第4話「氷窓越しの温もり」
灰色の空から舞い落ちる雪片は、窓ガラスの向こう側で絶え間なく渦を巻いている。
分厚い石壁に守られた室内は暖炉の熱によって満たされ、外の厳罰のような寒さを完全に遮断していた。
リオンは窓辺の長椅子に腰を下ろし、結露でわずかに曇ったガラスを指先でなぞる。
指の腹に触れる冷たさは微かなもので、身にまとう毛皮の裏地がついた長衣の温もりを奪うほどではなかった。
ゼルグが与えてくれたこの大きすぎる衣服は、その重みさえもが今のリオンにとっては心強い盾のようだった。
背後の木製扉が重々しい音を立てて開き、冷たい空気の塊とともにゼルグが部屋へと入ってくる。
彼の大きな体は雪を被っており、肩に積もった白い粒が室内の熱気に触れて瞬時に水滴へと変わっていく。
ゼルグは入り口で念入りに雪を払い落とし、リオンの姿を視界に捉えると、険しかった目元をわずかに和らげた。
「……」
彼は低い喉鳴りのような音を立てて近づき、リオンの座る長椅子の横に片膝をつく。
その手には、革で装丁された古い書物と、削られた炭の欠片が握られていた。
リオンは不思議そうに小首を傾げ、ゼルグの顔と彼の手元の品を交互に見つめる。
ゼルグは書物の空白のページを開き、太い指先で炭の欠片をつまむと、紙の表面に何かを描き始めた。
力強い筆致で描かれたのは、燃え盛る炎と、その傍らに座る小さな人影だ。
描き終えたゼルグは、炭を置き、その絵を指差してから暖炉の火を指し示す。
『暖炉のそばに行け、ということだろうか』
リオンが小首を傾げて戸惑っていると、ゼルグは今度は別のページに新しい絵を描き始めた。
先ほどの小さな人影の隣に、ひときわ大きな獣の耳を持つ人物を描き足している。
そして、その大きな人物が小さな人物の肩に布を掛けている様子が、簡素な線でありながら明確に表現されていた。
ゼルグは自らの胸を叩き、続いて絵の中の大きな人物を指差す。
次にリオンを指差し、絵の中の小さな人物を示す。
「これは……あなたと、僕ですか」
リオンが南の言葉で尋ねると、ゼルグは言葉の意味が分からなくても、声の調子から理解を得たと感じ取ったのか、深く頷いた。
言葉という音の繋がりが意味を成さないこの空間で、彼らは紙に描かれた線を通して意志を繋ごうとしていた。
ゼルグは絵の中の布を指差し、リオンが羽織っている長衣の袖を軽く引っ張る。
寒くないか、という気遣いであることがリオンにも伝わってきた。
リオンは絵から目を上げ、ゼルグの黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「大丈夫です。温かいです」
リオンは自らの胸元を両手で包み込むような仕草をして、口元に小さな笑みを浮かべた。
ゼルグはその笑顔を見ると、満足そうに鼻から息を吐き、炭の欠片をリオンに差し出す。
自分にも何か描けという催促なのだと理解し、リオンは震える手で炭を受け取った。
何を描くべきか迷った末に、リオンは自分が育った南の国の風景を思い描く。
太陽の光を浴びて咲く大輪の花と、穏やかな波が寄せる海辺の景色を、記憶を頼りに紙に書き落としていく。
ゼルグはリオンの細い指先が動くのを、まばたきすら忘れたかのようにじっと見つめていた。
完成した絵を指差して、リオンは自分の胸を叩き、南の方角を指し示す。
『これが、僕のいた場所です』
ゼルグは顔を近づけ、紙に顔をこすりつけるようにして絵を眺めた。
そこには彼の知らない暖かな世界が広がっているのだと、線をなぞる視線が物語っている。
彼はリオンの描いた太陽を指差し、自分の目を細めて眩しそうな仕草を作ってみせた。
その大げさな動作がおかしくて、リオンはたまらず声を立てて笑ってしまう。
南の国で押し殺していた感情が、冷たい北の国で、言葉も通じない獣人の前で自然と溢れ出していた。
ゼルグはリオンの笑い声を聞き、少し驚いたように耳をピンと立てた後、彼自身もまた相好を崩した。
数日が過ぎ、リオンは自室から出て城内を歩くことを許されるようになった。
ゼルグが傍らに付き添うことが条件であったが、それは監視というよりも保護に近いものだった。
城の廊下は広く、天井は高く作られており、獣人たちの大きな体が行き交っても窮屈さを感じさせない。
壁の所々に設けられた燭台からは炎が揺らめき、獣脂の独特な匂いが微かに漂っている。
すれ違う獣人たちは皆、王であるゼルグに対して深く頭を垂れ、その隣にいる人間のリオンには好奇と敬意の混じった視線を向けてきた。
誰もリオンを軽蔑したり、生贄として見下したりはしない。
ある時、厨房の近くを通りかかると、香ばしい肉を焼く匂いと、甘い蜜を煮詰めるような香りが混ざり合って漂ってきた。
厨房の中からふくよかな体つきの熊の獣人の女性が顔を出し、焼き立ての小さな菓子を木皿に乗せてリオンに差し出す。
彼女は何か温かみのある言葉をかけながら、リオンの手に木皿を押し付けた。
リオンが戸惑ってゼルグを見上げると、彼は食べてもいいと促すように顎をしゃくった。
一つ手に取って口に運ぶと、木の実の香ばしさと蜂蜜の濃厚な甘みが舌の上に広がる。
素朴だが力強い味わいに、リオンの顔が自然とほころんだ。
その様子を見た厨房の女性たちは嬉しそうに笑い合い、ゼルグもまた誇らしげに胸を張っている。
北の国は厳しい気候に閉ざされているが、そこに住む者たちの内面は、凍える体を寄せ合うように温かく親密だった。
リオンは自分が恐れていたものが、無知から生じた幻影に過ぎなかったことを知り始めていた。
この巨大な石の城は、冷たい牢獄ではなく、外の脅威から身を守るための強固な巣なのだ。
そしてその巣の中心で、ゼルグは毎日リオンのために新しい布や柔らかい毛皮を運び込み、寝床をより快適に整え続けている。
言葉の壁は依然として立ちはだかっているが、二人の間に流れる空気は確実に色を変え、静かな信頼の土壌が築かれつつあった。




