十
* * *
夕方六時半に下校時間を告げる放送を行うと、すぐ上にある誰もいないはずの倉庫からビー玉が転がるような音がするという放送室も問題なし。もっとも、時間が違い、実際に放送を行ったわけでもないので、確証はないが……。
文系部活棟の廊下で人がいないにもかかわらず足音がするという噂は、検証しなかった。もしその噂が本当だったら、二度と文系部活棟にある生徒会執行部室に行けなくなってしまうかもしれない。
深夜二時に見ると過去の生徒が映るという鏡も、時間が違うからか自分たち以外何も映さなかった。
そして、最後の怪談――。
「これが演劇部の人たちが見たっていうものなんですけど……」
日向がそう言いながら与羽たちを外へ連れ出した。
下駄箱を抜けて、玄関前の庭を抜け、コンクリート敷きの道を下って校門へ――。
「校門前に大きな十字架を背負った男がいるんだってー」
「そりゃまた洋風な幽霊じゃな」
今までの怪談が不発に終わり、与羽には余裕が見える。
「これが終わったら帰れるんですよね……?」
一方、与羽の手を強く握りしめる竜月はいまだに涙目だ。
辰海の顔にも緊張が残っている。
「そうじゃな。私も――」
与羽は答えかけて言葉を切った。
「……空気が変わったな」
「え?」
急に声を低めて真剣味を増した与羽を見る辰海。
「そうだね」
与羽に同意する日向の声にも、今までの陽気さが若干欠如している。
「これは……、いる」
そうつぶやいて、月が駆け出した。おとなしく清楚そうな見た目に反して全力疾走だ。
「ちょっ、月ちゃん!?」
「待ってください!」
慌てて追いかけようとした与羽を止めたのは日向だ。
「巻き込まれたら危ないよー!」
「いや、けど、ほっとけんし」
与羽は日向の制止を振り切って駆けた。
校門まではもうあまり距離がない。
すぐに石製の門柱が左右にそびえる校門が見えた。
生い茂った葉で一層闇を濃くした桜の木陰にいたのは、噂通り十字架を背負った男。中年くらいを想像していたが、与羽と同い年くらい。まだ少年だ。
濃い闇の中纏う服も黒く、血色の悪い白い顔がぼんやりと浮かんで見えた。
「月ちゃん!」
与羽はその『十字架少年』と相対している少女の名を叫んだ。
月が振り返る。その表情はいつも通り。恐怖も緊張も感じられない、落ち着いたもの。
その手には、どこに持っていたのか、淡く光をまとう太刀が握られていた。




