一
「うがあぁぁぁ!!」
叫びながら壁に自分の頭を叩きつけようとする少女。無表情ながらも、その肩をつかんで愚行をやめさせようとする少年。
生徒会執行部室――通称「生徒会室」の戸を開けた瞬間辰海が見たのは、そんな光景だった。
「私のバカぁぁぁぁぁ~!!」
あたりに少女の声が響き渡り、ゴンと一回鈍い音が響く。
そこで少年ははっと我に返って、生徒会室に踏み込んだ。
「ちょっ、与羽! 何やってるの!?」
壁に再び頭を叩きつけようとする少女と壁の間に肩を割り込ませる。
彼女を抱え込むようにして、自傷行為をやめさせながら顔を覗き込むと、うるんだ瞳に見上げられた。壁に頭を叩きつけた痛みのためだろう。
「辰海……」
与羽が先ほどの叫びとはうってかわった、弱々しい声で彼に呼びかけた。この世の終わりを告げるように。
「紡錘糸が動原体についてなかった……」
「何の話!?」
辰海はつっこみながら、生徒会室を見渡した。
辰海が来る前に与羽を止めようとしていた少年――九鬼千斗は、すでに部屋の中央に置かれた机の前へと戻っている。長机を二つくっつけ正方形にした机の周りには、彼の他にもう一人少女が座っていた。
机には、薄い冊子がいくつも広げられている。どの冊子にも数択問題が書かれ、その選択肢のうち、あるものは消され、またあるものには丸が付けられていた。その解答済みの問題冊子には見覚えがある。
「模試の答えあわせ?」
「そう」
机の前に座っていた少女が、同じ問題の書かれた複数の冊子を見比べて正誤を見極めながら答えた。彼女は吉宮実砂菜。辰海たち同様生徒会執行部に所属している。
「『紡錘糸が動原体』って――。生物?」
そして辰海は再び与羽へと視線を向ける。たしか、細胞分裂のときにそんな単語が出てきたはずだ。
「初歩的すぎる」
与羽はむっとしながらも肯定した。
「どう見ても違うのに何で気づかんかったかなぁ。むかつく」
「うがああぁぁぁぁ!」と再び自傷行為をはじめようとした与羽をいすへ押し戻して、辰海も今日受けた模擬試験の問題冊子を机に出した。
少し落ち着きを取り戻した与羽が、国語の問題に手を伸ばして答えを見比べはじめる。