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有能な人は……。

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/06/19

 

 昔は違ったらしいが少なくとも私の出世というものには消極的だ。

 なにせ、給料なんかより責任が増えることの苦痛の方が遥かに大きいと思うから。

 そんなことを部下に愚痴ると部下は小馬鹿にするような口振りで答えた。


「分かっていませんね。あなたのように有能な人間は上にいく義務があるんですよ」


 中途で入ってきたこの部下は本当に可愛げがない。

 新卒とは違いミスはしないし、言わずとも出来ることは率先的に行うし、さらに手が空けば部署全体を見回してフォローに回る。

 果てはこうして私のような愚痴の多い上司の相手までしてくれる。


「あなたは出世しますよ。何せ、有能だから」

「お前だって出世するぞ。有能だから」

「何言っているんですか。私はフォローは出来ても全体をまとめ上げることなんて出来ませんよ」


 歳は一回りも下だ。

 だと言うのにこの軽口が許されるのは働きぶりと憎めない性格故だろう。


「まぁ、私はいつまでもあなたについて行きますんで。平のままね」

「いいよなぁ。指示待っているだけで」

「それパワハラですよ」

「は? これだけで?」

「当たり前じゃないですか。受け取り手次第なんですから。時代は違うんですよ、もう」

「ますます出世なんかするもんじゃねえな」

「だから私は何があっても断ります」


 鬱陶しい。

 だが、こうした失言をしてしまう私をフォローもする。

 能力的には流石にまだ私には及ばないが、それでも四十の坂が見えてきた私と違い伸びしろは間違いなくあるだろう。

 故に私は自らが出世の話が来た時、後任を彼に据えた。


「断らなかったな」

「断る=退職じゃないですか。事実上の」

「流石にその捉え方は大げさだと思うが」

「私より歴が長い人は何人も居るでしょう?」


 その通りだ。

 しかし、皆が後任を断った。

 元より全員が彼以下の能力であったが、それを抜きにしても責任感がない者ばかりだったが。


「何でそれを受け入れるんですか。ずるくないですか」

「馬鹿かお前。こっちだって断られるの見越して聞いたからわざわざ何も言わないんだよ」

「はい? どういうことですか」

「お前なぁ。会社だって利益になる人を出世させるに決まっているだろう?」


 部下はぶつぶつと文句を言っていたが私はそれを適当に宥める。

 そもそもこちらとしても彼が断わらない……いや、断れないのを見越していたところはある。


『私は何があっても断ります』


 そんなことを言っていたが彼がそれが出来る人間ではないなんて分かり切っている。


「観念しろよ。お前も言っていただろう? 有能な人間は上にいく義務があるって」

「私はあなたと違って有能じゃありません」

「有能だから出世するんだよ」

「有能じゃないことをこれから証明することになりそうですね」


 止まらない彼の愚痴を聞き流しながら私は過去の発言を味わうように思い出す。

 あぁ、少しだけ気分がいい。


「まぁ、とりあえず頑張れよ」


 そう言葉を送りながら心の中で呟くのだ。

 ざまぁみろ、と。


 数年後には私と並び、さらに数年後には上司となる部下は今はまだ頼れる相手にぶつくさと文句を言い続けるのだった。

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