エピローグ「咲き誇る氷花」
数年の歳月が流れ、北の国は何度目かの穏やかな春を迎えていた。
南の国との同盟はあの夜を境に決裂したが、北の獣人国が誇る圧倒的な武力と厳しい自然の障壁を前に、南の王は手出しを諦めるしかなかった。
城の中庭は、かつて雪に埋もれていた荒涼とした景色が嘘のように、色鮮やかな緑に覆われている。
雪解け水は石畳の間に作られた小さな水路をさらさらと流れ、澄んだ音を立てていた。
その水路の縁に沿って、透き通るような青い花が一面に咲き乱れている。
かつてリオンとゼルグが温室で共に種を植え、芽吹きを見守ったあの氷の花だ。
二人はその後、咲き終わった花から種を採取し、少しずつ中庭へと移植していった。
北の国の短い春を彩るその青い花は、今や城の住人たちにとって、王とその伴侶の深い愛を象徴する特別な植物として大切に育てられている。
リオンは中庭の長椅子に腰を下ろし、風に揺れる青い花畑を静かに眺めていた。
彼の身には、ゼルグが選んだ滑らかな青い布地の服がまとわれている。
顔つきは南の国から来た頃の青白く怯えた少年のものではなく、落ち着きと気品を備えた青年のそれへと変化していた。
自己評価の低かった心は、ゼルグの絶対的な愛情と庇護によって完全に満たされ、今では獣人たちからも王の伴侶として深い敬愛を集めている。
背後から、石畳を踏む重く規則的な足音が近づいてきた。
振り返らなくても、その気配と匂いで誰が来たのかはわかる。
針葉樹の清々しい香りに、日差しのような暖かさが混じった、リオンにとって最も愛おしい匂い。
ゼルグはリオンの背後に回ると、長椅子の背もたれ越しに大きな体をかがめ、リオンの首筋に顔を埋めた。
数年が経った今でも、彼は毎日のようにこうしてリオンの匂いを確かめ、自らの心を落ち着かせる儀式を欠かさない。
リオンは目を閉じ、首筋に触れる硬い髪の感触と、熱い吐息を受け入れる。
「ゼルグ、お疲れ様」
リオンが流暢な獣人の言葉で労うと、ゼルグは鼻を鳴らして応え、リオンの隣に腰を下ろした。
二人の間には、もはや言葉の壁は存在しない。
リオンの努力と、ゼルグの忍耐強い歩み寄りによって、互いの言葉は完全に通じ合うようになっていた。
ゼルグは大きな手でリオンの指を包み込み、自分の膝の上に置く。
「花が、随分と増えた」
ゼルグが低い声で言いながら、青く染まった中庭を見渡す。
「ええ。皆が大切に育ててくれているおかげです。初めてあの温室で一つだけ咲いた時のことを思い出します」
リオンの言葉に、ゼルグは黄金色の瞳を細め、遠い記憶を愛おしむように頷いた。
すべてを拒絶し、恐れていたあの冬の日々。
だが、その冷たい雪の下には、確かに未来へと続く種が埋まっていたのだ。
ゼルグはリオンの方を向き、その頬にそっと手を添える。
親指の腹で目元をなぞる仕草は、出会った日から何一つ変わっていない。
リオンはその手に自らの手を重ね、ゼルグの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
南の国で不要なものとして切り捨てられた命は、この北の地で根を張り、美しい花を咲かせた。
居場所とは他人に決められるものではない。
自らの意思で選び、育み、守り抜くものなのだ。
風が吹き抜け、無数の青い花びらが微かに揺れる。
ゼルグの顔が近づき、二人の影が一つに重なり合う。
互いの体温と匂いが溶け合い、満ち足りた静寂が中庭を包み込む。
氷の国で見つけた確かな温もりは、季節が何度巡ろうとも、決して失われることなく彼らの心を照らし続けるのだった。




