいやつなのだ」


「はぁ?」


「言い忘れてたけど助けてくれてありがとうなのだ」


 屈託のない笑みを浮かべて感謝を述べるマジーナ。


「……っ」


 感謝をされて目を見開いて驚く少年。そんな少年が気になったのかマジーナが訊く。


「どうしたのだ?」


「何でもない。何でもないけどこういうのも悪くないなって思っただけだ」


「ん? いみがわかんないのだ」


「だったら訊くな」


 と少年は言うとマジーナを引っ張りながら家まで送り届ける。


 ……。


 …………。


 ………………。


「んーん! 久しぶりにあの時の夢をみたのだ」


 目を覚ましたマジーナは夢のことを思い返し笑みを浮かべる。


「まさかあの少年がジャックだったとは驚きなのだ。確かに思い返してみれば目つきの悪いところとか生意気なところとかが変わってないのだ」


 昔のジャックと今のジャックと比べて変わりがないことにどこか安心するマジーナ。


「あの時は家まで送るとジャックはすぐにいなくなっちゃってお礼も出来なかったし、名前も聞き忘れてて探しようがなかったのだ。だけどあんな田舎の村で再開するなんてまるで運命みたいなのだ。うひゃー!」


 自分で運命とか言って恥ずかしくなったのかマジーナは枕に顔をうずめる。


「さ、さて、今日からいよいよわたしの美食ハンターとおしての生活が始まるのだ。ジャックはわたしに再開したらなんて言うだろうか? ちょっと楽しみなのだ」


 ルンルン気分で布団から出るとマジーナは髪を整え服を着替えて出発の準備を始める。


「うん! ばっちしなのだ」


 自身の姿を鏡で確認し嬉しそうに頷くマジーナ。そこへ扉を叩く音が聞こえてくる。


「お嬢様。朝食の準備が整いました」


「今行くのだ!」


 そう言ってマジーナは部屋を飛び出した。

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