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生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


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第11話「雪解けを待つ時間」

 翌朝、窓の隙間から差し込む光は昨日よりも少しだけ明るさを増していた。

 猛威を振るっていた吹雪は収まり、灰色の雲の切れ間から薄日が雪原を照らしている。

 リオンが目を覚ますと、隣にはすでにゼルグの姿はなかった。

 しかし、毛布に残る温もりと、針葉樹の香りが、彼がつい先ほどまでここにいたことを証明している。

 体を起こし、深く息を吸い込むと、肺の奥まで清冽な空気が満ちていく。

 南の国へ連れ戻されるという恐怖を乗り越えたリオンの心は、これまでにないほど澄み切っていた。

 もう、誰の顔色をうかがう必要もない。

 自分はこの北の国で、ゼルグと共に生きていくのだ。

 その確かな決意が、体の内側から湧き上がる熱となって彼を支えている。

 扉が開き、盆を持った獣人の女性が入ってきた。

 彼女はいつものように温かい食事をテーブルに置くと、リオンに向かって深く頭を下げた。

 その動作には、以前の好奇の視線とは異なる、明確な敬意が込められているのがわかる。

 昨日の騒動は、城の者たちの間にもすぐに知れ渡っていたのだろう。

 使者を退け、王の隣にいることを選んだ人間のオメガに対し、獣人たちは新たな仲間としての認識を持ち始めていた。

 リオンが食事を終える頃、ゼルグが部屋を訪れた。

 彼はリオンの姿を見ると、目を細めて安堵の表情を浮かべる。

 そして歩み寄り、大きな手でリオンの頬をそっと包み込んだ。


「おはよう、ゼルグ」


 リオンが獣人の言葉で挨拶をすると、ゼルグの耳が嬉しそうにピンと立った。


 彼はリオンの額に自分の額を押し当て、短い喉鳴りの音で挨拶を返す。

 言葉の壁はまだ厚いが、二人はその壁を登ろうとする努力を放棄していなかった。

 ゼルグはリオンの手を引き、部屋の外へと促す。

 向かう先は、いつもの中庭にある温室だった。

 雪かきがされた石畳の小道を歩く二人の距離は、以前よりもはるかに近い。

 肩と肩が触れ合い、互いの体温が分厚い外套越しに伝わってくる。

 ゼルグの手はリオンの指をしっかりと絡め取り、冷たい風から守るように自らの衣服のポケットの中へと引き入れた。

 その不器用だが優しい気遣いに、リオンの胸の奥が甘く疼く。

 温室の扉を開けると、湿気を帯びた土の匂いが二人を包み込んだ。

 炉の火は今日も赤々と燃え、植物たちに命の熱を与え続けている。

 リオンは作業台の上の鉢植えに駆け寄り、その成長を確かめた。

 昨日よりもさらに茎が伸び、葉が大きく広がっている。

 そして中心にある小さな蕾は、先端がほんのりと白く色づき始めていた。


『もうすぐ、咲くんだ』


 リオンは蕾の色の変化に気づき、弾かれたようにゼルグを振り返った。

 ゼルグもリオンの視線を追いかけ、蕾の先端に目を留める。

 彼は驚いたように目を丸くし、それから顔をほころばせた。

 大きな指先で蕾に触れようとして、壊してしまうことを恐れたのか、空中でぴたりと動きを止める。

 その繊細な行動が、リオンにはひどく愛おしく思えた。


「ゼルグ、見て。色がついています」


 リオンが南の言葉と身振りを交えて伝えると、ゼルグは深く頷き、リオンの肩を抱き寄せた。


 二人は並んで立ち、その小さな生命の結実を無言で見つめる。

 この温室で共有してきた時間は、互いの心を近づけるための大切な儀式だった。

 言葉が通じないもどかしさを、土に触れ、水をやり、芽吹きを待つという行為が補ってくれていた。




 温室での作業を終え、二人は城の廊下をゆっくりと歩いていた。

 すれ違う獣人たちは、立ち止まってゼルグに頭を下げる。

 リオンはその様子を見るたびに、隣を歩くこの男が強大な力を持つ王であることを再認識する。

 しかし、彼が自分に向ける視線や行動には、王としての威圧感は一切ない。

 ただ一人のオメガを愛し、守ろうとする、純粋なアルファの本能だけが存在していた。

 ゼルグは廊下の途中で立ち止まり、壁に掛けられた古いタペストリーを指差した。

 そこには、月に向かって遠吠えをする狼の姿が描かれている。

 彼は自分の胸を叩き、タペストリーの狼を指差す。

 そしてリオンの方を向き、何かを伝えようと真剣な顔で音を紡いだ。

 言葉の意味は分からないが、彼が自分のルーツや種族の誇りについて語っているのだということは伝わってくる。

 リオンは彼の言葉にじっと耳を傾け、その低い声の響きを心の奥底に刻み込んだ。

 南の国では見下されていた獣人たちの文化が、今はひどく尊く、美しいものに感じられる。

 リオンはゼルグの言葉が終わるのを待ち、ゆっくりと手を伸ばして彼の頬に触れた。

 少し硬い髭の感触と、その下にある熱い体温が指先に伝わる。

 ゼルグは目を閉じ、リオンの手に自分の顔をすり寄せた。

 その仕草は、飼い主に甘える大型犬のようでもあり、愛する者に身を委ねる孤高の獣のようでもあった。

 二人は廊下の真ん中で、互いの存在を確かめ合うように静かな時間を共有する。

 言葉はなくても、心はすでに完全に結びついていた。

 雪解けの季節は、まだ少し先かもしれない。

 しかし、二人の心の中には、すでに春の陽光が暖かく降り注いでいた。

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