第8話 猫神降臨
その日の午後。
森のカフェしっぽっぽは、なぜか妙に静かだった。
午前中は魔導ランタンが暴れ、猫たちが追い回し、店内が即席サーカス状態になったのだが――
今は落ち着いている。
いや。
落ち着きすぎている。
「……なんか静かだな」
サトルはカウンターの奥でコーヒーを飲みながらつぶやいた。
みどりさんが言う。
「こういう時って、大体何か起きますよね」
「言うな」
フラグである。
サトルの人生経験では、その手の発言は九割当たる。
⸻
不思議なお客
ちりん。
ドアベルが鳴った。
店に入ってきたのは、二十代くらいの男性だった。
やや疲れた顔。
スーツ姿。
仕事帰りのサラリーマンだろう。
男性は店内を見回す。
猫。
猫。
猫。
そして寝ている犬。
「……猫多いですね」
「猫カフェですから」
サトルは当然のように言った。
男性は席に座る。
その瞬間。
トラが膝に乗る。
早い。
非常に早い。
男性が驚く。
「うわ」
「接客担当です」
「担当なんですか」
猫カフェではよくあることである。
⸻
悩み相談
コーヒーが運ばれる。
男性はトラを撫でながら、ぽつりと言った。
「実は……」
サトルは内心うなずく。
やはり来た。
しっぽっぽは猫カフェだが、なぜか人生相談所になることが多い。
男性は続ける。
「仕事、辞めようか迷ってて」
よくある悩みだ。
サトルは急がない。
コーヒーを一口。
男性は言う。
「毎日忙しくて、何のために働いてるのか分からなくて」
その時。
イチがゆっくり近づく。
王の歩き方。
堂々としている。
そして。
テーブルに座る。
男性の前。
じっと見る。
男性が言う。
「……見られてる」
「イチは相談役です」
「猫が?」
「猫が」
⸻
ジルの奇跡
その時だった。
棚の影から――
ジルが出てきた。
普段なら絶対出てこない。
臆病者のジルである。
掃除機の音で棚の奥に消える猫だ。
なのに。
今日は違った。
ジルがゆっくり近づく。
男性の足元。
くん。
匂いを嗅ぐ。
男性は動かない。
ジルは慎重に、慎重に――
膝に乗った。
店内が一瞬静止した。
サトル。
みどりさん。
二人とも目を丸くする。
奇跡である。
⸻
猫神の瞬間
男性は驚く。
「え……?」
サトルが小声で言う。
「ジルが人の膝に乗るの、半年ぶりです」
「そんなレアなんですか」
非常にレアだ。
ジルは臆病だが、優しい。
だから。
落ち込んだ人の所に行くことがある。
男性は小さく笑った。
「……なんか、慰められてるみたいですね」
ジルは黙って座っている。
しっぽがゆっくり揺れる。
イチが見守る。
まるで儀式である。
みどりさんが小声。
「猫神降臨ですね」
サトルもうなずく。
「うちではよくある」
嘘である。
ほとんどない。
⸻
本音
男性はゆっくり話し始めた。
「小さい頃、猫飼ってたんです」
ジルの耳が動く。
「でも引っ越しで手放して……」
トラがあくび。
きなは寝ている。
チビは机の上で伸びる。
ロンはまだ寝ている。
店の空気はゆるい。
男性は続ける。
「仕事ばかりで、なんか……疲れて」
サトルは言う。
「辞めるのも選択ですよ」
男性は苦笑する。
「簡単じゃないですよね」
「ええ」
サトルは正直だ。
「でも猫触るくらいの余裕は残しましょう」
男性は笑った。
「それ大事ですね」
⸻
猫たちの結論
しばらくすると。
ジルが膝から降りる。
役目終了。
そして。
棚の影に戻る。
いつもの臆病猫である。
男性が言う。
「……なんか元気出ました」
サトルは笑う。
「それは良かった」
トラが最後にもう一度膝に乗る。
営業である。
⸻
その頃地下
地下倉庫。
魔導商品。
箱。
箱。
箱。
その中の一つが――
光る。
ぽん。
また音。
魔導スプーンが箱の中で震える。
魔力反応。
そして。
箱の蓋が少し浮いた。
⸻
平和な店
一階。
男性は会計を済ませる。
帰り際、言った。
「また来ます」
サトルがうなずく。
「猫たちが待ってます」
ドアベルが鳴る。
客が帰る。
店は静か。
みどりさんが言う。
「いいお店ですね」
サトルは天井を見る。
地下。
異世界。
魔導商品。
そして。
動き出した箱。
「……そのうち大事件起きそうだけどな」
その瞬間。
地下から。
ガタン。
サトルは目を閉じた。
「……もう来たか」
森のカフェしっぽっぽ。
猫カフェであり。
悩み相談所であり。
そして――
異世界トラブル受付窓口でもある。
今日もまだ、事件は終わらない。




