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2話

「いらっしゃい」

 鐘の音を聞いてリリシアが厨房から出てくる。料理中の雑音は耳に入らないがドアの鐘の音だけはしっかりと聞こえているようだ。


「ほー、ここがかつて王都で名を馳せた料理人がやっている店なのだな」


 尊大な口調で店内に入って来たのは少年とも少女ともとれる中世的な顔立ちの子供。背は一四〇センチあるかないかぐらいで肩にかかるぐらいの長さの金髪。羽織っているローブやズボンなど着ている服の素材は高価なもので、キチッとした佇まいからして王都に住む貴族の坊ちゃんといったところか。しかし貴族の坊ちゃんだというのにお供を一人も連れていなかった。


 そんな奇妙な貴族の坊ちゃんがこんな辺鄙な片田舎まで一人で何しにやってきたのだろうかとタゴサックは興味深そうに見ていた。


 一方のジャックは興味なさそうにコップに入っている水を飲む。


「いらっしゃい。注文は決まっているのかい?」


 貴族の坊ちゃんがジャックたちと少し離れたカウンターに座るとリリシアが水とおしぼりを差し出す。


「ん? あんたが店主なのか? 若いと聞いていたけど雑誌の写真よりもだいぶ老けているのだな」


 貴族の坊ちゃんはリリシアの顔と手元に持っているグルメ雑誌に載っているリリシアの魔法写真(マジックフォト)を見ながら正直な感想を述べる。


 しかし貴族の坊ちゃんが持っているグルメ雑誌は五年以上も前に発行されたもので魔法写真のリリシアが現在のリリシアよりも若いのは当然のことだった。十代と二〇代ではどうしても肌のハリやキメが変わってくるのだ。どんなに若作りしようとも寄る年には勝てないのだ。


 そして女性にとって歳を取ったなどタブーに等しい。ましてや老けたなどと言われて喜ぶ女性はいない。そのせいでピキリと一瞬空気が凍りジャックとタゴサックが変な寒気を感じていたが、貴族の坊ちゃんは意に介した様子もなく注文する。


「雑誌には若い頃に国を回って料理の修行をしていたと書いてある。東方にあるジャポニカという国で大事の前などに食べる縁起のいい料理があると聞いたのだがそれを作ることは可能か?」


「トンカツのことかい?」


「うむ、父上が言っていたのはそんな名前の料理だったのだ。そのトンカツとやらを頼む」


「……あいよ。トンカツ定食だね」


 横柄な客だがリリシアは平然を装い注文を受けて厨房へと向かう。その足取りは心なしか重く、厨房から「あれが若さか」と呟きながら重いため息が聞こえてきたのはきっと気のせいだろう。


 縁起物を作るはずなのにどこか縁起が悪そうだと思うジャックだったがさすがに口にはしない。


「随分と客がいない店なのだな」


 と貴族の坊ちゃんは店内を見回しながらそう言うとカウンターに座るジャックとタゴサックをチラリと見るが興味がないようですぐに視線を移動させ持っていた雑誌を眺める。


 ジャックたちも貴族の坊ちゃんに関わることなく料理を待つ。


 それからしばらくすると揚げ物特有の香ばしい匂いが漂ってくると同時にリリシアが厨房から出てくる。


「お待たせ、トンカツ定食だよ」


 と言ってリリシアはカウンターに座る三人の前に料理が盛られた皿を置く。


 皿の上にはジャックの手の平よりも二回りほど大きい黄金色に輝く衣を纏ったトンカツが等間隔に切られ、その断面から透明な肉汁が滴っている。近くにはキャベツの千切りが添えられており見るからにみずみずしいキャベツの千切りはそれだけで美味しそうである。


「って言ってもさすがにこんな田舎じゃコメは流通してないから主食はパンだけどね。その代わりにソースはパンに合う様に濃いめの味付けにしてるから――」


「おお! これがトンカツか! なんて肉厚なのだ! 王都で出されるカツレツとは厚さがまったく違うのだ。だというのに透明な肉汁が出るほど中までちゃんと火が通って実に美味そうだ。店内は寂れているが腕は本物みたいだな」


 料理の説明をするリリシアを遮って貴族の坊ちゃんが目をキラキラさせながら感想を述べる。


「このトンカツに使ってる肉は豚肉ではなくオーク肉か」


 皿に載せられたトンカツを見てジャックがリリシアに確認する。リリシアもその質問にニヤリと笑いながら答える。


「そうさ。タゴサックがいいオーク肉を仕入れてくれるからね。うちの豚肉料理は全部オーク肉を使ってるのさ」


「ふーん」


 と言ってジャックはタゴサックを見るとタゴサックは恥ずかしそうに頭を掻いていた。しかしその表情はどこか嬉しそうだ。


「むむむ! ちょっと待つのだ! このトンカツの肉は豚肉ではなくオーク肉なのか!」


 さっきまで期待に満ちた眼差しでトンカツを見ていた貴族の坊ちゃんだったがジャックとリリシアの話を聞いて突然憤り出す。


「ああそうさ」


「そうさだと! よくも客にオーク肉などというゲテモノを食わせようとしたな!」


 貴族の坊ちゃんがここまで怒るのは無理もない。王都ではオーク肉は不味く臭みが強いせいでとてもじゃないが食えたものではない。貧しいスラムの人間ですら食べようとしないほどだ。そのあまりの不味さにオーク肉を生ゴミなんて言われる始末だ。


 そんな生ゴミのオーク肉を使っているなどと言われて怒らない客がいないわけない。


「せっかく王都から楽しみにしてわざわざここまでやってきたというのにこの仕打ちはどういうことなのだ! 客をバカにしているのか。それともあんたは噂通りのろくでもない料理人だったのか!」


「はっ、食べたくないなら食べなきゃいいんだよ」


 怒りを露わにする貴族の坊ちゃんに対してリリシアは弁明をすることなく冷たい物言いで突き放す。


「……あ、あわわわわ。ど、どうするっぺ。おれらのせいで貴族様を怒らせちまっただ。おらがオークなんか狩ってこなければ……どうすればいいんだジャックぅ」


 おろおろと動揺するタゴサックは助けを求める様にジャックへ視線を向ける。


「やれやれ」


 視線を向けられたジャックはめんどくさそうに頭を掻きながら貴族の坊ちゃんの前へと向かい合う。


「おい、ちんちくりん。このオーク肉が不味いなんてなんで知ってるんだ? 喰いもせずに勝手に決めつけてるんじゃねーぞ」


「誰がちんちくりんだ! わたしはマジーナ。マジーナ・メッシーガだ」


「メッシーガと言えば伯爵家の人間か」


「そうだ。そのわたしに生意気なことを言うなんて君は何者だ」


「俺か? 俺はしがない美食ハンターだ」


「ふんっ。美食ハンターだと。美食と言いながらもやっていることは地味な環境保護活動ばかりでハンターの中で一番人気のない落ちこぼれの集まりだとも言われる美食ハンターか」


 とマジーナはバカにするように笑う。


 だがマジーナが笑うのは当然だった。人の手が加えられていない未開の地を探索する新天地(フロンティア)ハンターや古の時代に作られたと言う迷宮に潜り攻略する迷宮(ダンジョン)ハンターなどといった一攫千金が狙えて若者に人気のあるハンターと違い、美食ハンターの活動は地味で一攫千金も狙えず人気がなく、その上仕事内容はキツイとまで言われるおかげでハンター育成学校でも落ちこぼれですら入りたがらないハンターギルドなのだから。


「だいたいオーク肉なんてまずいに決まってるのだ。以前にハンター育成学校の実習でダンジョンに潜った時に食べる機会があったが最悪の味だったのだ」


「そりゃあお前がハンターとして半人前以下だからだろ」


「なにをっ!」


 ジャックのバカする物言いにマジーナはジャックを睨み付けるがジャックはそのことを意に介すことなく喋る。


「王都の連中が食ってる豚肉に比べたらこっちのオークの方が何倍もましだ」


「い、言ったな! そこまで豪語するのならそのオーク肉と王都で一番人気の特級ポークのどっちが美味いか勝負といこうじゃないか」


「ああいいぜ。勝負は三日後。こっちはオーク肉を用意するからそっちは王都で出回ってる特級ポークを用意しろ。用意する部位は肩ロースだ。お互いが用意した肉を同じ調理方法で作った物を食べ比べてどっちが美味いかお前が判断しろ」


「望むところだ。だがいいのか? わたしにジャッジを委ねて」


「問題ない。お前が不正をしなければな」


 挑発するような物言いのジャックにマジーナは思わず眉間に皺を寄せる。


「むむむ。わたしは貴族の誇りにかけてそんな卑怯なことはしないのだ。せいぜい三日後までに謝罪の言葉を考えていくのだな」


 と言ってマジーナは出されたトンカツに手を出すことなく食事代だけ支払うと食堂から出て行ってしまう。


「……ま、まずいっぺ」


 タゴサックはそれを見て状況が余計に悪化してしまったと頭を抱えるのだった。



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