人体模型
残業がえりで骨まで疲れてるっていうのになんでオレは公園でホテルの宿泊タイムの始まり10時00分を待っているんだ。
それはオレがこのホテルを利用しすぎているからで、しかも月末だからもう貯金に当てる金しかない。けれども月末決算で目が血走り筋肉が磨耗したいま、性欲は湯水みたいに湧いてくる。一番安い部屋をとってデリヘルを呼ぶために積み立て預金97万円のうち3万を財布にいれてオレはいましがた家をでてきた。ずっと待たされているのでオレはずっといらいらしている。目の前を歩いている黒いニーソックスの女のハイヒールの音がうるさくてオレは女を睨み付けけた。こいつは、オレがホテルに入ってベッドに横たわりくつろいだ後、備え付けてある電話で呼ぶ女たちと同じ種類なのだろうか、それにしては傲慢そうな顔つきだ。ヘルスの女はどこか卑屈な雰囲気がして白いワンピースみたいなどんなに清楚な服を着ても余計にそれは匂い立つ。女がこちらを振り返ったのであわてて視線をそらした。
ああそれにしても昨日のハナハナの小百合はよかった。小太りで顔のパーツが肉に埋まっていたけれど、テクニックは最高だった。生暖かい二つの脂肪の塊であそこをこすってくれた。今日もあの子を呼ぼう、あの子は不細工だからあまり人気がない。今日は平日だし予約をとらなくてもすぐ来るだろう。10時はまだか。
公園には似たようなサラリーマンが3人いる。3人は中途半端に暗い夜のせいで三つ子の兄弟が同じ制服を着たようにそっくりだ。通行人にとってみればおそらくオレもその兄弟のひとりだろう。5000円の部屋に果たして入れるのか、このホテルの5000円ランクの部屋は8部屋ある。10時00分丁度にあの3兄弟を押しのけて一番安い5000円の部屋に入らねばならない。このラブホテルは予約制ではなく、気に入った部屋をフロントに行って申しつけないと部屋がとれない。
まるでいす取りゲームだ。
9時50分、黒いスーツの3兄弟はそわそわしはじめ携帯をいじったり、立って周りをぐるぐる歩いたりしている。公園をよく見るとオレの死角に座って待っていたやつらは数人いて、やっぱり黒いスーツを着ていた。オレもそいつらにつられてベンチから立ち上がろうとしたとたん、隣にいる素っ裸の男に気づいた。男はニッとオレに向かって笑うと、
「ハナハナの小百合ってテクはスゴいんだけど、デブすぎて時々きつくね?」
と言った。
「あれ、オレそんな独り言言ったっけーってかいつの間に隣に座ってたのよ。なんか裸ですし、てかあのー薄暗くてよくみえんけど、お前、オレとすげーそっくりな顔してないっすか、てか同じ顔じゃん」
オレはわけが分からずそういったお互いゆっくり話し合っていかなければいけないような大切なことを早口で喋った。
「いや、さっき見えなかったのは当たり前だって、今さっき「オレ」はオマエになったから。」
「えっまじ初めて知ったんですけど、てことはアナタはオレのドッペルゲンガーとか?そういう?」
「あ、うん大体それでいいとおもうよ、てかそういうのすごいどうでもいいことだし。」
そういって「オレ」はどこからともなく出してきたオレと同じスーツを着込み、さっきオレが睨み付けていたニーソックスの女に話しかけ、2、3分談笑したあと連れ立ってホテルに入っていった。丁度10時00分だった。黒いスーツの男達がカップル二人に気後れして、ぞろぞろとあいつらの後をついていく。オレはベンチに座ったままだ。
「オレ」とニーソックスの女とのアレはどんな具合だろうか少し勃起する。嫉妬はない、だってオレからあいつは生まれてきたようなもんだからな。寒い夜風がふいた。タバコを吸おうとして、背広の内ポケットを探る。タバコがなかった。あいつタバコパクりやがったな、他にとられたものはかなったかと尻ポケットを探る。毛深い自分の生尻をもんでしまった。あいつどっからスーツ出してきたと思ったらオレから盗んでたのか、畜生。けどそんな器用な真似普通できなくね?
そう思っている間にオレの体はゆっくりと透けていった。オレのむけてないちんちんがむけ、皮膚が溶け血管とそれに包まれたサオが丸見えになった。これはまずい、すでにオレは筋肉が露出し始めていた。そんな人体模型の格好のまま、希望と快楽が待ち受けていたはずの公園の隣にあるラブホテルに駆け込んだ。でっかいプーさんと造花が敷き詰められたフロント。待ち合わせ室には白アリのようなオヤジがいる。
「てめ、さっき入ってった男と女がいるホテルのナンバー教えろや!」
窓口のばばあはオレがいくら大声を出しても無視している。
ばばあは後から来た、酔っ払ったリーマンとミニスカを履いたブスには愛想よく、542番ですねーと、カギを渡す。
ミニスカブスは
「私安い部屋嫌いなんだけど、しらけるんだけど」
とブスのクセに思い上がったことをいう。
ブスはオレが今までみた中で一番レベルが高いブスで、お化け屋敷のバイトに面接で即合格、正社員に登用されそうなほどだった。リーマンはごく普通のむしろイケメンの部類に値する男。ブスには謙虚さが必須なんだよ自分の好みなんぞ押し殺して相手に隷従する義務があんだよブスにはー。
「そうだ、そうだよ、さっきのあいつはオレの分身なんだから、きっとオレ好みの部屋を選ぶはずだ!」
オレは大声で叫んだ。
「あーほっぺちゅーだめだってーくすぐったいー」「じゃ肩組むだけならいー?」
エレベーターに立っているブスとリーマンは交尾の準備を始めている。
オレは、ホテルの部屋案内のパネルをジッと見つめる。
殆どの部屋は利用中と赤いランプが点っている。この中でオレが選ぶ部屋は、もちろん宿泊5000円コース。「オレ」は一番最初に入ったはずだから部屋は選びたい放題だっただろう。好みの部屋はすぐにわかる「ナースな気分?!お医者さんタイプ」546番だ。
「1階にきたよー。」ミニスカブスとリーマンがエレベーターに乗る。オレはその中に滑り込む。「だめだよ…ここじゃ」リーマンは鼻息を荒くしてブスの乳を揉んでいる。当然のようにオレに気づかない。この鼻筋の通ったリーマンは何故酷いブスとやりたいなんておもうんだろうか、きっと悲しい過去でもあるんだろうな、幼い頃性的虐待を受けて、醜い女性しか愛せなくなったとか。目的の階につく、リーマンとドブスと一緒に降りた。
オレが目指している部屋とドブスとリーマンがしけこもうとしている部屋は向かい同士だった。546番の部屋をノックする。ドアを叩いた感覚はあるが、見えないバリアが張っているかのようにノック音が鳴らない。何回も蹴ったり叩いたり頭突きをするが、ドアは無傷どころか魔法のドアのように音を吸い込んでいく。どうしようか、オレの体の透明化は止まらない、内臓が一つずつなくなっている、ちんちんはもう睾丸一つしかない。ブスとリーマンはとっくの昔に部屋に入っていた。オレは泣きながら叫ぶ
「オレの背広返せよう、皮膚も、チンコも、あれがないとセックスできねーじゃ」
ペッと音がして片目がへこんで消えた。
「さっきからうるっせえよ」
ドアの向こうで声が聞こえた、と同時にドアが開いた、下半身をタオルで隠した「オレ」がいた、
「お前、ふざけんじゃねーよオレを返せよう、オレと同じ部屋選びやがって、オレの癖にオレのものとるなんざ1000年はえーんだよ」
「なに言ってんだ「オレ」がこんな悪趣味な部屋選ぶわけねーだろボケ、お前の好きそうな部屋選んだだけだよ、忘れ物預けてっもらってから、お前に来てもらわなきゃいけないからねー。」
「ねーなに独り言ぶつぶついってんのー。」部屋の奥から声が聞こえる。あのニーソックスの女だろう。
「ちょっと痛いけど我慢してね人体模型くん」
「オレ」はオレの心臓を掴み引き抜いた。オレは目玉のない眼球から涙を流す。
ポコッまた音がした声帯がなくなったみたいだ。声がだせない。
「お前まだまだまだ、ちょっとずつ、なくなっていくからね。お前が完全になくなるとオレも困るから、特にのーみそなんだけどね。コレ、あげるね。「オレ」が今まで着てたスペア」
「オレ」はベージュの合羽を差し出した。よくみると人間の生皮だった。
「背中から、着ぐるみみたいにつけてみ。」
オレはその通りにした。近くに鏡はなかったので「オレ」に、コレ見た目いまどんな感じ?と聞いた。
「オレ」はすんげー似合うよとゲラゲラ笑って
「まだ「オレ」にしか見えない幽霊だけど新しいターゲット見つけたらきちんとした人間になってみんなにも見えるようになるよ」といった。
「ターゲットって誰だよ」
「どこでもいるよ、お前は全ての場所にいるし、お前は女でも虫でもオヤジにも成り代われる。ようするにかけがえのないモノなんてないってこと。」
「なんだそりゃ」ほんとうに意味がわからなかった。
「「オレ」の真似をすりゃいいだけだ」
「いろいろ教えてくれて、お前いいやつだな」とオレが笑うと、
「お前は底なしのバカだな」と「オレ」が笑った。大きな音を立ててドアが閉まった。
スペアの体を抱え、ホテルを降り、街にでる。体がどんどん軽くなっていく「オレ」が中身を吸い取っているのだろう。オレはオレでも「オレ」でもなくなって。外側だけの、空気の詰まった皮人形になっていく。中身はどんなものでも入れるとこが出来る。さっきまで切望していたセックスやらどうのこうのは自分が消え去る気持ちよさには到底勝てなかった。これが本当の自分だったのだ。俺は最初から中身なんかなかった。
大きな通りに出た。不健康な白色LEDの下、黒いサラリーマンの群れが一糸乱れず行進し、若い女達は地面をはいつくばっている。そいつらは全員なにかのコピーで成り替わりだ。
オレはどこにでもいるし、なんにでもなれるのだ。オレはスペアの体を生ぬるい空気に慣れさせたあと、欲望が水風船のように詰まった夜の街をゴキブリのように走りだした。