捕獲成功?
相変わらずと言うべきなのか、『魔森回路』は静かに私たちを受け入れてくれた。我が家の領土事態森の中に入っているのだから、当然と言えば当然なことなのだけど、それがかえって私に引っかかりを与えている。
「まだ、侵入者は確保にすら手間取っているの?」
「はい。連絡事態少し遅れて入ってきていますけど、捕獲したという話はまだ。それに、視覚で捕らえている数ですら思ったほど多くはないかと思いますよ」
ふん、と私は鼻で周りの貴族たちの対応に異議を唱える。それにフロルスは苦笑気味で微笑んでいた。仲が良いとは言えない関係なのだからしょうがない。
「…………いる」
マルの声で一瞬侵入者が近くにいるのかと神経を集中させる。ところがこの気配は記憶にあるものだ。
仕方なく合流すべく速度を徐々に抑えた。
「随分と余裕の登場だな」
そいつは私たちが来たというのに振り向こうともしないでそう答えた。
「ええ、こんなにも時間が掛かるとは思ってはいなかったから」
礼儀知らずに対してこっちも礼儀を重んじてやる必要がない。その対応に後ろ姿だけでもイラついているのが感じ取れる。礼儀に対してか、私の嫌味に嫌悪感を抱いたのか、どちらにしてもいい気味だ。
「逃げ足の速い侵入者で困っている。賊だけあって姑息だ、誇りなど持っていないのだろうな。どんなに泥を被ろうと目的の為には手段は選んでいない。私の目の前からも無様な姿で逃げて行ったよ。実に見苦しかった」
その言葉は私にも同じことが言えるといいだけで、今度は私の方が目尻に力を込めなくてはいけなくなった。
一発、張り手でもしてやろうかと思ったが、フロルスとマルが私の少し前に立ち止めさせる。邪魔だと言いたくはあったけど、それどころではないと教えてくれた。なによりも侵入者確保が先、ここは我慢するしかない。
「それで、進捗状況は? あれ?」
なんとなくこいつの後ろ姿に違和感がある。なんかこう、後頭部が膨らんでいるような……。
「ふん、正直戸惑っている」
本人はいつも通りで、気のせいかと思う。だいたいこいつの頭の形なんか気にしたことなんてない。
それに、言い合いなどしている場合ではないと向こうも理解していた。どういう経緯か王族はこの侵入者に対して全くと言っていいほど動きを見せていない。気付いていないということはまずないはずだから、私達貴族に任を任せるつもりなのだ。それに歯向かうなどできない。
「言った通り逃げ足が速い、部下が見つけたとしても姿を見失う。森を逆に利用されているようだ」
仲が悪かろうと優先すべきことがある。それに、気になっている答えがそこにはあった。
私はこいつらが嫌いだ。でも、腕は決して悪いわけでもないからこそ、不思議に思っていたのだ。
私は徐にさっき引っかかった事を口に出していた。
「森が私達よりも侵入者を庇おうとしている……?」
「――っ!? まさか……そんなバカなことが! いや、しかし……いやあるはずが無い!」
長い年月の間そんなことがあるはずがなかった、だから怒りと事実への困惑さを織り交ぜて今更になってこちらに顔を見せた。それも一瞬の事、それが事実であれ森は私達を排除しようとはしていないのであれば、すべきことは変わらない。
「そちらは?」
「部下は西を捜索している」
「では東はこちらで探すわ」
返事はないが協力するところはする。だが必要以上には行わない。それが貴族同士での暗黙の了解。
「行くわよ、フロルス、マル」
そこから一刻も早く移動し始めた。
途中、
「あのっボケナス、顔を見るだけで腹立たしいわ!」
我慢していたものが愚痴になって溢れだした。
「相変わらずでしたねー、パーバス様」
フロルスはのほほんとした口調であいつの評価をしているが、もっと悪意に満ちた表現はないものか、こう憎々しい感じに。
「お嬢様、お顔が暗黒に満ちてますよー」
「ふん」
それほど不愉快な時間だった。
「そういえば、あいつの後頭部腫れていなかった?」
「そうですか? 私は確認できませんでしたけど」
フロルスが気づかなかったのなら、やっぱり気のせいか。
「…………侵入者」
そんな時、もっと集中すべきことにマルが声を出す。
「……そうね」
あんなボケッの為に思考を使う方が無駄だった。そんなことより、侵入者の行動を推測する方が有意義だ。あいつの守備範囲から外れどうすべきか考えるため、木々が少ない場所を見つける。
その場所は、月明かりが差し込む広い土地で拠点にするのにはちょうどいい。侵入者がわざわざ目立つような場所には来ないはずだ。
風で乱れた髪を撫で梳かすと、フロルスが後ろに回り櫛で丁寧に梳いでくれる。
「マル、侵入者を見つけるのにどれくらいかかりそう?」
「…………情報が少ない、難しい」
「そうよね、王族の城からほとんど直線に町に向かっているとはいえ、動き事態は不規則」
あいつがどれほどの情報を話したかはさておき、今分かっていることは少ない。仮にあいつからの情報が全てだとしたら、見つけた事事態偶然になってしまう。
「……たぶん、隠れている」
「そうね。地道に探すしかないわね」
そう私が言うと、マルが森に住むコウモリ達を集め指示を出し始める。
「……飛ばした。気配を感じれば見つかる」
ちょうど、髪を梳かすのも終わり二人にお礼を言う。すると、フロルスが何かを思いついたようだ。
「そうだ、またお城に行っているとか」
私はため息が漏れそうになった。
「…………警戒はすでに張っているからそれはない」
「そっか~、うーん」
「…………フロルスは考えないでいい。私がやる」
「うん。任せるね~」
私の城にいる時と変わらない緊張感のなさに一度気を引き締めようとフロルスとマルを呼び寄せ、どう対処するか持ちかけようとした時だ。
近くの茂みがガサゴソと動いた。
油断していたことに腹が立つ。それは二人も同じだったようで、私が一歩後退したのと同時、私を守るために前に出る。
間違いなく侵入者はそこにいる。運がいいと言えばいい。あいつらがこれだけの時間を掛けても捕まえられない侵入者を捕まえれば、後から遅れたことをグチグチといわれることもないはずだ。
だが、気配は微かにしか感じられない。侵入してくる者としてはあまりにお粗末。しかし、他の貴族から逃げ続けている侵入者。
作戦がないことが悔やまれる。攻撃をされることは可能性として少ないが、情報だけを考えると逃げられる可能性の方が高い。あいつよりも逃げ足の速い相手に罠も準備もしていない。純粋な肉体のみでの捕獲。
勝負は一瞬。
捕り逃がせば見つけるのに時間が掛かる。
なにより、これ以上時間が掛かれば、私だけではなく貴族として王族に目も当てられない。侵入者は王族から逃れたわけではなく、王族が捕まえる価値すらないと見逃された相手、そんな相手にこれ以上の汚名は付けられるわけにはいかなかった。
髪が風で流れ、それを抑える。
侵入者はこちらに気が付いていないのか、それともこちらを甘く見ているのか、茂みから顔を出した。
その時機、梳かしていた髪を手で払う。
二人ならば、この合図と同時に動いてくれる。
二人が両脇に飛び、侵入者を両脇から襲おうとしている。
逃げるなら、後ろへと逃げるだろう。だが、私を目の前にそんなこと許さない。どう動こうとも私が捕らえる。
「綺麗だ」
その瞬間、侵入者は予期しない発言をして動きを止めた。
私は何が起きたのか分からなくなった。発言の対象者はおそらく私の事だ。フロルスとマルは横に跳び侵入者の視界から外れているから間違いない。
どちらにしても、この侵入者は種族の違う私を褒めている。
私は飛び出した動きに静止を掛けた。
決して褒められたからではない。そんなことで自分の意思に歯止めを掛けようなどするはずが無い。ならばなぜかと言えば、単純にフロルスとマルの二人が侵入者を地面へと押さえつけて捕らえていたからだ。
警戒は解かない、もしかするとこの後何かが起きる可能性がある。その方法で他の貴族から逃げ続けているはずだからだ。
ところが、侵入者は押さえつけられてから苦し紛れの声を発しジタバタするだけで逃げ出さない。
違った……、逃げ出せないでいた。
「………………?」
それは暫くしても変わらず、フロルスとマルが拍子抜けた表情で指示を待つ姿から答えは出た。
侵入者は私たちの手で捕まえた。




