第13話 市場の大騒ぎ
夜の「森のカフェしっぽっぽ」は、昼間とはまるで別の顔を見せる。
昼間は、のんびりとした猫カフェだ。
コーヒーの香りが漂い、猫が気ままに歩き回り、客は癒やしを求めてやってくる。
店内の棚には、就労支援B型の利用者たちが作った小物が並んでいる。
木彫りの猫。
布のポーチ。
手作りのキーホルダー。
どれも少し不格好だが、どこか温かい。
その間を悠然と歩くのが、看板猫たちだ。
ボス気質のイチ。
甘え上手のきな。
臆病者のジル。
人懐っこいトラ。
通路の真ん中で寝る迷惑猫チビ。
そして入口では、犬のロンが番犬のはずなのに大の字で寝ている。
それが**森のカフェしっぽっぽ**の日常だ。
しかし――
店が閉まった夜。
この店の本当の仕事が始まる。
「ふぅ……」
店内を見回しながら、店主のサトルは背伸びをした。
五十代後半の初老。
白髪が少し増え、老眼も始まったが、体はまだ元気だ。
「今日も無事終了っと」
カウンターの向こうから声がする。
「サトルさん」
ウェイトレスの みどりだ。
「はいはい」
「また地下ですか?」
「ちょっと仕入れ確認」
みどりは腕を組む。
「普通、仕入れって市場とか問屋じゃないですか?」
「まあ、地下にも市場があるんだよ」
「地下市場って怪しすぎません?」
「気のせい」
サトルは笑って誤魔化した。
みどりはため息をつく。
「戸締まりは私がしておきます」
「頼む」
サトルはカウンター奥の扉を開いた。
そこには地下へ続く階段がある。
コツ、コツ、コツ……
サトルが降りていくと、後ろから足音がついてきた。
「にゃ」
振り向く。
イチだ。
「お前来るのか」
「にゃ」
さらに――
きな。
ジル。
トラ。
チビ。
猫が全員ついてきた。
さらに犬のロンまで。
「わん」
「お前まで来るのか」
まあいいか、とサトルは肩をすくめる。
地下の扉の前に立つ。
ゆっくり開く。
ギィィ……
空気が変わる。
そこはもう地球ではない。
石畳の道。
ランタンの光。
異形の人々が行き交う市場。
サトルの地下倉庫は――
**異世界市場に繋がっている。**
「サトル来たー!!」
いきなり飛びついてきたのは猫耳の少女。
森猫族のミャルだ。
「今日は何持ってきたの!? ねえ何!?」
「落ち着け」
「だってサトルの物、変で面白いんだもん!」
そこへローブ姿の青年も現れる。
魔導士族のアルト。
「今日は新しい魔導具か?」
「いや」
サトルは段ボールを開けた。
「肩こりグッズ」
「?」
全員首を傾げる。
「肩こり?」
アルトが真顔になる。
「未知の魔法体系か?」
「違う」
サトルは機械を取り出した。
電動マッサージ機だ。
「これをこうして」
スイッチを入れる。
ブイィィィィィン
「ぎゃああああ!!」
ミャルが飛び跳ねた。
「鳴いた!!」
「機械だ」
「絶対生きてる!!」
そこへ巨大な影が現れる。
角を持つ大男。
牛鬼族のガルド。
「サトル」
「なんだ」
「食べ物はないのか」
「今日は健康器具」
「帰る」
「待て」
サトルはガルドの肩にマッサージ機を当てた。
ブイィィィィィン
ガルドが止まる。
「……」
「どうだ?」
「……」
「どうだ?」
「……」
ガルドが言った。
「もう一回」
「効いたな?」
「効いた」
ミャルが叫ぶ。
「ミャルもやる!!」
アルトも言う。
「研究のため試す」
五分後。
市場に行列ができた。
森猫族
魔導士族
蜥蜴人族
鉱人族
森人族
全員肩を揉まれている。
十五分後。
「買う」
ガルドが言った。
「いくらだ」
「銀貨三枚」
「安い」
即決。
ミャルが叫ぶ。
「ミャルも!」
「金ないだろ」
「ツケ!」
「ダメ」
その時だった。
「サトル!!」
鎧の男が走ってきた。
狼騎士族のレオガルド。
「問題だ!」
「またか」
「市場でケンカが起きている!」
「原因は?」
レオガルドは叫んだ。
「お前の商品だ!」
サトルは現場へ向かった。
すると――
「順番!!」
「それ俺の!!」
「肩こり先だ!!」
**マッサージ機の奪い合い**だった。
サトルはため息をつく。
「おい」
全員止まる。
「そんなに欲しいなら」
サトルは言った。
「明日もっと持ってくる」
一瞬の沈黙。
そして。
「「「うおおおおお!!」」」
市場が歓声に包まれた。
レオガルドが呆れる。
「サトル」
「なんだ」
「お前、武器商人より危険だ」
「ただのマッサージ機だ」
「この世界では神器だ」
その頃。
地上の**森のカフェしっぽっぽ**。
みどりが猫たちに言った。
「サトルさん、また変な物売ってる気がするんだけど」
イチが言う。
「にゃ」
きなが言う。
「にゃあ」
ジルは物陰で震えていた。
「にゃ…」
トラは寝ている。
チビは通路で邪魔している。
ロンは大の字だ。
たぶん今夜も――
**地下は大繁盛している。**
そしてサトルはメモを書いた。
次の仕入れ。
・電動歯ブラシ
・温熱シート
・腹筋ローラー
サトルは呟く。
「腹筋ローラー売れそうだな」
この時、まだ誰も知らない。
**異世界に筋トレブームが来ることを。**




