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生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


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第13話「永遠の誓い」

 まぶたの裏に柔らかな光を感じ、リオンはゆっくりと眠りの底から引き上げられた。

 視界の端で揺らぐのは、窓の隙間から差し込む朝の光が石の壁に描く淡い陰影だ。

 分厚い毛皮に包まれた体は、指の先からつま先まで、じんわりとした熱を帯びている。

 それだけでなく、背中から腰にかけて、巨大で力強い温もりがぴったりと張り付いていた。

 規則的に繰り返される深い呼吸が、リオンのうなじを優しく撫でる。

 ゼルグの厚い胸板が、リオンの背中に触れたままゆっくりと上下していた。

 昨夜の記憶が、鮮明な色彩と温度を伴って頭の中を駆け巡る。

 互いの体温を分け合い、言葉という不確かなものを超えて、魂の根底で繋がり合った時間。

 リオンの肌には、ゼルグの少し硬い髪の感触や、皮膚を滑る大きな手のひらの名残が、甘い疼きとして刻み込まれていた。

 そして何より、リオンの周囲を取り巻く匂いが劇的に変化している。

 これまでリオン自身から発せられていたオメガの香りは、ゼルグという強大なアルファが持つ針葉樹の清冽な香りと完全に混ざり合い、新たな一つの匂いとなって空間を満たしていた。

 それは、二人が誰にも引き裂かれることのない伴侶となったことを示す、何よりの証明だった。

 リオンが身じろぎをすると、背後から回されたゼルグの腕が反射的にリオンの腰を強く引き寄せた。

 眠りの中にありながらも、己のつがいを逃がすまいとする本能の表れだ。

 その力強さに、リオンの唇から自然と笑みがこぼれる。


「ゼルグ」


 かすれ気味の声で名前を呼ぶと、背中の振動がわずかに止まり、低い喉鳴りのような音が返ってきた。


 黄金色の瞳がゆっくりと開き、まだ微睡みを引きずった視線がリオンの横顔を捉える。

 ゼルグは大きな手でリオンの肩を包み込み、そのまま顔を近づけて、リオンの頬に鼻先をすり寄せた。

 互いの匂いを確かめ合う、獣人特有の朝の儀式だ。

 ゼルグの吐息が肌に触れるたび、リオンの胸の奥で温かな泉が湧き上がるような感覚が広がる。

 もう、南の国への恐怖も、生贄としての惨めな記憶も、欠片すら残っていなかった。

 リオンは体を反転させ、ゼルグと正面から向き合う。

 大きな手を取り、自らの頬に押し当てると、ゼルグは目を細めて親指でリオンの目元を優しくなぞった。

 その動作には、大切で壊れやすい宝物を扱うような、限りない慈しみが込められている。

 ベッドから抜け出し、冷たい石の床に足をつく。

 室内の空気は澄み切っており、暖炉の残り火が微かな赤みを帯びていた。

 ゼルグは衣服を身につけながら、リオンの方をちらちらと視界に収めている。

 オメガが視界から外れることを極端に嫌がるのは、結ばれた直後のアルファ特有の行動で、本能によるものなのだと、リオンは直感的に悟っていた。




 朝の食事を終え、二人は厚手の外套を羽織って中庭へと向かう。

 重い扉を開けると、外の空気はこれまでのような皮膚を刺すような鋭さを失い、どこか水気を含んだ柔らかさを帯びていた。

 空を見上げれば、分厚い鉛色の雲の隙間から、澄んだ青空がのぞいている。

 足元の雪はまだ深く積もっているが、踏みしめるたびに鳴る音は、真冬の硬い響きから、少しだけ湿った重い音へと変わっていた。

 春の足音が、この北の厳しい大地にも確実に近づいている。

 温室のガラスの向こう側には、水滴がびっしりとつき、中の暖かさを物語っていた。

 ゼルグが扉を押し開け、リオンを先へと促す。

 土と湿気の匂いが、いつものように二人を包み込んだ。

 しかし、今日の温室の空気は、昨日までとは決定的に違っていた。

 土の匂いに混じって、わずかに甘く、冷ややかな香りが漂っているのだ。

 リオンは息を呑み、作業台の上の鉢植えへと駆け寄った。

 そこには、奇跡のような光景が広がっていた。

 昨日まで固く閉じていた小さな蕾が、完全に開いている。

 花びらは透き通るような薄い青色をしており、中心に向かって色が濃くなっていく。

 まるで氷の結晶がそのまま花へと姿を変えたような、繊細で美しい造形だった。

 南の国の大輪の花とは違う、小さくて控えめな姿だが、過酷な寒さを生き抜いた強靭な生命力がその一枚一枚の花びらに宿っている。

 リオンは震える指先を伸ばし、花びらに触れようとして、やめた。

 あまりにも美しく、触れれば溶けて消えてしまいそうに思えたからだ。


「ゼルグ……咲きました。僕たちの花が」


 リオンが獣人の言葉を交えて振り返ると、ゼルグの黄金色の瞳もまた、その青い花に釘付けになっていた。


 彼はゆっくりと歩み寄り、リオンの背後から肩を抱く。

 巨大な体がリオンをすっぽりと包み込み、二人の視線が一つの花に注がれた。

 ゼルグは深い息を吐き、喉の奥で感嘆の音を鳴らす。

 そしてリオンの髪に顔を埋め、静かに、はっきりとした発音で音を紡いだ。


「わたしと、おまえの」


 それは、リオンが教えた言葉の響きとは違う、獣人としての確かな宣言だった。

 ゼルグはリオンの体を自分の方へと向かせ、その両手を自らの手で包み込む。

 黄金色の瞳が、真っ直ぐにリオンの瞳の奥を射抜く。

 そこには、王としての威厳と、一人の伴侶としての揺るぎない覚悟が満ちていた。

 ゼルグはリオンの額に自らの額を押し当て、目を閉じる。


「共にある。いつまでも」


 不器用な、しかし心を揺さぶる重みを持ったその言葉に、リオンの瞳から熱いしずくがあふれ落ちた。

 頬を伝う涙を、ゼルグの大きな親指が優しく拭い去る。

 言葉の壁を越え、身分の違いを越え、異なる気候で育った二つの魂が、この温室で完全に一つになった。

 リオンはゼルグの首に腕を回し、力強く抱き返す。

 氷の国で見つけた、決して冷めることのない永遠の熱。

 咲き誇る青い花に見守られながら、二人は言葉なき誓いを、何度も互いの唇に刻み込んだ。

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