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生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


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第7話「忍び寄る黒い影」

 温室の厚いガラス越しに、白く霞んだ太陽の光が静かに降り注いでいる。

 外の世界は相変わらず猛烈な吹雪に閉ざされているが、この小さな空間だけは春の陽気を先取りしたかのように暖かかった。

 赤煉瓦の炉で燃える火は安定した熱を放ち、湿気を帯びた空気が土の柔らかな匂いを運んでくる。

 リオンは作業台の前に立ち、二人の鉢植えをじっと見つめていた。

 黒い土から顔を出した小さな芽は、日を追うごとに力強く茎を伸ばしている。

 肉厚な緑色の葉の中心には、米粒ほどの小さな蕾がしっかりと結ばれていた。

 その硬い蕾の表面を指の腹でそっと撫でると、微かな生命の脈動が伝わってくるような気がする。

 南の国で見てきた色鮮やかで華美な花々とは違い、この北国の植物は凍てつく大地に根を張るための地味で頑健な姿をしていた。

 それでもリオンにとって、この小さな蕾は世界中のどんな宝石よりも美しく、価値のあるものに思えた。


『これが咲く時を、ゼルグと一緒に見たい』


 リオンは心の中でそうつぶやき、自然と頬を緩ませた。

 背後から静かな足音が近づき、大きな影がリオンの体をすっぽりと覆い隠す。

 振り返らなくても、その気配と針葉樹のような清冽な香りで誰が来たのかは分かっていた。

 ゼルグはリオンの背後に立ち、長い腕を伸ばして作業台の縁に手をつく。

 巨大な体に閉じ込められるような姿勢になるが、リオンに恐怖はなく、むしろ絶対的な安全地帯にいるという確かな安堵に包まれていた。

 ゼルグの鼻先がリオンの後頭部に触れ、髪の隙間に顔を埋めるようにして深く息を吸い込む。

 オメガであるリオンが発する匂いを確かめる行動は、ゼルグにとって欠かせない日課となっていた。

 リオン自身には自分の匂いがどのようなものか分からないが、ゼルグがこうして触れるたびに、彼から発せられるアルファの気配がより穏やかに、より甘く変化していくのを感じ取れる。

 ゼルグは蕾を見つけ、喉の奥で満足げな音を鳴らした。

 大きな指先がリオンの細い肩に置かれ、温かな熱が衣服をすり抜けて肌へと浸透してくる。


「もうすぐ、咲きそうです」


 リオンが南の言葉で静かに語りかけると、ゼルグは意味を推し量るように目を細めた。


 言葉の壁は依然として存在しているが、互いの視線の交わりや、声の高さ、息継ぎのわずかな間で感情のやり取りができるようになっている。

 ゼルグはリオンの肩を抱き寄せ、自らの頬をリオンの髪にすり寄せた。

 その行動は不器用で粗野な獣のようでありながら、羽毛を扱うかのように繊細だ。

 リオンも目を閉じ、背中に密着する大きな胸板の鼓動に耳を澄ませる。

 一定のリズムを刻む心音は、冷たい世界からリオンを守る城壁のように力強かった。

 このまま時間が止まってしまえばいいと、リオンは心の底から願う。

 南の国での冷遇された日々や、自分が生贄として送られてきたという絶望的な事実は、遠い過去の幻のように薄れつつあった。




 その日の午後、リオンが自室の暖炉の前で本を読んでいると、廊下の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 分厚い絨毯に足音が吸い込まれるため、普段はこの城の奥深くまではほとんど音が届かない。

 それにもかかわらず、複数の重い足音と、金属がこすれ合うような鋭い音が、扉の向こう側から微かに漏れ聞こえてきたのだ。

 リオンは本から目を離し、不安な面持ちで扉の方へと視線を向ける。

 空気の質が突然変わったような、不快な圧迫感が肌を粟立たせた。

 しばらくして、扉がゆっくりと開き、険しい表情をしたゼルグが部屋に入ってくる。

 彼の纏う空気が、いつもの穏やかなものとは明らかに異なっていた。

 針葉樹の香りに、微かな焦燥と警戒の入り混じった鋭い匂いが混ざっている。

 ゼルグは足早にリオンに歩み寄り、その手首を掴むと、守るように自分の背後へと引き寄せた。


『何が起きているのだろう』


 リオンが怯えた目でゼルグの広い背中を見上げていると、廊下から聞き慣れない声が響いた。

 それは、獣人たちの低く響く声ではなく、ひどく甲高く、舌足らずな南の国の言葉だった。

 その響きを耳にした瞬間、リオンの全身の血が凍りついたように冷たくなる。

 忘れようとしていた過去の記憶が、濁流のように頭の中に押し寄せてきた。


「獣人の王よ、我が国の王子を迎えに参った」


 扉の枠に姿を現したのは、南の国の特徴的な意匠を施した豪華な外套を羽織る人間の使者だった。

 その後ろには、冷たい金属の鎧を身につけた数名の兵士が控えている。

 使者はゼルグを見上げ、その巨大な体躯に一瞬だけ怯むような素振りを見せたが、すぐに傲慢な態度を取り繕った。

 彼はリオンの姿を見つけると、口元に薄ら寒い笑みを浮かべる。


「おお、リオン殿下。このような獣の巣穴で、さぞや恐ろしい思いをされていたことでしょう」


 その言葉は、リオンの心を切り裂く見えない刃のように鋭かった。

 リオンの呼吸が浅くなり、視界の端が暗く点滅し始める。

 ゼルグは背後のリオンの震えを察知し、使者に向かって低く唸り声を上げた。

 室内の空気がビリビリと震え、暖炉の炎が強風に煽られたように大きく揺らぐ。

 それは、自らのテリトリーを侵されたアルファの、明確な敵意の表明だった。

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