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生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


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第10話「重なり合う鼓動」

 南の国の使者たちが這うようにして部屋から逃げ出した後も、室内には刃が床に落ちた冷たい金属音が耳の奥にこびりついていた。

 重厚な木の扉が完全に閉じられ、廊下の足音が分厚い絨毯に吸い込まれて消え去るまで、二人はその場から一歩も動かなかった。

 暖炉の火は燃え盛り、赤々とした光が石の壁に巨大な二つの影を揺らめかせている。

 ゼルグの太い腕は、リオンの腰と背中を包み込むように固く抱きしめたままだ。

 オメガを外部の脅威から守り抜いたアルファの体は、まだ戦闘の余韻を帯びて熱く強張っていた。

 厚い胸板の奥から伝わる心音は、普段の落ち着いたリズムとは異なり、早く力強い脈動を刻んでいる。

 リオンはゼルグの胸に額を押し付け、その荒い呼吸に合わせて自分の肩を上下させた。

 使者と対峙したときの恐怖と、それを乗り越えて自分の意思を言葉にした緊張が、今になって全身の震えとなって表れていた。

 膝の力が抜け、立っていることすら困難になったリオンの体を、ゼルグの抱擁がしっかりと支えている。

 ゼルグはリオンの頭頂部に自らの顎を乗せ、髪の隙間に顔を埋めて深く息を吸い込んだ。

 鼻腔を満たすリオンの匂いから、恐怖や絶望の鋭い気配が少しずつ薄れ、安堵の柔らかな香りに変化していくのを確かめているようだった。

 大きな手がリオンの背中を上下に撫で、強張った筋肉を解きほぐそうとゆっくりと動く。

 獣の毛皮のように厚く熱い手のひらの感触が、リオンの皮膚の下の血流を温めていく。

 リオンは両手を持ち上げ、ゼルグの背中に回した。

 分厚い衣服の上からでも分かる、鋼のように鍛え上げられた筋肉の起伏を指先でなぞる。

 自分の何倍もの体積を持つこの巨大な獣人が、今はただ自分を安心させるためだけにその体温を与えてくれている。

 南の国で感じていた、誰の目にも留まらない透明な存在としての孤独は、この熱い抱擁の中で完全に溶け去っていた。


『僕は、ここにいる』


 リオンは心の中でそうつぶやき、さらに深くゼルグの胸に顔をうずめた。

 もう二度と、誰の顔色をうかがって生きる必要はないのだ。

 自分の居場所は、自分で選んだこの腕の中にしかない。

 ゼルグはリオンの体をそっと持ち上げると、そのまま部屋の隅にある大きなベッドへと歩き出した。

 リオンの足が床から離れ、宙に浮く感覚があったが、恐怖は微塵も感じなかった。

 ゼルグの腕は揺りかごのように安定しており、一歩踏み出すたびに伝わる微かな振動さえもが心地よい。

 ベッドの前に到着すると、ゼルグはリオンを丁寧に毛布の上に降ろした。

 そして、いつものように周囲の毛皮を引き寄せ、リオンの体をすっぽりと包み込む。

 漆黒の毛皮からは、ゼルグ自身から漂うのと同じ、針葉樹の清々しい香りがした。

 リオンが毛布の中から顔を出すと、ゼルグはベッドの縁に腰を下ろし、リオンの頬に手を添えた。

 親指の腹が、リオンの目元を優しくなぞる。

 黄金色の瞳は、先ほどの使者に向けた刃のような鋭さを完全に失い、今はただ深い湖のように穏やかな光を湛えていた。


「……」


 ゼルグの口から、低く甘い音が漏れる。


 それは言葉ではなく、親愛と庇護を伝えるためだけの純粋な音色だった。

 リオンはその音に応えるように、ゼルグの手に自分の手を重ねた。

 指先から伝わる熱が、互いの境界線を曖昧にしていく。

 言葉がなくても、二人の間にはすでに説明のいらない確かな感情のやり取りが成立していた。

 ゼルグはリオンの額に自分の額をそっと押し当て、目を閉じる。

 互いの呼吸が混ざり合い、一つの空気の塊となって部屋を満たす。

 暖炉の薪が爆ぜる音が、遠い世界での出来事のように微かに響いた。

 リオンはゼルグの吐息を肌に感じながら、ゆっくりとまぶたを下ろした。

 使者がもたらした黒い影は完全に消え去り、そこには互いを求め合う純粋な熱だけが残されている。

 冷たい北の国で始まった二人の物語は、この夜を境に、決して引き裂かれることのない強固な結びつきへと姿を変えていた。




 夜が深まるにつれ、窓の外の吹雪は激しさを増していった。

 風が石壁を叩き、窓ガラスを揺らす音が絶え間なく続くが、室内の暖かさは少しも損なわれない。

 ゼルグはリオンのベッドから離れようとせず、毛布の上からリオンの体を抱きかかえるようにして横たわっていた。

 その巨大な体が外の冷気を遮る壁となり、リオンを守る砦となっている。

 リオンはゼルグの腕の中で、彼の規則正しい心音を子守唄のように聞きながら微睡んでいた。

 恐怖から解放されたことで、全身を覆っていた緊張の糸が完全に切れ、深い眠りが訪れようとしている。

 ゼルグはリオンの呼吸が均等になり、眠りに落ちたことを確認すると、そっと体を起こした。

 彼はリオンの寝顔をじっと見つめ、その柔らかな髪に顔を近づける。

 再び深く匂いを嗅ぎ、オメガの安らかな香りを肺の奥まで満たす。

 アルファとしての本能が、自分の伴侶が無事であることを確認し、深い満足感に包まれていた。

 ゼルグは暖炉に新しい薪をくべ、火の勢いを保つ。

 炎が新たな燃料を得てパチパチと音を立て、部屋の温度がさらに数度上がる。

 彼は再びベッドに戻り、リオンの隣に身を横たえた。

 リオンが寝返りを打ち、ゼルグの胸元に顔を寄せてくる。

 ゼルグは大きな手でリオンの背中を包み込み、そのまま目を閉じた。

 南の国から送られてきた小さな命は、今やゼルグにとって、己の命に代えても守り抜くべき唯一無二の存在となっていた。

 冷たい氷の城に、二人だけの温かな巣が完全に形作られた夜だった。

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