プロローグ②
優勝、選抜、甲子園、それぞれの単語などを使い、本来学園のアピールと各選手への激励を湛える垂れ幕。大々的に存在感を表す垂れ幕は登校時の生徒ならすぐに目につくものだ。
それも一人の生徒が登校時間の真っただ中で合図を送り、一人の生徒が立ち止まればつられて次の生徒も立ち止まって見上げる。さらに、その垂れ幕を見て騒ぎが起こればなおさらだった。
そんな中で僕だって見上げてしまう。だってそこには風に吹かれながらも見え隠れする『北原隆文』の文字が書かれていたからだ。しかし、体格は一般高校生の標準、中学部活で陸上からオサラバし高校生活はバイトの日々に明け暮れている僕、北原隆文はそこに載る資格を放棄しているりっぱな帰宅部だった。
なんのつもりかと思っていると、校舎の屋上でその垂れ幕を下げた犯人が姿を現す。
そして僕の姿を見つけると、こう言い放った。
「積年の恨みを晴らすっ!」
屋上にいたのは昨日学園外で道を聞いてきた男の先輩の姿だった。積年と言うわりに昨日の今日、名前すら知らない先輩に恨みを買ってしまったのはたったの一つ。教えた道が間違っていたというだけだ。
名も知らない先輩が叫び終わるのを待っていたように風が収まっていき、捲れて見えていなかった垂れ幕の後半部分が徐々に姿を現してきた。
そこにはこう書かれていた。
【二年C組北原隆文は三年鈴野瀬アユに告白しようとしている】
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
僕は叫んで教室に逃げ込んだ。
「しくしくしく……」
全校生徒に虚偽の告白説をばら撒かれ泣きたい気持ちを口にする僕に、友人である高遠比呂が廊下の窓から垂れ幕を確認して前の席に座った。
「泣いてたってどうにもならないよ」
「違うんだ。告白なんてする気はなかったんだ。ただかわいい人だなって思ったくらいで、憧れていたようなもので、そんな気はなかったんだ」
「まぁ、この学園のアイドルみたいな人だから、そう思っている男子や女子だっているだろうね」
「なのになぜゆえ、あのような仕打ちを……ただ道を間違って教えただけなのに……」
「わざとだと思われたんじゃないの?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと愛想よく丁寧に間違っただけだ!」
「なおさら性質が悪いと思うけど……」
「悪気はなかったんだあああああああああ!」
「起こったことは仕方ないよ。人の噂も七十五日っていうから早く忘れることだね」
「くっ、自分は顔がよくて礼儀正しく人望まであって何でも卒なくこなすような奴だからそんなことが言えるんだ!」
「どうも」
「褒めてない!」
同じ帰宅部でもこうも違う。きっと比呂が僕の立場だったとしても比呂は女の子にも人気があるから相手の女子も羨ましがるはずだ。
……それが僕だと、
「げぇ、あんな告白の仕方なくない?」
「ないない」
「可哀想アユ先輩」
「きっと屋上にいた人に頼んだんだよ」
「育ちが知れるね」
「うわっ、こっち向いたよ」
「キモッ」
「比呂君よくあんなのと友達やってるよー」
「比呂君優しいから」
「はー、可哀想な比呂君」
顔を上げただけで女の子の罵倒が飛ぶ……。そしてなぜか比呂の好感度が上がる。
「しくしくしくしく……」
「どうしたもんかなぁ?」
「助けて」
「そうしてあげたいのは山々だけど、対策打つ前に来ちゃったみたいだよ」
「は? ひぃっ」
そう言われて、顔を上げただけで気持ち悪い扱い受ける僕は、比呂が指さす方向を見て悲鳴を上げた。
「ちょっと、ここに北原隆文って奴いる?」
完全に怒った口調でアユ先輩の友人と思われる人が僕を探している。その後ろでアユ先輩が止めるよう静止をかけているようだが、どう考えても困ったアユ先輩を助ける為に登場したに違いない。
「比呂隠して僕の存在を隠して!」
「それも協力してあげたいけど……」
その瞬間僕の両脇をがっちりと掴まれた。
「さぁ、裁判の時間だ隆文」
「俺たちを差し置いて抜け駆けしようとした罰だ」
「うんうん、アユ先輩は皆の共有財産だ」
友人……もとい、友人だった佐々木と鈴木と田中に捕獲され強制的に立たされた。
「さぁ、先輩こいつを煮るなり焼くなり」
「刺すなり吊るすなり」
「自殺に追い込むなり」
「「「自由に殺してください」」」
「裏切りものおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
抵抗空しく三対一では逃げる事すらできない。
「ああの、」
パァアアアアンッ!
言い訳する間もなく近づいてきたアユ先輩の友人の平手打ちが頬を叩いた。
「アユには二度と近づかないで、近づいたら私が許さない!」
下の方であ~あと比呂が手遅れだった合図を送る。
「そんなことは」
「俺たちが」
「させません」
三人が好感度を上げようと、
「「「このむっつりは俺たちが見張ります! だからご安心を!」」」
僕がむっつりだということをバラし僕は売られた。
そのまま何一つ解決の可能性すら残さぬよう、振り向くことすらなくアユ先輩はいなくなってしまった。
頬が熱を持ち僕の体から力が抜けていく。
「終わった……何もかもが」
すとん、と着座する僕に残されたものはない。僕は残りの学生生活は下を向いて生きていいくことが決まる。そして、代々僕の名前と共に後世にこの話が受け継がれていくのだ。
「しくしくしくしく……」
「……な、泣いてもいいかもね」
「くっ、泣いたって変わるか! 打開案を考えくれよ!」
認めない。こんなこと認めてなるものか!
「あははは、その辺はさすがだね」
「笑ってる場合か!」
まだ傷は浅いはずだ! 今日の内になんとかできれば、まだ消せることができるかもしれない。
「でも、さすがにこれは」
「うっ、……だ、だったら消えるしかない!」
「なるほどね、この告白未遂事件を消す前に本人が消えてみる、ね。いいかも、一つそれに手助けになる方法があるよ」
「え、あ、止めてくれないの……」
なんとなく比呂が楽しんでいるように感じてきた。
「うちの親戚から教えてもらった噂話があるんだけど、どうする?」
「もうどうにでもなれっ!」
こうして、僕は地獄の学園生活を失くすため、今ある人生を消すことを決めたのだった。