表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄のオメガ王子ですが、恐ろしい獣人王の巣で極上の毛皮に包まれ溺愛されています〜言葉は通じないけど愛は重いです〜  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/15

第1話「凍てつく白銀」

登場人物紹介


◆リオン

南の人間の国から、雪深き北の獣人国へ生贄として送られたオメガの王子。

一族から冷遇されて育ったため自己評価が低いが、本来は心優しく芯の強い性格。

言葉の通じない異国で、少しずつ自分の居場所を見つけていく。


◆ゼルグ

北の獣人国を統べる狼獣人の王であり、強大な力を持つアルファ。

巨大な体躯と鋭い眼光から周囲に恐れられているが、内面は非常に理性的で愛情深い。

不器用ながらも、寒さに震えるリオンを守るため、本能のままに温かい寝床を作る行動をとってしまう。

 分厚い外套を三枚重ねて着込んでいても、肌を刺す冷気は骨の芯まで容赦なく侵食してくる。

 車輪が分厚い雪を踏み固める重い音が、薄暗い車内に規則的に響いていた。

 窓の隙間から吹き込む風は細かな氷の粒を含んでおり、リオンの頬を刃のように打ち据える。

 南の温暖な国で生まれ育った彼にとって、この北の大地の寒さはそれ自体が命を削る脅威だった。

 吐き出す息は濃い白濁となり、空気に触れた瞬間に凍りついてしまいそうなほど冷ややかだった。

 革の手袋のなかで両手をすり合わせても、指先の感覚はとうに消え失せている。

 かじかんだ手は自分の体の一部ではないような鈍さを伴っていた。


『これが、僕の死に場所に向かう道』


 リオンは窓の外に広がる灰色の空と、見渡す限りの雪原を見つめたまま、凍える唇を固く結んだ。

 南の国でオメガとして生まれた彼は、一族のなかでも疎まれる存在だった。

 体が弱く、武術にも秀でていないため、王宮の隅でひっそりと息を潜めて生きてきた。

 そして今、北の獣人国との不可侵を約束するための、生贄と同義の贈り物としてこの氷の国へ送られている。

 相手は巨大な狼の姿を持つ獣人の王だという。

 粗野で凶暴であり、人間など一息に噛み殺してしまう化け物だと、南の国の誰もが噂していた。




 馬車が速度を落とし、やがて大きな音を立てて停止する。

 重厚な木の扉が外側から開かれ、冷たい風が一気に車内へ流れ込んだ。


「到着しました」


 護衛の騎士が無機質な声で告げる。


 リオンは震える足を無理やり動かし、馬車の外へと足を踏み出した。

 靴の裏で雪が鳴り、足首までが冷たい白に埋もれる。

 見上げれば、黒い石を積み上げて造られた巨大な城がそびえ立っていた。

 尖塔は鉛色の空を突き刺すように伸び、窓からは柔らかなオレンジ色の光が漏れている。

 城門の前に、人影があった。

 人間の倍はあろうかという肩幅と、分厚い胸板を持つ男だ。

 灰色の髪は北風に流され、頭頂部にはピンと張った獣の耳が見える。

 背後には毛足の長い立派な尾が揺れていた。

 鋭い黄金色の瞳が、真っ直ぐにリオンを射抜く。


『彼が、獣人の王』


 リオンは恐怖で喉の奥が干上がり、後ずさりしそうになるのを必死に堪えた。

 男の体から発せられる気配は、野生の獣が持つ獰猛さと、王たる者の威厳に満ちている。

 近づくだけで足がすくみ、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。

 男はゆっくりと歩み寄り、リオンの目の前で立ち止まった。

 見上げるほどの長身から見下ろされ、リオンは思わず目を閉じて首をすくめる。

 殴られるか、あるいは首を掴まれるか。

 痛みを覚悟したリオンだったが、予想した衝撃はいつまで経っても訪れなかった。

 代わりに、ひどく温かい大きな手が、リオンの凍えきった頬をそっと包み込んだ。


「……」


 男の口から、低く響くような、しかしどこか穏やかな音が紡がれる。


 それは南の国の言葉ではなかった。

 何を言っているのかまったく理解できないが、声の響きに敵意や殺気は含まれていない。

 リオンが恐る恐る目を開けると、黄金色の瞳が心配そうに細められていた。

 男の顔が近づき、リオンの首元で軽く鼻を鳴らす。

 微かな獣の匂いと、針葉樹のようなどこか清々しい香りが鼻腔をくすぐった。

 匂いを嗅がれたことで、自分がオメガであることを値踏みされているのだとリオンは身を硬くする。




 しかし男はそれ以上危害を加えることなく、身を翻して城の奥へと歩き出した。

 振り返り、太い腕を上げてリオンを手招きする。

 ついてこい、という意味なのだろう。

 リオンは重い足を引きずりながら、その後ろ姿を追うしかなかった。

 城の内部は外の寒さが嘘のように暖かかった。

 壁のあちこちに松明が掲げられ、厚い絨毯が足音を吸い込む。

 獣人の使用人たちが忙しそうに行き交っていたが、誰もリオンに敵意を向けることはない。

 むしろ、珍しいものを見るような好奇の視線と、どこか気遣うような空気が漂っていた。

 案内されたのは、城の奥深くにある広々とした部屋だった。

 中央には立派な天蓋付きのベッドがあり、壁際にある巨大な暖炉では赤々とした炎が燃え盛っている。

 男は部屋の中央で立ち止まり、リオンに向かって何かを短く告げた。

 そして、一度だけ深く頷き、部屋を出て行ってしまう。

 重い木の扉が閉まる音が響き、リオンはひとり取り残された。


『ここは……牢獄ではないのか』


 部屋を見渡し、リオンは呆然と立ち尽くす。

 冷たい石の床と鉄格子を想像していた彼にとって、この部屋はあまりにも豪華で暖かすぎた。

 暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音が、静まり返った部屋に響く。

 リオンは暖炉の前に歩み寄り、凍えた手を炎にかざした。

 じんわりと熱が皮膚の表面から血流へと伝わり、強張っていた筋肉が少しずつ緩んでいく。

 自分がいつ命を奪われるのかわからない恐怖は消えない。

 それでも、今この瞬間の暖かさだけは確かなものとしてリオンの体を包み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ