6話
「驚いたな。まさかサンプルがああもあっさり倒されるとはね。だがしょせんあれはまがい物。せいぜいCランクの魔物と同等ってとこで本物の実力には遠く及ばないから仕方がないか」
切り立った崖の上から遙か遠くにいるジャック達の様子を観察していた人物は苦笑しながら肩をすくめる。
「しかしまがい物とはいえあの赤獅子のバロンを呆気なく倒した男、不思議なフォルスを使う。水のフォルスと類似しているが違うな。水のフォルスではあそこまで瞬時に生成できないし形も形成できない。もっと人と親和性の高い液体……なるほど。あれは血を操っているのか」
と結論を出すと興味深そう口角をあげる。
「血ならば生成する必要もないし操作するのも水に比べればはるかに容易い。にしてもあの男は戦い方を見る限り高位のハンターのようだが……なぜ高位のハンターがこんな片田舎に出張ってくる? こちらの動きが読まれたか?」
顎に手を当てながら思案をするがすぐにそれを否定する。
「いや、こちらの隠蔽は確実のはずだ。サンプルにはオークを狩り過ぎないよう調整し美食ハンターどもに勘付かれないようにしていたし、バレるにしても当分先だったはずだが……」
自分の計算が狂ったことに訝しむが、この人物とて恋する男子が好きな人に貢ぐためにわざわざ危険な森に入ってオークを狩っていたなど予想もできるわけもなく、そのせいで予定よりも早く異変に気が付いた美食ハンターがやってくることなど予想もできなかったことだ。
「まあいい。どうやら向こうはこちらの様子に勘付いたみたいだし見つかる前にこの場から逃げないとね。さすがに今の手駒ではあの男とやりあってもこちらに勝ち目はない。私はまだこんなところで終わるわけにはいかないのだから」
☆
「ぬあ――――――!」
ジャックの手によって村に運ばれたマジーナはベッドの上で目が覚めるなり奇声をあげる。
「見つけた! 見つけたぞ!」
興奮したように叫ぶマジーナだったが見慣れぬ周囲の景色に思わず首を傾げる。
「――ん? ここはどこだ? さっきまでいた森ではないようだが……」
「ここはあたいの家さ」
と声をかけてきたのは壁に背を預けたリリシア。
「むむむ! お前はあの食堂の店主か」
「そうさ。ジャックがあんたを背負ってうちまで連れてきてくれたんだ。あいつに感謝しなよ」
「そうだった。わたしはフォルスの使い過ぎで気を失ったんだ。あとでジャックに礼を言わねばな」
とマジーナは殊勝な態度で言う。
「ところでそのジャックはどこにいるんだ?」
「ジャックかい? ジャックはなにしてんだろうね。タゴサックの話じゃ急用ができたって言ってたけどね。あんたを運んだらそそくさと出て行ったよ。あいつは昔っからあたしらに詳しいことを話さないからね。ホント、何してんだか」
リリシアは出来の悪い弟を心配する姉のような表情を浮かべる。
「そうか。ならいつ頃帰ってくるのだ?」
「さあね? あいつは昔っから一つのところに留まらずに各地を転々としてるからね。この村に来たのだって数年ぶりだったしね」
リリシアは肩をすくめて答える。
「それは困る! なんとかしてジャックと連絡を取りたいのだが」
マジーナは困ったようにリリシアにすがる。
「といってもねぇ……。あんたも何であいつに会いたいのさ? あいつに惚れたのかい?」
「なっ、ななななにゃにを言うのだ!」
リリシアの言葉にマジーナは顔を真っ赤にして反論する。
「あの男にはそんな感情など持ってにゃいぞ! ただあの男に昔命を助けてもらったからその礼を言いだけにゃのだ! 本当はハンターになって探そうとしたのだがまにゃかこんにゃところで再開するにゃんて! かといって探したいほど好きだとか結婚したいとかそういうんじゃにゃいんだからな!」
「わかったわかった。……これが若さかぁ」
明らかに動揺するマジーナを宥めつつリリシアはどこか切なそうにため息を吐く。
マジーナの話から察するにこの娘は昔ジャックに助けられた礼を言うためにジャックを探すためにハンターになろうとしていたようだ。確かに人を探すのなら各国を自由に行き来できるハンターの方が有利だろう。
恋に疎いリリシアとてそこまでの事情を聞けばマジーナの想いをだいたい察することができる。おそらくマジーナからすればジャックは窮地を助けてくれた王子様といったところなのだろう。マジーナの身なりからいいところお嬢様で世間知らずっぽいのだからなおさらだろう。
しかし相手が悪い。過去に色々とあり極端に人と距離を置きたがるジャックが相手ではその恋心が実るかどうかは怪しいものだ。その証拠にジャックはマジーナのことを男だと勘違いしていたほどだ。
「まあそこまでジャックに会いたいって言うなら方法はなくはないんだけどね」
それがきっかけでジャックが変わるのならばそれはそれでいいのかもしれないと思いリリシアはマジーナにある提案をする。
☆
ジャックがそこにたどり着いたのは赤獅子のバロンと遭遇して三日が過ぎた頃だった。
広大な森の奥で岩山をくりぬいて作られたその洞窟は、入口が巧妙に隠されておりかなり注意深く探さなければ見つけるのは難しい場所だった。
どう考えても自然に出来た洞窟ではない。となればそこは誰かが使っていたということだ。おまけに劣化は少なくここ最近作られた場所だと容易に想像できる。
「ちっ! 遅かったか」
ジャックはその洞窟に入るなり悪態をつく。
ジャックが洞窟の中を入るとすでに人の気配はなく、中にあったであろう重要な書類や機材は持ち出され残っているのは家具や使い道のわからない実験道具ばかり。
マジーナとタゴサックを村まで送り届けなければここにいた人物を捉えることもできたかもしれないと歯噛みする。しかしあの場で二人を置いてこの場所を探っていれば二人の命も危うかった。
マジーナはフォルスの使い過ぎて気絶して戦えなかったし、タゴサックもフォルスを使ったばかりでまともに戦うことはできない。タゴサックだけならばまだ慣れているからなんとかなったかもしれないが気絶しているマジーナを連れて危険な森の中を行かせるもの危ない。となるとジャックが送って行くしかあの時はなかった。
それについてはもう悔やんでも仕方がないとあきらめ何か手がかりがないか洞窟を探索する。
洞窟を探索していると残されたガラスの器材の中には培養液に浸かった赤獅子のバロンの姿があった。
「やっぱりあの赤獅子のバロンは錬生術師が作った人口生命体だったか」
培養液に浸かった赤獅子のバロンの姿にジャックは赤獅子のバロンと戦った時に感じていた違和感の正体に確信する。
「魔物の錬生は五年前のあの事件以降からこの国では完全に禁止されていたはずだがな……」
ジャックの言うあの事件とは、錬生した魔物を軍事力に転用するために研究していたがその制御に失敗し錬生した魔物が暴走したおかげで王都に大打撃を受けた事件のことだ。当然軍事用に錬成した魔物が暴走したなどと言えなかった国は、表向きは魔物による奇襲として誤魔化した。
そしてそれ以降は魔物を錬成することは禁忌とし、研究予算を回収するために極秘に食用の家畜を錬生することになっていた。それが特級ポークの実態だ。
「ここにいた錬生術師はその禁忌を破っていったい何を企んでいやがるんだ……」