第5話 告白の行方
森のカフェしっぽっぽは、妙にそわそわしていた。
理由は明確だ。
昨日、「怖いまま行ってきます」と言い残して帰ったあの青年が、どうなったのか――誰も知らないからである。
「気になりますね」
みどりさんが窓の外を見ながら言う。
「気になるな」
サトルは腕を組む。
イチは王のように入口を見張り、
きなはのんびり毛づくろい、
トラは新規客を待ち構え、
チビは通路を塞ぎ、
ジルは棚の影で震えている。
ロンは寝ている。
いつも通りだ。
だが空気は、ほんの少しだけ期待を含んでいた。
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再来店
カラン、と扉が鳴る。
全員の視線がそちらへ向く。
いた。
昨日の青年。
顔は……読めない。
緊張しているのか、喜んでいるのか、絶望しているのか。
「いらっしゃいませ」
みどりさんが穏やかに迎える。
青年は席に座る。
トラが即座に接近。
営業本部長、抜かりなし。
青年はトラを撫でながら、小さく笑った。
その笑いは、昨日より柔らかい。
サトルはコーヒーを淹れながら言う。
「で?」
直球だ。
青年は吹き出す。
「早いですね」
「猫は待てない」
ジルがカップの音で跳ねる。
全員がびくっとする。
ロンだけ寝ている。
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結果発表
青年は深呼吸した。
「……言いました」
店内が静まる。
イチがゆっくり瞬き。
きなは丸まり直す。
チビは寝ている。
ジルは震えている。
「“怖いけど、言います”って」
サトルがにやりとする。
「で?」
「……振られました」
みどりさんが一瞬、目を丸くする。
トラの喉が止まる。
ジルがぴたりと固まる。
ロンは寝ている。
青年は笑った。
「でも、すごくちゃんと話してくれて」
「うん」
「今は仕事に集中したいって」
サトルは黙って頷く。
「前より、ちゃんと話せました」
青年は続ける。
「今までは、曖昧なまま終わるのが怖くて」
「今回は?」
「はっきりしました」
ジルが小さくくしゃみをする。
全員びくっとする。
ロンだけ寝ている。
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不思議な軽さ
「正直、めちゃくちゃ落ち込むと思ってました」
青年はコーヒーを見つめる。
「でも、昨日ここで言われたこと思い出して」
「どれだ」
「怖いまま、やればいいって」
サトルは肩をすくめる。
「怖かったです」
「だろうな」
「手、震えてました」
ジルを見る。
今日も震えている。
「でも言えました」
青年は笑う。
「なんか、少しだけ自分を好きになれました」
その言葉に、みどりさんが静かに微笑む。
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猫の反応
イチが立ち上がる。
青年の膝に前足を乗せる。
重い。
「うわ、圧が」
「王の承認です」
サトルが真顔で言う。
トラも負けじと反対側に乗る。
きなまで参加。
膝が猫で埋まる。
「重い……!」
「祝福です」
ジルは遠くから震えている。
参加はしない。
だが、目は逸らさない。
青年はその視線に気づく。
「振られたけど、逃げなかったです」
「ええ」
「これから職場で会うの、気まずいけど」
「怖いまま、会えばいい」
サトルが言う。
「ジルも、毎日怖いまま出勤してます」
「副店長ですからね」
みどりさんが真顔で補足。
青年は吹き出す。
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本当の成果
「結果はダメでしたけど」
青年は言う。
「前より、ちゃんと笑えます」
サトルはコーヒーを一口飲む。
「成功だな」
「え?」
「告白の成功は、付き合うことじゃない」
「……」
「自分を裏切らなかったことだ」
店内が静かになる。
ジルが棚の影から、そっと一歩出る。
震えている。
だが、出た。
青年の足元まで来て、すぐに戻る。
「今の、すごい」
「勇気の測定です」
サトルが適当を言う。
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新しい一歩
青年は丸い猫の置物をまた手に取る。
「これ、もう一個ください」
「増やします?」
「机の両側に置きます」
「守備力上がりますね」
会計を済ませ、青年は立ち上がる。
「また来ます」
「もちろん」
扉の前で振り返る。
「次は、違う話を持ってきます」
「仕事の愚痴でも可」
「歓迎します」
青年は笑って出ていった。
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夕方の静けさ
店内に穏やかな空気が戻る。
サトルは猫たちを見る。
イチは王座へ戻り、
きなは丸まり、
トラは伸びをし、
チビは寝ている。
ジルは棚の影で震えている。
ロンは、やっと目を開けた。
そしてまた寝た。
「振られても、悪くない顔してましたね」
みどりさんが言う。
「ああ」
サトルは頷く。
「怖いまま進めたら、それで十分だ」
ジルが小さく身震いする。
サトルもつられてびくっとする。
みどりさんが笑う。
森のカフェしっぽっぽは、成功も失敗も保証しない。
だが、震えながらでも前に出た人間を、全力で歓迎する。
告白は終わった。
だが、青年の物語は続く。
そして猫たちは、今日もただそこにいる。
震えながらでも。
丸くなりながらでも。
それで、十分だった。




