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5話

「バカな!」


 あれだけ自分が苦戦したオークを一撃で倒したことに衝撃を受けるマジーナ。


 そんなマジーナにジャックは言う。


「言っておくがタゴサックのフォルスは力のフォルスだ。お前のような特別なフォルスじゃない」


「力のフォルスだと? そんなありきたりのフォルスであのタフなオークを一撃で倒したのか?」


 マジーナは信じられないといった口調でジャックに聞き返す。


 力のフォルスといえば身体能力が少しだけ上昇するフォルスで珍しいフォルスでもない。むしろありふれすぎて注目されることのないフォルスだ。ハンター協会が出しているフォルスのランクではFランクに当たるほどだ。


「タゴサックはオークとすれ違いざまにフォルスを発動してオークの突進をかわし、突進してくる勢いを利用して首を斬り落としたんだ。タゴサックのフォルスは平凡的なフォルスで効果時間も数秒と短い。だがフォルスは使い方次第ではオークを一撃で屠ることもできる。タゴサックはお前みたいにただフォルスを連発するだけとは違うんだよ」


「……むむむ」


 手厳しい指摘を受けて何も言い返せないマジーナ。そんなマジーナにジャックは淡々とした口調で言う。


「オークってのはあんなナリのくせにストレスに敏感だ。ストレスを受けると肉の味が悪くなるのはどの生き物でも同じだがオークは特にそれが顕著に表れる」


「それがどうしたというのだ」


「オークは戦闘で攻撃を喰らえば喰らうほど肉の味が悪くなるんだよ。それも驚くほどにな。お前のように戦えば肉の味が劇的に悪くなるし市場に回るオーク肉がまずいも似た理由からだ」


「つまりオーク肉を美味く食べるには一撃で仕留めろと言いたいのか? あのタゴサックのように」


「そうだ」


 オークはタフで一撃で仕留めるのはかなり難しい。そんなオーク相手にストレスを与えることなく殺すことができる人間はそう多くはない。それにたとえいてもオークを好んで殺そうという人間も少ない。


「だがさっきも言ったがタゴサックのフォルスはお前と違って平凡なフォルスで何度も多用もできない。今も難なく倒したかのように見えるがタゴサックからしてみれば失敗すればすぐ死に直結する危険な狩りだ。今は俺がフォローに入ることができるがタゴサックは普段から一人でオークを狩ってるんだ」


「……」


 ジャックの言葉にマジーナは神妙な表情を浮かべる。


「……そうか。わたしがあのオーク肉を侮辱するということはあの男が命をかけて行っている行為をも侮辱することだとお前は言いたいんだな」


 マジーナは自分の行動を振り返り反省する。それと同時にジャックがそのことを伝えるためにわざわざ食べ比べをさしたのだと察する。


「お前は顔に似合わずいいやつなんだな」


「ふんっ、別に俺はただお前みたいな美食気取りの自惚れているようなやつの鼻っ柱を折りたくなっただけだ。だいたいお前ら王都の連中は新鮮な物ほど美味いと勘違いしているが肉に限っては違う。死んだばかりの肉は筋肉が固くなって不味いんだよ。だから肉はしばらく寝かせて熟成させておく必要があるんだ。そんなことも知らないやつが偉そうに食を語るな」


「むう。お前はやっぱ嫌な奴だ」


 そっぽ向きながら冷たく突き放すように言うジャックにマジーナは言い返すことができず拗ねる。


 しかしタゴサックにも悪いことをしたと反省しているようで、マジーナは謝罪するためにタゴサックの方へと足を向ける。


 一方のタゴサックはマジーナに言われたことなど忘れニヤニヤと相互を崩し鼻歌を歌いながらオークの血抜きを行っていた。


「……」


 傍から見てもやっぱり気持ち悪いと思いつつもマジーナはタゴサックに謝ろうとするが……。


 そこへ木々を掻き分けて急接近する一つの影があった。


「おい!」


 その影の存在にいち早く気が付いたジャックが慌ててマジーナに声をかける。


「む? ――なっ!」


 ジャックの声でマジーナもその存在に気が付く。


 全長五メートルはある巨躯、黄金にたなびくたてがみ、赤い毛に覆われた体毛、人などたやすく噛み切ることのできる巨大な牙、ヘタな刃物よりも切れ味のある鋭利な爪、そして特徴的な赤い顔。


「赤獅子のバロンだと……」


 マジーナが恐怖を入り混ぜながら呟く。


 赤獅子のバロンは森の王と呼ばれBランクに該当する危険なモンスターだ。巨躯に似合わない素早い身のこなしに鋭利な爪から繰り出される斬撃は強力で並みのハンターでは手も足も出ない。


 Fランクに該当するオークに苦戦するような今のマジーナでは到底勝てるような相手ではない。


「ちっ! バカ野郎」


 今にも赤獅子のバロンが自分に襲い掛かってきているというのに敵の姿に驚いて逃げることを忘れているマジーナにジャックは舌打ちする。


 そして同時に走り出すジャック。


「どいてろ!」


「ぬわ」


 どうやったのか一瞬でマジーナの元にやってきたジャックはマジーナを突き飛ばす。


 ジャックがマジーナを突き飛ばした瞬間、接近してきた赤獅子のバロンが放った攻撃がジャックに襲い掛かる。


 前足を振り払うように繰り出された一撃。たったそれだけだが巨躯から繰り出されるその攻撃は生身の人間にとっては致命的な一撃だ。


「……ぐっ」


 マジーナを突き飛ばすことを優先したせいで迎え撃つ態勢でなかったジャックはそれを真正面から受け、衝撃を逃がし切れず吹き飛ばされる。


 そしてあまりに強力な一撃にジャックは木々を突き破り森の奥へと吹っ飛んで行った。


「お、おい!」


 マジーナはジャックが吹き飛ばされた方角を呆然と眺める。


 あの一撃をまともに喰らって生きてはいない。


 自分をかばったせいで誰かが死んでしまったことにマジーナは動揺する。


「ガルルルル」


 だがそんな感傷に浸ること時間を敵は与えてくれない。


「……っ!」


 次は自分が殺される。


 マジーナはそう思ったが、赤獅子のバロンの獰猛な視線はマジーナからオークの血抜き作業をやっていたタゴサックへと移る。


 だというのに当のタゴサックは未だに嬉々とした表情で血抜き作業に没頭しており赤獅子のバロンの存在に気が付いていない。


「まずいのだ!」


 マジーナも赤獅子のバロンの狙いが自分からタゴサックに移ったのがわかり慌てる。


 ジャックの話を聞く限りタゴサックのフォルスは何度も多用ができない。ならばさっきのオークを倒すのにフォルスを使ったタゴサックはフォルスを使うことができない。


 いくらオークを一撃で倒せようとも人間がフォルスを使わずにモンスターを倒すのは厳しい。ましてや相手はBランクのモンスターが相手だ。


 そう思った瞬間マジーナは震える足を前に出しフォルスを発動させる。


「お前の相手はこの私だ! キーンエッジ」


 白銀の刃が赤獅子のバロンへと向けて出現するが、それが赤獅子のバロンに当たることはなかった。


 赤獅子のバロンは白銀の刃が完全に出現する前に素早い身のこなしでかわしてしまう。


「まだまだ!」


 ここで倒さなければやられる。そう思いマジーナは残った力を振り絞って次々と白銀の刃を出す。


 赤獅子のバロンを追いかける様に連続で出現する白銀の刃。


 しかしその刃は赤獅子のバロンが通った後ろを追う様に出現するだけで赤獅子のバロンの身体を傷つけることは叶わなかった。


「……はぁはぁ」


 それどころかフォルスの使い過ぎによりマジーナは呼吸が荒くなりどんどんと辛そうな表情を浮かべる。


「ガルルル」


 今まで回避に徹していた赤獅子のバロンも弱りきったマジーナを見て好機だと思い攻撃に移る。


「……させるか。キーンエッジ」


 迫りくる赤獅子のバロンの姿を視認してマジーナは白銀の刃を出現させようとするが白銀の刃は出現しない。


「……ぐっ」


 おまけに気力を使い果たし片膝をつく。


 もう立つことすらできる体力はなく意識を保つのがやっとな状態だった。


 そんなマジーナ目がけて赤獅子のバロンが口を大きく開けて噛みつきにかかる。


 ここまでなのか。


 マジーナは死を前にして目を閉じ悔しそうに歯を噛み締める。


 ……。


 …………。


 ………………。


「……?」


 死を覚悟したマジーナだったがしばらく経っても死は訪れない。


 不思議に思いマジーナはおそるおそる目を開ける。


「ガルルルル!」


「ひっ!」


 マジーナの目の前には憤怒の表情でマジーナを睨み付ける赤獅子のバロンの姿があった。今にでもマジーナを食べようと口を大きく開けている。


 しかし赤獅子のバロンはその場からそれ以上動くことはできず、マジーナに噛みつこうと口を開けたり閉めたりするがカチカチと歯が当たる音だけが虚しくこだまする。


 よく見ると赤獅子のバロンの身体には無数の赤い鎖のようなものが雁字搦めのように絡みついている。


 どうやらこの赤い鎖が赤獅子のバロンの動きを封じているようだ。


 赤獅子のバロンも必死に赤い鎖を振りほどこうとするが鎖が振りほどける様子はない。


 そんな中、あきれたような声でこちらに近づく一人の男の影が。


「ったく、タゴサックを助けようとした心意気は買うが身の丈はちゃんと考えろよ」


「お前は……」


 マジーナは驚きのあまり目を見開く。


 そこにいたのはさっき赤獅子のバロンの一撃を喰らって死んだと思っていたジャックだった。ジャックに目立った外傷はなく吹き飛ばされた時についた葉っぱが髪に乗っている程度だった。


「生きて……いたのか」


「当然だ。こんなやつに殺られるほどやわじゃないんでな」


 そう言うとジャックは右手を引っ張るように下から上へと振り上げる。ジャックの右手には赤獅子のバロンを拘束していた赤い鎖が握られており振り上げたことで拘束が強まり赤獅子のバロンが苦痛に悶える。


「グルアアア!」


 赤獅子のバロンは目を血走らせながらジャックを睨みつける。並みの人間ならそれだけで威圧され恐慌状態になりかねないほどの殺気だ。しかしジャックはその視線など意に介さず冷静に考察する。


「赤獅子のバロン。本来ならこんな森にいるようなモンスターじゃないんだがな。だがどうやら最近オークの数が減っている原因はタゴサックではなくこいつか」


 Bランクモンスターの赤獅子のバロンのようなモンスターが相手ではオークなど餌でしかない。


 急激にオークの数が減っていたのはタゴサックが狩り過ぎたのではなく赤獅子のバロンによって捕食されていたためだった。


「お前には悪いがこのままほっとけば生態系が乱れるからな。ここで死んでもらうぞ」


 そう言うやいなや赤獅子のバロンを拘束していた赤い鎖のようなものが霧となって霧散していく。


「ガルァァァアアア!」


 拘束を解かれた赤獅子のバロンは怒りでジャックしか見ておらずマジーナやタゴサックを無視し、怒りの形相で自分を痛めつけたジャックへと襲い掛かる。


 巨大な牙、鋭利な爪、大柄な体躯。


 それら全てを駆使ししてジャックを殺そうとする赤獅子のバロン。


 だがそんな赤獅子のバロンの攻撃はジャックには届かなかった。


 ジャックへと差し迫った赤獅子のバロンが鋭利な爪を繰り出そうとした刹那、どこからともなく現れた深紅の刃が赤獅子のバロンの眼球に突き刺さる。本来の赤獅子のバロンでならば十分にかわせた一撃だったが、怒りで視野が狭くなった赤獅子のバロンはジャックの放った刃に気が付くことができなかった。


「グルガアアアア!」


 あまりの激痛に悲鳴をあげる赤獅子のバロン。


「これで終わりだと思うなよ」


 そして痛みで動きを止めた赤獅子のバロンへジャックの次なる攻撃が襲い掛かる。


 赤獅子のバロンを包囲するかのように四方八方に出現する大量の深紅の(やじり)


 深紅の鏃は出現すると同時に赤獅子のバロン目がけて降り注ぐ。


 小さな鏃とはいえ雨のように降り注がれればたまったものではない。おかげで赤獅子のバロンの白い体毛は血で真っ赤に染まって行く。


 一度に大量の血を失ったバロンは逃げようと覚束ない足取りで後ずさるが……。


「逃がすと思ったか」


「……!」


 声を追って赤獅子のバロンが上空を見上げるとそこには深紅の剣を自身に向かって振り下ろすジャックの姿があった。


「これで終わりだ」


 とジャックが冷めた口調で言うと赤獅子のバロンの眉間を深紅の剣が貫く。


「…………」


 ドサリと音を立てて地面に力なく倒れこむ赤獅子のバロン。


「……やっぱりこいつは」


 ジャックは赤獅子のバロンの亡骸を見ると考え込むが、すぐに意識を赤獅子のバロンから倒れこんでいるマジーナへと向け、マジーナの元へ歩き出す。


「おい、生きてるか」


「……っ」


 マジーナは今にも閉じそうな目でジャックの姿を見据えながらかすれた声で訊ねる。


「もしや……お前のフォルスは……血の……フォルスなのか?}


「……」


 マジーナの質問にジャックは自分のフォルスの正体がマジーナに勘付かれるとは思っておらず眉を吊り上げる。


 マジーナの言う通りジャックのフォルスは血を自由自在に操ることができる血のフォルスだ。


 赤獅子のバロンの攻撃をまともに喰らって無傷だったのも肌の表面を血の鎧で覆うことでダメージを防いだからだ。他にも色んな武器が瞬時に出現したのも血のフォルスによる力だ。


 しかし血のフォルスは力のフォルスや刃のフォルスのように使い手が何人もいるフォルスと違い、世界で一人しか使い手のいない極めて異例なフォルスなのだ。それゆえにあまり(おおやけ)にされていないフォルスなのだ。


 そんなフォルスの正体をマジーナは初見で見破ったことをジャックは疑問に思う。


 それについて問いただそうとするが、肝心のマジーナは気力を使い果たし気絶してしまい話が出来なくなっていた。


 どうしたらいいものかと考えるジャックだったが……。


「まあいいか」


 よくよく考えれば勘の鋭い人間なら深紅の色や鎖に刃と自在に変化するところから気がついてもおかしくはない。


 なによりジャックは別に自分のフォルスを隠す気はないしこれからマジーナとも会うこともないと考えマジーナのことは気にしないでおくことにした。


 そしてジャックは視線を気絶しているマジーナから嬉々とした表情でオークの血抜きを行うタゴサックへと移す。


「おいタゴサック」


「ん? なんだべ、ジャ……ックゥ! なんかすごいもんが倒れてるだべ!」


 オークの血抜き作業に夢中になっていた恋する男子のタゴサックだったが、ジャックに呼ばれて振り返ると血塗れの死体となった赤獅子のバロンの姿に驚愕する。


「はっ! もしやジャックはそれをリリシアにプレゼントする気だべか!」


「するか」


 タゴサックの勘違い発言にあきれながら突っ込むジャック。


「第一こいつはな……」


「こいつは?」


 突然言葉を区切るジャックを不思議に思いタゴサックは聞き返すがジャックは首を横に振る。


「いや、なんでもない。それよりも急いでリリシアの食堂に戻るぞ。そこのちんちくりんをリリシアに預けたら俺はすぐに調べないといけないことができた」


「わ、わかったべ」


 慌ただしそうにするジャックを見てオークの血抜き作業を諦めマジーナを背負ったジャックの後についていった。

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