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生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


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番外編「春を待つ市場」

 屋根に積もった雪が解け、ぽたぽたと雫となって石畳に落ちる音が街のあちこちで響き渡っている。

 長く厳しい冬が終わりを告げ、短い春の訪れを祝うかのように、城下町の中央市場は多くの獣人たちで活気に満ちていた。

 色とりどりの布地が風に揺れ、香辛料の刺激的な匂いと、焼き立てのパンの甘い香りが混ざり合って鼻腔をくすぐる。

 木箱には冬の間に保存されていた根菜や、南の国から届いた珍しい果物が並べられ、売り手たちの威勢の良い声が飛び交っていた。

 リオンはゼルグと並んで歩きながら、その賑やかな光景に目を輝かせていた。

 かつては生贄として怯えながら馬車の中から見ていたこの街も、今では自分の一部のように愛着を感じている。

 リオンの身には、ゼルグが特注で作らせた、上質な布と柔らかな毛皮を用いた外套が羽織られていた。

 体格に合わせて仕立てられたその服は、もはや長すぎて引きずることもなく、リオンの体にしっかりと馴染んでいる。

 隣を歩くゼルグは、王としての装飾を外し、ごく目立たない衣服を身につけていたが、その巨大な体躯と隠しきれない威厳に、すれ違う獣人たちは皆、畏敬の念を込めて道を譲った。

 それでも、彼らの視線には恐怖ではなく、親愛の情がこもっている。

 ゼルグが市場を歩くことなど滅多にないため、人々は遠巻きに見守りながらも、隣にいるリオンの存在を温かく受け入れていた。


「これ、甘い、ですか?」


 リオンはある屋台の前で立ち止まり、木箱に積まれた赤い果実を指差して店主の女性に尋ねた。

 たどたどしいながらも、はっきりとした獣人の言葉だ。

 店主の熊の獣人は目を丸くし、それから破顔して大きく頷いた。


「ええ、とても甘いですよ。冬を越して、蜜がたっぷり詰まっていますからね。伴侶様と一緒にどうですか?」


 伴侶様、という言葉の響きに、リオンの頬がわずかに熱を帯びる。


 ゼルグはリオンの様子を見て、満足そうに喉の奥を鳴らし、迷うことなく銀の硬貨を店主に手渡した。

 店主は驚きながらも恭しく頭を下げ、一番大きくて色の濃い果実を二つ、布に包んでリオンに手渡す。

 リオンはそれを受け取り、満面の笑みを浮かべてゼルグを振り返った。

 ゼルグの黄金色の瞳もまた、柔らかく細められている。




 二人は市場の喧騒を抜け、石造りの建物の間の細い路地へと足を踏み入れた。

 ここは職人たちが店を構える区画で、布地を扱う店や、革細工の工房が軒を連ねている。

 ゼルグはある一軒の仕立て屋の前で足を止め、リオンの手を引いて中に入った。

 店内には、北の国特有の厚い織物から、南の国から輸入されたと思われる薄くて滑らかな絹まで、無数の布地が山のように積まれている。

 奥から出てきた老齢の山羊の獣人が、ゼルグの姿を見るなり深く頭を下げた。

 ゼルグは老人に短く指示を出すと、リオンを棚の前へと促す。

 そこには、春に向けて作られた、少し薄手で色鮮やかな布地が並んでいた。

 淡い緑、深い青、そして雪解けのような透き通った白。

 ゼルグは淡い緑色の布を手に取り、リオンの顔の横に合わせてみる。

 そして小さく首を横に振り、次は青い布を合わせる。

 どうやら、リオンの新しい服を作ろうとしているらしい。


「ゼルグ、僕は今の服で十分に……」


 リオンが遠慮がちに言うと、ゼルグはリオンの言葉を遮るように、一枚の美しい布を引き出した。


 それは、温室で咲いたあの花と同じ、氷の結晶のような透き通る青色をしていた。

 ゼルグはその布をリオンの肩に掛け、じっと見つめる。

 黄金色の瞳が、布の色とリオンの顔立ちの調和を確かめるように動く。

 数秒の沈黙の後、ゼルグは大きく頷き、老人にその布で服を仕立てるよう命じた。

 オメガを自分の庇護下に置き、自らが選んだものを身につけさせるという、アルファの巣作り本能の延長にある行動だった。

 リオンは抗議するのをやめ、布の滑らかな感触を指先でなぞる。

 自分を美しく飾り立てようとしてくれるゼルグの不器用な愛情が、布を通してじわりと伝わってくる。




 仕立ての採寸を終え、店を出る頃には、空は薄暗く色づき始めていた。

 市場の熱気は冷めることなく、あちこちで灯りがともり始めている。

 冷たい風が吹き抜けるが、ゼルグが風上に立って歩いてくれるため、リオンの体に寒さは届かない。

 ゼルグの大きな手が、自然な動作でリオンの手を包み込む。

 厚い皮と微かな毛に覆われたその手のひらは、リオンにとって世界で一番安心できる場所だった。

 言葉が通じない恐怖に震えていた日々は、もう遠い昔のことのように思える。

 今は、彼が何を考え、何を求めているのか、手のひらから伝わる熱だけで理解できた。

 二人は手を繋いだまま、雪解けの水音と人々の笑い声が交差する街を抜け、自分たちの城へとゆっくりと歩みを進める。

 長く暗い冬を乗り越えた二人の前には、穏やかで光に満ちた春の時間が、果てしなく広がっていた。

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