再会と貴族
「も、もうちょっと優しく取り扱いを!」
捕まることその辺の木の縄で体を巻かれた僕は雑に運ばれていた。縛られている個所は、身体、手、足と逃げるための要素どころか歩く術すら奪われているので引きずられたお尻が悲鳴を挙げたのはいつの事だったか、すでに感覚が薄い。
「さて、あいつらに見せつけてから帰りましょう」
僕を捕まえた事がそんなに嬉しいのか上機嫌で歩く少女が一番偉いと嗅覚で悟る。偉い人には巻かれろだ!
「あの~、教えて頂きたいことがあるのですが」
バイト経験をフルに生かして低姿勢での敬語で話しかける。
「マル、逃げられないように気を付けてね」
無視された。
どうやら、捕虜の言葉は聞く気が無いようだ。だけど僕はそんなことでくじけない。だって、お偉いさんの中には部下の話を聞き入れないなんてザラだ。こういう時は雇い人である人に話しかけるに限る。
「あの~マルさんですか? 事情と僕の運び方法に関してお話があるのですが?」
マルと呼ばれている少し小柄でショートカットの少女に話しかけてみた。マルさんは僕を引きずっているだけあって視線を向ける反応をしてくれた。
「………………」
……これは口を開くための準備だ……と信じたい。きっとこの子はマイペースで口数が少ないから話すことを考えている。そうに違いない。
そして、その予想は見事的中した。
「…………問題ない。逃げたら仕留める」
当たってはいた……当たってはいたけど、僕に対しての会話はする気が無いようでした。なにより、この子に話しかけてはいけない。今までの不吉な言動はこの子から出ている。
「な、なるほど! 捕虜(僕)と会話してくれるのはそちらの、えーと」
めげずに残り一人の少女に望みを託した。
おそらく、この少女が話をできる可能性を一番持っている。髪飾りで止めた髪はどこかの令嬢のような気品を放ち、手を前に組む仕草一つ一つが柔軟で優しい雰囲気が漂う。それに、僕を抑え込んだ時の柔らかい身体の持ち主はこの人だ!
「お嬢様、あまりパーバス様と喧嘩をしてはダメですよ」
「あの、」
「ただでさえ、仲がよろしくないんですから」
「す、すみません」
「今日はお嬢様の好きな物を用意するようにしますからね」
「お話を、」
「そうと決まったら、材料を買いにいかないといけませんね。う~ん、何にしましょうか?」
うん、この子は鬼だ。二人と違って会話にすら僕の存在が感じられない。
こうなると、路線を変えた方がよさそうだ。説得以前が行えないなら、やっぱり僕に残るのは『逃走』の二文字。身体と足の方はどうにもならないが、手の方はすでに仕込みがされている。
何を隠そう、僕のバイト履歴には手品師のアシスタントが混ざっているのだ。縄抜けぐらい朝飯前、後はその時を待つだけでいい。
一度仕込みが機能しているか確認して警戒されないようにおとなしく様子を窺っている。すると、偉いと思われる少女の言う『あいつ』が現れたようだ。
「なにっ!? ……どうやって」
僕を捕まえたことが信じられないような口ぶりで話すその声の主は男のようだ。それにどこかで聞き覚えがある。
「もしかして侵入者ってこいつの事? あまりに簡単だったもので、確かめに来たのだけど?」
確信を持っているくせに嫌味たっぷりの発言は、あの時見た美少女の姿は微塵もない。その姿はまさに悪魔だ。
それに対して男は苦言を漏らしている。
「く、」
それも束の間、すぐに男も言い返すようだ。
「ふん、そうか。考えてみれば、お前らのような『成り上がり』にはお似合いの相手だったのだな。地
べたを這い上がったストックの者、地べたを這い逃げる侵入者」
「こ、……のっ」
事実だから僕は苦笑するしかない。だが、少女の方はその言葉に怒りを覚えたようだ。怒り任せで言い返そうとした思いを留め、次の言葉を探している。
そんな中僕は心の中で思う、これは「(チャンスだ!)」。二人の言い合いで僕から視線が外れている内に、もぞもぞ、と手を動かし縄を外す。
「でも、あんたは見つける事すら――」
「そうか、この短時間で捕まえたと胸を張りに来たところ、探すことはしてないな。偶然見つけて運よく捕まえたか?」
「(マズイ)」、後ろ姿からでも少女のどす黒い怒りのオーラが感じ取れる。このままでは言い負かされて、捕虜(僕)の話題に移りかねない。手の縄は外し終えたけど、このままではまだ逃げるのは無理だ。だから、僕は身体を小さく足の縄に手を持っていき、少女の方を内心で応援する。
そもそも、この言い合いは少女の方に圧倒的に優位に立っていたはずだ。
だから、冷静になれば簡単に――
「すまなかったな、貴族の尻拭いをさせて」
「っ!? 黙れ、私も貴族だ!」
終わった。話の方向性が変わってしまった。どういう話かは分からないけど、少女は怒りに支配されて周りが見えていない。その証拠に僕から完全に注意がなくなり、少女の雇い人の二人は少女の手助け、あるいは静止に気を取られている。
その隙に僕の足の縄は取れた。バランスは取れにくいけど、姿を隠すぐらいできる。そうなってから残りの縄を――
「ふんっ、無様な生涯をさらし貴族を名乗るか。いくら苦難を乗り越えようとも生まれが無様ではな」
走り去ろうとした僕の足は止まらざるを得なかった。
「訂正しろ」
振り向き、そう声を出してしまう。それから初めてその場にいる人が、三人の少女と少年、僕を追い掛け回した黒服の男達とメイド服を来た女性が複数いることに気が付いた。
その瞬間、二人のメイドの驚いた表情を残し、目の前から消えた。そして、僕の身体は地面へと再度押し付けられていた。
それでもお構いなく僕は言わなければいけないことがある。
「がんばって生きている人間が無様なんてあるかっ! 生まれ何て…………って、あれ? 君は……確か木に後頭部をぶつけた少年」
男の声の主があの時の少年だと分かると、文句よりも先にあの時の事故を思い出してしまい。
「大丈夫だった、頭?」
心配してしまった。
「木に……?」
怒りに満ちていた少女は僕の発言から虚を衝かれたようで、何かを思い出している。その間、少年の後方にいる黒服の男達とメイド服を着た女性達は少年の後頭部を眺めた。
次第に目を背ける人もいれば、歯を食いしばり頬の筋肉を強める人もいる。あれは間違いなく笑いを堪えている。
そんな中で一人だけ、堪える必要がなかった人物だけが、
「ぷっ、あはははははははっ、あんたの後頭部、だから腫れてたの? あはははははっ――」
大いに笑っていた。
「ぐっ、貴様ぁあっ!」
少年が怒りを表した途端、唯一少年側で笑わずいた長身の男性が僕の方へと向かってきた。
―――ゾクっ。
微笑ましい雰囲気など一切ない冷静な表情、鬼気迫る黒服の男性の目に宿る殺意に背筋が凍った。
そこに、少女の背中が遮る。
「待ちなさい。こいつは私達が捕まえた。あなた達がこいつを処分することなど許さないわ」
「我が主を侮辱されて、このまま引くわけにはいきません」
「あなたが私に意見するの?」
「しかし」
「黙れ」
そう少女が言うと男性は押し黙った。
「なんなら、王族にでも決めてもらう? 今までの時間を使ってこいつを捕まえられなかったって。ここを引くなら尋問に時間を使ったと私から報告しておくことも可能だけど?」
立場は逆転した。少女には僕を捕まえたという絶対的な立場がある。王族がなんなのかは分からないけど、少年と少女の上にあたる人物ならば、少年にしても引き下がるしかないはずだ。
「ふん、まぁいい。しかし必ずそいつを処分しろ、いいな」
冷静に見せているけど、怒りが明らかに見て取れる。それでも、少年は黒服達を引き連れその場からいなくなった。
「はぁ、助かったぁ~」
最後に長身の男性がいなくなって、ようやく気が抜けた。だけど、それは場違いだった。
「処分何にしようかしら」
逃げるのに失敗してしまった僕の件は保留されていただけだったのだ。




