表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話 ここどこ? そして俺は魚!?

雨は塩の匂いがした。

……いや、逆だったかもしれない。

うまく思い出せない。

覚えているのは、灰色の海岸。

手に握っていた釣り竿。

そして、遠くから聞こえてきた「嵐が来る」という声だけだった。

その後――水。

どこもかしこも水だった。

そして、あの光。

頭を貫くほど眩しい光。

『――来い……』

誰だ?

誰を呼んでいる?

「……俺の名前、なんだっけ?」

答えはなかった。

再び、世界は暗闇に沈む。

……

……

温かい水。

暗闇。

静寂。

ゆっくりと目を開けた。

……いや、“今の自分”に目があるのかは分からない。

彼は地下の池に浮かんでいた。

湿った洞窟の奥に隠された、小さな水場。

水はぬるく、妙に心地いい。

「おお……悪くないな、これ」

体を動かそうとする。

だが、自分のどこが頭で、どこが胴体なのかよく分からない。

「でも……腹減ったな……」

ゆっくり振り向くと、近くを泳ぐ奇妙な生物たちが見えた。

小さい。

丸い。

頭の横に変な板みたいなのが付いている。

「おお……なんだこいつら」

数秒じっと見つめる。

「俺たち魚……? それともオタマジャクシ? 魚オタマ?」

一匹が目の前を通り過ぎたが、何の反応もない。

「うーん……あんまり賢そうじゃないな」

その時、上から何かが落ちてきた。

餌だ。

彼は本能のままに飛びついた。

ぎこちなく泳ぎながら勢いよく吸い込む。

「飯だぁぁぁ!!」

別の魚がぶつかってきた。

「おい! 想像上の列を守れ!」

食べる。

泳ぐ。

生きる。

シンプルだ。

最高だった。

――その影が現れるまでは。

突然、池の上に網が落ちてきた。

「……え?」

何匹もの魚がまとめて捕らえられる。

「ちょっ!? なんだこれぇぇ!? 契約書とかサインしてないんだけど!?」

老人の漁師が網を持ち上げ、笑った。

「はっはっは。こりゃ丸々太ってるな。炭焼きにぴったりだ」

サコノは凍りついた。

「炭焼き……?」

魚たちは水入りのバケツに放り込まれる。

サコノは必死にもがいた。

「ちょ、待っておじさん! 誤解です! 俺は食用じゃありません! 中身めちゃくちゃ知的なんですけど!?」

老人は当然のように無視して歩き続ける。

「あー……そりゃ言葉通じないか。いや、もしかして誰にも聞こえてない?」

周囲の魚を見る。

「まあ……悲劇の仲間ってことで」

沈黙。

「……君はどう思う?」

隣の魚は、ただ魚として存在していた。

「会話が終わってる」

サコノは力なく浮かんだ。

「うーん……寝ればどうにかなるかな……」

その時、少女の声が響いた。

「魚一匹で銅貨百五十枚?」

サコノは目を開く。

水越しに見えたのは、バケツを覗き込む赤髪の少女だった。

ぼさぼさの赤髪。

簡素な服。

大きな瞳。

そして――妙に腹を空かせた顔。

「そんな目で見ないで。絶対“どう料理しようかな”って考えてるでしょ」

漁師が腕を組む。

「珍しい魚だからな。ほら、この太ったやつなんか最高だぞ」

サコノを指差した。

「おい!! 今の完全に悪口だろ!!」

少女は疲れたようにため息をついた。

「今回は骨、多くないといいけど……」

硬貨を渡し、バケツを持ち上げる。

世界がぐらりと揺れた。

少女はじっと彼を見つめた。

「こんにちは、ブサイクなお魚さん」

「……」

「今夜、君を食べる予定だから」

「自己紹介が直球すぎるだろぉぉぉ!!」

少女はくすっと笑った。

「うーん……でも先に名前つけようかな」

少し考え込む。

「今日から君は――サコノ」

サコノはバケツの中で暴れ回った。

「食材に名前つけるの精神的に怖いんだけど!?」

少女は首を傾げる。

「お腹空いてるの? それとも呪われてる?」

「怒ってるんだよ!」

「変な魚……なんか損した気分」

「こっちは死にそうなんだけど!?」

少女はそのまま村を歩き始めた。

サコノはバケツの中から景色を見る。

人間。

エルフ。

魔法使い。

騎士。

露店。

全部がおかしい。

そして混乱する。

「……絶対、元の世界じゃないよな」

その瞬間。

一つの影が前に降ってきた。

フード姿の盗賊だ。

男は勢いよくバケツを奪い取った。

「えっ!?」

「ちょっと! 私の晩ご飯返しなさい!!」

「いや最初の心配そこなの!?」

盗賊は走り去る。

少女は舌打ちし、片手を上げた。

炎が弓の形を作り出す。

サコノの目が見開かれた。

「お」

「おお」

「魔法だぁぁぁ!!」

炎の矢が放たれる。

盗賊はギリギリで回避した。

「くそっ!」

サコノは盗賊を見る。

次に少女を見る。

そして再び盗賊を見る。

「……待てよ」

その目が鋭くなった。

「ここ、全員俺を食おうとしてない?」

彼はバケツから飛び出した。

「必殺!! ヤケクソ魚アタック!!」

顔面に体当たりを食らった盗賊が悲鳴を上げる。

「ぐあっ!?」

だが、その反動でサコノ自身も吹っ飛んだ。

地面。

乾燥。

痛み。

恐怖。

「水……!」

彼は必死にもがく。

「水水水水水水水!!」

少女が慌てて駆け寄った。

「ちょっ、大丈夫!?」

素早く彼を抱え上げる。

「魚が攻撃してくるなんて初めて見た……」

サコノは暴れ続けた。

「普通の魚は税金も人生も背負ってないんだよ!!」

「しかも結構ブサイクだし」

「なんでみんなそこ強調するのぉぉぉ!?」

少女は川へ走り、水をバケツへ入れ直した。

水が彼を包み込む。

静寂。

平穏。

生。

「あぁぁぁぁ……生き返る……」

少女は小さく笑った。

「元気になった、変なお魚さん?」

サコノは小さな泡を吐く。

「まあ……精神的には傷ついたけど」

少女は首を傾げる。

「うーん、たぶん元気ってことね」

数秒見つめた後、ため息をつく。

「……なんか少しかわいそうになってきた」

サコノは瞬きをした。

「それって、もう料理しないってこと?」

少女は少し考える。

「あとで食べるかも」

「鬼かお前ぇぇぇ!!」

少女は楽しそうに笑った。

そして再びバケツを持ち上げる。

「行こう、サコノ」

水の中から、サコノは彼女を見上げた。

「……」

「死んでからの人生、確実に悪化してるんだけど」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ