4話
「あのオークはこの森で狩ったものなのか?」
「ああ」
マジーナの質問にジャックが頷いて答える。
食堂をあとにした一同はオークを狩るためにカナイの森へとやってきていた。
一同といってもリリシアは夕飯の仕込みがあるので来ていないのでジャックとマジーナ、そして目が死んでいるタゴサックの三人だ。
「ちなみにお前が食ったオークを狩ったのはタゴサックだ。なあ?」
「……イモ」
ジャックがタゴサックに話を振るがタゴサックは虚ろな目をして返事をする。どうやら心の傷が深いようでさっきからずっとこの調子だ。おまけに時折り幸せがごっそりもってかれそうな盛大なため息を吐くのだ。これにはジャックもマジーナもタゴサックの扱いに困っていた。
「はぁ。いい加減元気出せよ」
あまりの落胆ぶりにジャックが励ます。
「そ、そうなのだ! イモは栄養価も高くてわたしはいいと思うのだ!」
さすがのマジーナもタゴサックの尋常じゃない落ち込みっぷりをみて必死に励まそうとしていた。まあそれが励ましになっているのか微妙なのだが。
「……イモ」
ジャックたちの励ましもむなしくタゴサックの心はどんどん沈んでいった。
「……うう。なんかごめんなさいなのだ」
さっきまでの生意気な口調はどこえやら、あまりに落ち込むタゴサックを見てマジーナが申し訳なさそうに謝る。
「……イモ」
しかし謝ったからといって自体が好転するわけでもなくタゴサックは相変わらず落ち込んだままだ。
「……うう」
マジーナもそんなタゴサックに影響されて落ち込みだす。
そのせいで重たい雰囲気が辺り一帯に漂う。
「……なんなんだこれは」
妙な状況にジャックは呆れかえる。
本来ならタゴサックがオークを狩るところをみせてマジーナに実力の差をみせるはずだったのだが、当のタゴサックは意気消沈で生意気だったマジーナもへこんでいる。
「ん?」
とそこへ茂みの奥からオークが一匹飛び出してきた。
どうやらオークはこちらの存在に気が付いており臨戦態勢に入っていた。
「むむむ! オークか。ちょうどいい。わたしの力をみせてやる」
敵が出てきたことで元気を少し取り戻したマジーナがオークを迎え撃つ。
「いでよ! キーンエッジ」
マジーナがそう叫ぶとどこからともなく白銀の刃がオークの眼前に出現する。
「刃のフォルスか」
突然現れた白銀の刃を見てジャックがそうコメントする。
フォルス。それは天より与えられし奇跡の御業。この世界に住んでいる誰もが一つは力を宿しその力の内容は火を出現させたり身体能力をあげたりと人によって様々だ。
そしてマジーナが宿した力は刃のフォルス。何もないところから刃を出現させることのできるフォルスだ。
「ふふん、どうだ恐れ入ったか。わたしのフォルスは百万人に一人しか顕在しない貴重なフォルスだからな」
戦闘中だと言うのに余裕を見せるマジーナ。
それもそのはず。大半の人がフォルスを使えるがそれは日常生活程度の力しかなく戦闘で使えるほどの威力を持つフォルスは非常に少ない。マジーナの生み出した白銀の刃の切れ味は相当なもので当たればかなりのダメージを与えることになる。
「ああ。だが当たらなければ意味がない」
「なにっ!」
ジャックに指摘されてマジーナはオークに視線を向ける。
するとオークは突然現れた白銀の刃を紙一重でかわしていた。
オークといえば本来鈍重な生物だが、マジーナの予想よりもオークの反応は早く刃のフォルスの出現を本能的に察知したオークは刃をかわしていた。
「くっ! オークのくせに!」
思わず悪態をつくマジーナ。
「ぶもももおおお!」
白銀の刃をかわしたオークはそのままマジーナへと突進してくる。
「喰らえ! キーンエッジ!」
さきほどよりもオークが近づいてきたことで白銀の刃の出現する早さも上がるがそれでもオークの厚い皮膚をかすめた程度でオークの突進は止まらない。
そしてオークの皮膚をかすめた白銀の刃が光の粒子となって消えていくと、マジーナはもう一度キーンエッジを出現させる。
「……ぶぎっ」
再び出現した白銀の刃はぶすりとオークの厚い皮膚に突き刺さるが、それでもオークの目は戦意を失っておらずその目には自分を痛めつけたマジーナの姿を写していた。
「あれは本当にオークなのか」
マジーナの知っている訓練で戦ったオークは攻撃を食らえば怯み戦意を喪失させる。自分のフォルスならタフなオークでも少なくとも三回当てることができれば倒すことだできた。しかし目の前のオークはそんな生温い存在ではない。生への執着心が強くちょっとやそっとでは戦意を失わない。
これが本当の戦い。これが命のやり取り。これが……。
「ぶひいいいいいっ!」
殺してやる。そう言ってるかのごとくオークはマジーナに殺意を向けてくる。
血を垂れ流しながらも止まることなく突進してくるオーク。
マジーナまでわずか五メートル。
二メートルを超す巨体が血を流しながら自分へと突進してくる様は常人ならそれだけで腰を抜かすだけの恐怖をかきたてる。
だがマジーナは逃げない。
マジーナには目的がある。
その目的を達成するためにハンター育成学校に通いハンターになろうとしたのだ。たかだかオーク一匹に怯んでる場合じゃない。
「貫け、キーンエッジ!」
出現した白銀の刃はオークの膝を貫く。
もちろんその程度ではオークの突進は止まらない。痛みなど気にすることなくオークは突き進む。しかしながら足をやられたせいで少しだけ勢いが削がれる。
当然マジーナもその隙を見逃さない。
「これで終わりだ! スパイクエッジ!」
マジーナは片手を地面につけると地面から無数の刃が飛び出してくる。キーンエッジのように刃に鋭利な鋭さはないがオークが接近してきた勢いと相まって刃がオークの身体にブスリと突き刺さる。
「ぶもももももおおおおお!」
身体中に刃を生えさせながらもまだ命があるオークは刃から逃れようと血を辺りにまき散らしながら必死にあがくが、しだいに動きが鈍くなると絶命する。
それと同時に地面から生えていた無数の刃も光の粒子となり霧散していきオークがズシンと音を立てて倒れる。
「はぁはぁはぁ」
フォルスの力を使い過ぎて肩で呼吸するほど疲労困憊のマジーナだがすぐに無理やり呼吸を整えジャックへと振り返り胸を張る。
「ど、どうだ! これがわたしの実力だ。オークを一人で狩れるわたしが三流なわけないだろ」
「どう見ても三流だろうが。フォルスの力に頼り過ぎだ」
ジャックはマジーナの戦いぶりを見てあきれ果てる様に言う。
「う、うるさい!」
駄目だしされて不機嫌になるマジーナ。
「でもここに出るオークは普通のオークよりも強いからな。そいつを一人で倒したのは中々だ」
「……あっ、う、うむ」
不意に褒められてどうリアクションしていいのかわからなかったマジーナは恥ずかしそうに頬を染める。
「何で顔を赤くしてるんだ」
「う、うるさいバカ!」
「男のくせに変なやつだな」
「なっ! お、お、お、男だと!」
ジャックの発言にマジーナが信じられないと言わんばかりに叫ぶ。
「おい静かにしろ。さっきの血の臭いにつられてオークが出てきたぞ」
ジャックの視線の先にはさっきのオークよりも一回り大きいオークの姿があった。
「これが静かにできるか! わたしはおん――」
抗議をしようとするマジーナだったがその前にオークがこちらへ向かって駆けだしてきた。
「おいタゴサック。今度はお前の出番だぞ!」
「……イモ」
ジャックが出番を促すがタゴサックは相変わらず目が死んでいた。
「まだ引きずってるのかよ」
それを見てやれやれとため息をこぼすジャック。
「仕方ない。俺が出るか」
オークとの距離はまだそれなりにあるが、ジャックは接近してくるオークを見てもものともせずそれどころかめんどくさそうに頭を掻く。
「おい、ちんちくりん」
「誰がちんちくりんだ! わたしはマジーナだ」
「タゴサックに何かあったらリリシアのやつが悲しむからな。タゴサックを後ろに下げ――」
「うおおおおおおお!」
マジーナの反論を無視して指示を出すジャックだったが、タゴサックの雄叫びにかき消される。
「な、何だ? あのイモ男が急に元気になり出したぞ」
マジーナの言う通りついさっきまでの覇気が全くなく、死人のようなタゴサックだったが急に気力にあふれていた。その変わりっぷりにマジーナは若干引いていた。
「ジャック! さっきのは本当だべか!」
「さっきの?」
「リリシア! カナシム!」
「あ? ああ」
なぜ恥ずかしそうに頬を染めてさらにカタコトなんだと疑問に思いつつもジャックは正直に答える。
リリシアにとってタゴサックは貴重な食料を取って来てくれる人間だ。タゴサックの身に何かあれば食料が手に入らなくなってリリシアが悲しむのは間違いない。
ジャックはそう思って悲しむと言ったのだが、恋する男子のタゴサックはそう捉えてはいなかった。
「ふががががががあああ!」
「何か叫びながらも顔がニヤけてるぞあのイモ男! 気持ち悪い」
「確かに気持ち悪いな」
ニヤニヤと嬉しそうに笑うタゴサックを見てマジーナとジャックはドン引きする。
そんな二人の声も聞こえず妄想の世界に浸るタゴサックはオークへと突進する。
「何をするつもりだあのイモ男は!?」
人間とオークでは単純な身体能力はオークの方がはるかに上だ。まともにぶつかり合えば勝ち目など無い。そんな相手に正面から突進するなら無謀にもほどがある。その愚行を見てマジーナが驚く。
しかしその驚きは衝撃へと変わる。
「ふんがああああ!」
タゴサックの魂の咆哮。
それと同時にオークとのすれ違いざまに手斧から繰り出される一閃。
その一撃はオークの首を一撃で跳ね飛ばす。あまりの早業にオークは自分が死んだことに気が付かずしばらくヨロヨロと歩んでからズシンと倒れこんだ。