天国か地獄
人は死んだら天国か地獄に行く。と言っても、死んですぐに行くというわけではない。死んだ人の魂はまず、天国と地獄の中間に位置する場所へ行く。この場所で、魂が天国と地獄どちらに行くのかが決まる。
私は天国からここへ来て、その天国か地獄を決める仕事をしている。といっても、よほど重大な罪を犯していない限り、ほとんどの人は天国へ行く。生前の行いはすべて記録されているので、それをさらっと見て、問題が無いようなら天国へ行ってもらう。一番判断しやすいのは、終身刑とか、死刑になった人たち。こういう人たちは、すぐに地獄行きと決められる。こんな風に、簡単な仕事である。
ある日、一人の男の魂が私の所にやってきた。私は早速生前のことについて、軽く話をすることにした。
「へぇ、あなた研究者だったんですか」
「はい、30年間ずっと研究をしていました」
生前の行動記録を見ても、特に悪事に手を染めたということはないようだ。ただ、気になる点が一つだけあった。男の研究内容だ。男が研究していたのは、様々な場所で使われる"爆弾"だった。
「爆弾を作っていたのですか?」
「はい。私の人生のほとんどを爆弾の研究に費やしました」
爆弾は炭鉱などで使用される。そういった場面での作業がぐっと楽になるのかもしれない。しかし、爆弾は良い面よりも悪い面の方が目立つ。もしも戦争やテロに爆弾が使用されたら、それは間接的な大量殺人とも考えられる。この場合、男は天国と地獄、どちらに行くべきなのだろうか。私はとりあえず、この決定を保留にすることにした。
その次に来た男も、厄介な事情を抱えていた。男は3人もの人を殺害し、死刑になった。これだけ考えれば即地獄行きだが、その3人は男の妻を殺害した犯人だったのだ。こうなってくると、地獄行きにもしづらいし、かといって天国に行かせるのも変な感じがする。私はこの男も保留にした。今日は保留の魂が多い。
私が保留にした2人の行き先に頭を悩ませていると、また1人の男の魂がやってきた。今度の魂は、生前に裁判官をしていたらしい。私は少しほっとした。法を司る人間が、地獄行きになるなんて考えにくい。私は話を聞いてみる。
「生前に裁判官をなさっていたんですね」
「はい」
「犯罪歴があるわけでもないし、天国行きで……」
私が書類に天国行きの判を押そうとした時、男が「待った」と言って止めた。
「私……地獄へ行くべきなんです」
「なぜです? 見たところ犯罪歴などは無いようですが」
男はうつむきながら、ゆっくりと話し始めた。
「私、無実の人を殺したんです、死刑宣告で。DNA鑑定がまだ未熟だった頃、検察が強引に証拠としてDNAを使用したんです。私もその結果を信用して、死刑を宣告しました。ですが、死刑が執行されて何年か経った後、私の知り合いに頼んでもう一度DNA鑑定をしてもらったら、DNAが一致しなかったんです。私も知り合いもそのことは誰にも言いませんでした。言ったとしても、もみ消されていたでしょう。私はそれ以来、裁判官を辞めました。お願いします、この苦しみから逃れるには、地獄へ行くしかないんです」
自分から地獄行きを要求する魂なんて初めて見た。だが、この男の話だけで行き先を決めるわけにはいかないので、私はまた保留にした。今日で3人目だ。
仕事が終わり、私は一人で今日の元裁判官の男のことを思い返していた。思えば私の仕事も、裁判官に似ている。他の誰かが調査した内容に基づき、判断をする。ということは、私もあの男のような間違いを犯している可能性があるということではないか。途端に恐ろしくなった。生前の行いの記録がすべて正しいという保証はどこにあるのか。
私はその日以来、この仕事を辞めた。そして、天国に戻ってきた。私は初めて、地獄に行きたいと思った。永遠に解放されることのない罪悪感と恐怖感を抱きながら、私はこの先も天国で過ごすのだ。ここは本当に天国なのだろうか。