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いっしょにいるよ-間宮響子-

作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど
掲載日:2026/04/20

 ――それは、最初から“そこにいた”のかもしれない。


 間宮響子のもとに相談が持ち込まれたのは、梅雨の湿気が街にまとわりつく夜だった。


 依頼主は、都内の高校に通う三人の女子生徒。どこにでもいる、ごく普通の少女たち――のはずだった。   

 だが、事務所の扉を開けた瞬間、響子は気づいた。

 彼女たちの「影」が、妙に濃い。

 

「……それで、そのぬいぐるみが」


 震える声で語り出したのは、長い黒髪の少女・奈緒だった。


「勝手に、動くんです」

 

 彼女のカバンには、小さなマスコットがぶら下がっていた。どこにでも売っていそうな、うさぎのぬいぐるみ。白い体に、赤いリボン。

 だが響子には、それが“ただのぬいぐるみ”には見えなかった。

 

 ――中に、何かがいる。

 

「最初は、気のせいだと思ってたんです。でも……」


 奈緒は唇を噛みしめる。


「家に帰ると、位置が変わってて。寝るときは机の上に置いたのに、朝起きたら枕の横にあったり……」


「それだけじゃないんです!」


 別の少女が口を挟む。


「捨てたのに、戻ってきたんです!」

 

 三人は、同じぬいぐるみを持っていた。

 色違いの、同じ形。

 

「流行ってたんです。お揃いでつけるのが……でも」


 三人目の少女が、ぼそりと呟いた。


「“あれ”、増えたんです」

 

 その言葉に、部屋の空気がわずかに歪む。

 

「増えた?」

 

「四つ目が、あったんです。誰も買ってないのに」

 

 沈黙。

 時計の秒針の音が、妙に大きく響く。

 

 響子はゆっくりと立ち上がり、奈緒のカバンに手を伸ばした。

 ぬいぐるみに触れる、その瞬間。

 

 ――ドクン。

 

 心臓とは別の鼓動が、指先に伝わる。

 

「……これは」

 

 ぬいぐるみの中に、空洞はなかった。

 詰め物の代わりに、“湿った何か”が詰まっている感触。

 

 そして、微かに聞こえる。

 

 ――かえして

 ――かえして

 ――かえして

 

「これを、どこで?」

 

「駅前の雑貨屋です。でも……もう、なくなってて」

 

 響子は目を細めた。

 

「これは“依り代”よ。漂っていたものが、たまたま入ったんじゃない。……最初から、そういう“器”として作られてる」

 

 三人の顔が青ざめる。

 

「どうすれば……」

 

 響子は、ぬいぐるみをじっと見つめた。

 その黒いボタンの目が、こちらを“見返してくる”。

 

「処分するしかない。ただし――普通の方法じゃ無理よ」

 

 

 ――その夜。

 

 人気のない河川敷。

 湿った風が、草をざわつかせる。

 

 響子は結界を張り、ぬいぐるみを中央に置いた。

 三体。

 そして、奈緒たちが言っていた“四つ目”も、すでに彼女の手元にあった。

 

「来てるわね」

 

 闇の中に、気配が滲む。

 

 ぬいぐるみの糸が、ゆっくりと軋む音を立てた。

 

 ――ミシ、ミシ、ミシ……

 

 首が、曲がる。

 

 ありえない方向へ。

 

「……っ!」

 

 三人が悲鳴を飲み込む。

 

 ぬいぐるみの口元が、裂けた。

 縫い目が弾け、中から黒い液体が滲み出る。

 

 それは“血”ではない。

 もっと粘り気のある、腐敗した感情の塊。

 

「かえして」

 

 声がした。

 

 それはぬいぐるみからではない。

 三人の背後から。

 

 振り返ると――

 

 そこに“少女”が立っていた。

 

 制服姿。

 だが顔がない。

 ただ、真っ黒に塗り潰されている。

 

「わたしの、じかん」

 

その瞬間、三体のぬいぐるみが一斉に跳ね上がった。

 

「――響子さん!」

 

 響子は印を結び、呪を叩き込む。

 

「帰りなさい!」

 

 光が弾ける。

 ぬいぐるみが焼けるように震え、黒い液体が蒸発する。

 

 少女の影が歪む。

 

「いや」

 

 低い声。

 

「まだ、たりない」

 

 

 ――その夜、すべては終わった。

 

 ぬいぐるみは完全に焼却され、灰すら残らなかった。

 少女の影も、消えた。

 

 依頼は、解決したはずだった。

 

 

 

 ――一週間後。

 

 奈緒は、安心しきっていた。

 

「もう大丈夫だよね」

 

 教室で笑い合う。

 

 カバンを机にかける。

 

 何気なく、中を見る。

 

 そこに。

 

 “白いうさぎのぬいぐるみ”が、ぶら下がっていた。

 

「……え?」

 

 手が震える。

 

 見覚えがある。

 

 いや、違う。

 

 これは――

 

 “前よりも、新しい”。

 

 タグがついている。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

【あなたの時間を一緒に過ごします】

 

 奈緒は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 教室の中。

 

 クラスメイトたちが、全員――

 

 同じぬいぐるみを、カバンにつけていた。

 

 

 そして、誰も。

 それに“気づいていない”。

 

 

 

 その日の放課後。

 

 奈緒は、帰宅しなかった。

 

 彼女の机の中からは、ひとつだけ見つかった。

 

 少しだけ汚れた、白いうさぎのぬいぐるみ。

 

 その腹部は、わずかに膨らんでいた。

 

 まるで、中に何かが“増えた”かのように。

 

 

 ――それから。

 

 そのぬいぐるみは、静かに流行し続けている。

 

 誰かの時間を、少しずつ食べながら。


 気づかれないまま。

 

 “いつも一緒にいる”という形で。



  ――(完)――

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