落ち着いているのは誰?
「はーい、片足を上げてくださーい」
湯浴びを終え着替えを手伝わせていた時、静かに扉が開かれた。
もの静かに入って来たお付の一人であるマルは、こちらの様子を窺うように黙っている。
「…………じー」
マルは私の体を眺め着替えを済ませるのを待っているのだろう。
「次は上でーす」
ただじっとその場に立ちつくしている。途中から着替えの速度が落ちたように感じ始め、さすがに食い入るように見続けられるのに同姓とはいえ抵抗がある。
「マル、何が言いたいことがあるなら言ってもいいのよ。別に着替えを待たなくてもいいわ」
許可を待たなくても臨機応変に対応してほしい気もする。でもこの子はこういう子なのは今さらだ。
ようやくマルと視線が絡み、口を開く。
「…………さっき――」
「はいはーい、髪を整えまーす」
ところが着替えを手伝ってくれていたフロルスが邪魔するように口を挟んだ。これは意地悪だ。もちろん、マルに対してではなく私に対しての悪戯。着替えが遅く感じたのも、実際遅くされていたに違いない。
「ふろぉるすぅううう!」
「あーん、怒っちゃだめですよお嬢様ぁー。マルちゃんもお嬢様の体が綺麗だからってそんなに見つめちゃだめですよ。お嬢様は恥ずかしがり屋なんですからー」
めっ、と指先でマルのおでこを突き誤魔化しているけど、マルが悪いわけじゃない。でも、怒ったところでフロルスはこの手の悪戯を止めるわけがないし、なにより言い返したところで負けは見えている。
「…………ちがう」
私が諦めている傍ら、フロルスのからかいの言葉を受けてマルが否定している。だが、それはそれで傷つくのは私の方だ。
「…………あ、ちがう……」
私の表情から困ったように否定してくれるが、私もマルをからかっただけだ。元々素直に感情を表に出す子ではないからよく分からないが、マルが主人である私を侮辱などしない。フロルスとクスクスと笑いながらからかったことを教えてあげるとマルが安堵したのが伝わる。
「それで、何か用事だったんじゃないの?」
あ、と小さくマルから漏れた。どうやら余計な一時で忘れていたようだ。
忘れるようなことなら大したことではないと思い、髪型をフロルスに指示しながらマルの話を耳に入れようとした。
そう思っていたのだが、
「…………レナード公爵から一匹の賊を捕まえろって伝言が届いてる」
私の動きが止まる。さすがにフロルスもそれには驚いたようで、固まった拍子に持っていた櫛が床に落ちて音を立てた。
「まままマルちゃん、それは何時ごろですかっ!?」
「さっき」
「どうしてもっと早く言わないのよ!」
「…………邪魔された」
「「うっ」」
とにかく急がなければいけなくなった。
「おおお嬢様お着替えを」
「フロロスッ、お落ち着きなさい! このままでいいわ時間がない」
珍しい事態に私まで珍しく焦らざるを得ない。
「…………二人とも落ち着く」
私とフロルスの冗談よりもマルの落ち着きが上回った瞬間だった。




