いっしょにいるよ-間宮響子-
――それは、最初から“そこにいた”のかもしれない。
間宮響子のもとに相談が持ち込まれたのは、梅雨の湿気が街にまとわりつく夜だった。
依頼主は、都内の高校に通う三人の女子生徒。どこにでもいる、ごく普通の少女たち――のはずだった。
だが、事務所の扉を開けた瞬間、響子は気づいた。
彼女たちの「影」が、妙に濃い。
「……それで、そのぬいぐるみが」
震える声で語り出したのは、長い黒髪の少女・奈緒だった。
「勝手に、動くんです」
彼女のカバンには、小さなマスコットがぶら下がっていた。どこにでも売っていそうな、うさぎのぬいぐるみ。白い体に、赤いリボン。
だが響子には、それが“ただのぬいぐるみ”には見えなかった。
――中に、何かがいる。
「最初は、気のせいだと思ってたんです。でも……」
奈緒は唇を噛みしめる。
「家に帰ると、位置が変わってて。寝るときは机の上に置いたのに、朝起きたら枕の横にあったり……」
「それだけじゃないんです!」
別の少女が口を挟む。
「捨てたのに、戻ってきたんです!」
三人は、同じぬいぐるみを持っていた。
色違いの、同じ形。
「流行ってたんです。お揃いでつけるのが……でも」
三人目の少女が、ぼそりと呟いた。
「“あれ”、増えたんです」
その言葉に、部屋の空気がわずかに歪む。
「増えた?」
「四つ目が、あったんです。誰も買ってないのに」
沈黙。
時計の秒針の音が、妙に大きく響く。
響子はゆっくりと立ち上がり、奈緒のカバンに手を伸ばした。
ぬいぐるみに触れる、その瞬間。
――ドクン。
心臓とは別の鼓動が、指先に伝わる。
「……これは」
ぬいぐるみの中に、空洞はなかった。
詰め物の代わりに、“湿った何か”が詰まっている感触。
そして、微かに聞こえる。
――かえして
――かえして
――かえして
「これを、どこで?」
「駅前の雑貨屋です。でも……もう、なくなってて」
響子は目を細めた。
「これは“依り代”よ。漂っていたものが、たまたま入ったんじゃない。……最初から、そういう“器”として作られてる」
三人の顔が青ざめる。
「どうすれば……」
響子は、ぬいぐるみをじっと見つめた。
その黒いボタンの目が、こちらを“見返してくる”。
「処分するしかない。ただし――普通の方法じゃ無理よ」
――その夜。
人気のない河川敷。
湿った風が、草をざわつかせる。
響子は結界を張り、ぬいぐるみを中央に置いた。
三体。
そして、奈緒たちが言っていた“四つ目”も、すでに彼女の手元にあった。
「来てるわね」
闇の中に、気配が滲む。
ぬいぐるみの糸が、ゆっくりと軋む音を立てた。
――ミシ、ミシ、ミシ……
首が、曲がる。
ありえない方向へ。
「……っ!」
三人が悲鳴を飲み込む。
ぬいぐるみの口元が、裂けた。
縫い目が弾け、中から黒い液体が滲み出る。
それは“血”ではない。
もっと粘り気のある、腐敗した感情の塊。
「かえして」
声がした。
それはぬいぐるみからではない。
三人の背後から。
振り返ると――
そこに“少女”が立っていた。
制服姿。
だが顔がない。
ただ、真っ黒に塗り潰されている。
「わたしの、じかん」
その瞬間、三体のぬいぐるみが一斉に跳ね上がった。
「――響子さん!」
響子は印を結び、呪を叩き込む。
「帰りなさい!」
光が弾ける。
ぬいぐるみが焼けるように震え、黒い液体が蒸発する。
少女の影が歪む。
「いや」
低い声。
「まだ、たりない」
――その夜、すべては終わった。
ぬいぐるみは完全に焼却され、灰すら残らなかった。
少女の影も、消えた。
依頼は、解決したはずだった。
――一週間後。
奈緒は、安心しきっていた。
「もう大丈夫だよね」
教室で笑い合う。
カバンを机にかける。
何気なく、中を見る。
そこに。
“白いうさぎのぬいぐるみ”が、ぶら下がっていた。
「……え?」
手が震える。
見覚えがある。
いや、違う。
これは――
“前よりも、新しい”。
タグがついている。
そこには、こう書かれていた。
【あなたの時間を一緒に過ごします】
奈緒は、ゆっくりと顔を上げた。
教室の中。
クラスメイトたちが、全員――
同じぬいぐるみを、カバンにつけていた。
そして、誰も。
それに“気づいていない”。
その日の放課後。
奈緒は、帰宅しなかった。
彼女の机の中からは、ひとつだけ見つかった。
少しだけ汚れた、白いうさぎのぬいぐるみ。
その腹部は、わずかに膨らんでいた。
まるで、中に何かが“増えた”かのように。
――それから。
そのぬいぐるみは、静かに流行し続けている。
誰かの時間を、少しずつ食べながら。
気づかれないまま。
“いつも一緒にいる”という形で。
――(完)――




