第16話 新人来店日
昼下がりの森のカフェしっぽっぽは、いつものようにのんびりとした空気に包まれていた。
窓から差し込む陽射し。
コーヒーの香り。
そして店内を自由に歩き回る猫たち。
店主のサトルはカウンターの中でコーヒー豆を挽いていた。
「いい音だな」
ガリガリガリ……
豆を挽く音は、なぜか心を落ち着かせる。
その横で、ウェイトレスのみどりが帳簿を見ていた。
「サトルさん」
「ん?」
「今日、新規のお客さん多いですよ」
「へえ」
「三組予約入ってます」
「珍しいな」
「SNSでバズってるみたいです」
サトルは眉を上げた。
「SNS?」
「“悩みが軽くなる猫カフェ”って」
「そんな看板出した覚えないぞ」
「出してません」
「じゃあ誰が」
みどりは猫たちを見る。
イチ。
きな。
ジル。
トラ。
チビ。
「この子たちじゃないですか」
「猫がSNSできるか」
「最近はAI猫もいる時代ですし」
「この猫たちの知能はそこまで高くない」
すると通路の真ん中でチビが寝返りを打った。
ゴロン。
通路完全封鎖である。
「ほら」
「確かに高くない」
その時だった。
入口のベルが鳴る。
チリン。
「いらっしゃいませー」
みどりが迎える。
入ってきたのは――
高校生くらいの男の子だった。
リュックを背負い、少し緊張している。
「ここ……猫カフェですか?」
「はい、森のカフェしっぽっぽです」
男の子は店内を見回した。
「すごい……」
猫だらけである。
サトルがカウンターから声をかけた。
「初めて?」
「はい」
「ゆっくりしていきな」
男の子は席に座った。
するとすぐに――
トコトコ。
きなが近づく。
「にゃー」
膝にぴょん。
「うわっ」
男の子が驚く。
みどりが笑う。
「きなは新人好きなんです」
「そうなんですか」
「にゃー」
きなは満足そうにゴロゴロしている。
すると棚の上からイチが様子を見ていた。
王様のような顔である。
サトルはコーヒーを持ってきた。
「はい」
「ありがとうございます」
男の子は少し落ち着いた様子だった。
しばらく猫を撫でていたが、やがてぽつりと話し始めた。
「実は……」
サトルとみどりは自然に聞く姿勢になる。
「学校で……ちょっと」
「うん」
「友達いなくて」
きなが「にゃ」と鳴いた。
「クラスで話す人いないんです」
みどりが優しく言う。
「そうなんですね」
「はい」
男の子は続ける。
「休み時間とか……スマホ見てるふりしてるんです」
店内に静かな空気が流れる。
その時だった。
トラが来た。
どさっ。
男の子の足元で寝る。
「この子重い」
「トラです」
「寝ましたね」
完全に寝た。
男の子が笑う。
「なんか……自由ですね」
「トラは自由の象徴です」
すると――
カーテンの影からジルが顔を出した。
「にゃ…」
臆病猫だ。
男の子を見る。
少し震えている。
「この子は?」
「ジル」
「怖がり?」
「めちゃくちゃ」
ジルはそろそろ近づく。
そして。
男の子の隣に座った。
「来た」
みどりが小声で言う。
男の子が手を出す。
「大丈夫かな」
ジルは少し迷ったが――
撫でさせた。
「触れた」
男の子の顔が明るくなる。
「かわいい」
サトルは言う。
「ジルも人見知りなんだ」
「そうなんですか」
「知らない人怖い」
「僕と同じですね」
ジルが小さく鳴く。
「にゃ」
まるで同意しているようだ。
すると――
入口でロンが吠えた。
「わん!」
次の客だ。
入ってきたのは三人の女子高生。
「猫ー!!」
「かわいい!」
店内が一気に賑やかになる。
男の子は少し緊張した顔になる。
その時。
イチが棚から降りてきた。
トン。
そして男の子の前に座る。
「にゃ」
王の威厳。
女子高生たちが言う。
「この猫かっこいい!」
「王様みたい!」
イチは動かない。
完全にボスの風格だ。
男の子が小さく笑う。
「すごい猫ですね」
「この店のリーダー」
「リーダー」
その時、チビが通路に寝転んだ。
女子高生が言う。
「通れない!」
「またチビだ」
みどりが抱き上げる。
「通路封鎖係です」
「そんな係あるんですか」
「あります」
店内に笑い声が広がる。
男の子も笑っていた。
さっきよりずっと自然な顔で。
サトルはコーヒーを飲みながら思った。
(猫ってすごいな)
人間が頑張ってもできないことを、
あっさりやってしまう。
その時。
男の子が言った。
「また来てもいいですか」
サトルは笑った。
「いつでも来な」
きなが「にゃー」と鳴く。
ジルは隣に座っている。
トラは寝ている。
チビはまた通路を塞ぐ。
ロンは入口で寝る。
そしてイチは棚の上から店を見渡していた。
こうして今日も――
森のカフェしっぽっぽは、静かに人の心を少しだけ軽くする。
そして夜になれば。
サトルは地下へ降りる。
異世界市場へ。
「今日は何売るかな」
サトルは呟く。
するとイチが鳴いた。
「にゃ」
その声はまるでこう言っているようだった。
また騒ぎになるぞ。




