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生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


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第5話「雪解けを待つ種」

 分厚い石の壁に囲まれた城の中庭は、高い塔の影に覆われ、吹き溜まった雪が小山のように積もっている。

 リオンはゼルグに手を取られ、雪かきがされた狭い石畳の小道をゆっくりと歩いていた。

 吐く息は真っ白に染まり、毛皮の襟元を深く合わせても、冷気が衣服の隙間を縫って忍び込んでくる。

 それでも、ゼルグの大きな手がリオンの細い指をすっぽりと包み込んでいるおかげで、不思議と寒さは和らいで感じられた。

 二人が向かっているのは、城の敷地の片隅にある、ガラス張りの小さな温室だった。

 鉄の枠組みに厚いガラスがはめ込まれたその建物は、周囲の雪景色の中で異質な存在感を放っている。

 ゼルグが重い扉を押し開けると、土の匂いと湿気を帯びた暖かい空気が一気に押し寄せてきた。

 温室の中央には煉瓦造りの炉があり、赤い火が静かに燃えている。


『こんな場所に、植物を育てる場所があったなんて』


 リオンは驚きとともに周囲を見渡した。

 棚には素焼きの鉢が並べられ、寒さに強い北国の植物たちが青々とした葉を広げている。

 南の国の色鮮やかな花々とは異なり、どれも葉が厚く、地を這うように低く育つものばかりだ。

 ゼルグは部屋の奥へと進み、小さな木箱を手に取ってリオンの元へ戻ってきた。

 木箱の中には、黒くて硬い、小石のような種がいくつか転がっている。

 彼はその一つを指先でつまみ上げ、リオンの目の前に差し出した。

 そして、傍らにある空の鉢と、棚に積まれた黒い土を順番に指差す。

 一緒にこれを育てようという無言の誘いだった。

 リオンは種を受け取り、その表面のざらりとした感触を指の腹で確かめる。

 命の気配を全く感じさせないほど乾燥して硬い種だが、この中に未来の芽吹きが隠されているのだと思うと、自然と指先の力が抜けた。


「……これを、僕と一緒に?」


 リオンが静かに問いかけると、ゼルグは目を細めて短く肯定の喉を鳴らした。


 彼はリオンを土が盛られた作業台の前に促し、自らも隣に並んで立つ。

 鉢の底に小石を敷き詰め、その上から水はけの良さそうな土を被せていく。

 ゼルグの手つきは巨大な体に似合わずひどく繊細で、土をこぼさないように細心の注意を払っているのが分かった。

 リオンも彼の動きを見様見真似で追いかけ、自分の鉢に土を詰める。

 二人は無言のまま、土の感触と匂いを共有する静かな時間に身を委ねていた。

 土の準備ができると、ゼルグは人差し指で土の中央に浅いくぼみを作り、そこに種を落とすようリオンに目配せをした。

 リオンは息を詰め、黒い種をそのくぼみへとそっと置く。

 ゼルグは横から優しく土を被せ、手のひらで表面を軽く押さえて均した。

 最後に木の柄杓で水をすくい、土の表面が黒く湿るまで丁寧に水を与える。

 水が土に染み込んでいく微かな音が、静寂に包まれた温室に心地よく響いた。


『この種が芽を出す頃には、僕たちはどうなっているのだろう』


 リオンは濡れた土を見つめながら、胸の奥に小さな灯りがともるのを感じていた。

 生贄として送られてきた彼にとって、未来を想像することは死の恐怖と同義だった。

 しかし今、土に埋められた種を通して、明日を待つことの喜びが芽生え始めている。

 ゼルグは作業を終えると、泥で汚れたリオンの手を取り、温室の隅にある水盆で丁寧に洗い流してくれた。

 冷たい水が指先を這うが、それを包み込むゼルグの手の温もりが、冷たさを中和していく。

 汚れを拭き取るための布がリオンの手に押し当てられ、水分が吸い取られていく過程すらもが、ひどく愛おしい儀式のように思えた。

 洗い終えた手を見つめ、リオンはゼルグに向かってゆっくりと頭を下げる。


「ありがとうございます、ゼルグ」


 名前を呼ばれたゼルグの耳がぴくりと動き、大きな尾が背後でわずかに揺れた。


 彼は何も言わず、ただリオンの頭に大きな手を乗せ、不器用に髪を撫でる。

 その感触は、獣が仲間に愛情を示すときに行うような、無骨でありながらも切実な優しさに満ちていた。




 二人は肩を並べて温室を出て、再び雪の舞う中庭を歩き出す。

 来た時と同じように手を繋いでいたが、そこに込められた力は先ほどよりも少しだけ強くなっていた。

 部屋に戻った後も、リオンの指先には土の匂いがかすかに残っていた。

 窓の外の景色は相変わらず白一色に染まっているが、リオンの目にはもう、この北の国が死の場所には見えなかった。

 あの分厚い氷の下には、春を待つ生命の息吹が隠されている。

 そして自分の心もまた、長い冬を越えて、彼という温かな光の方へと少しずつ顔を向け始めていることを、リオンは静かに自覚していた。

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